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第六話 追放

 クララの部屋に響く、ペンの音。


 「こっ……これは新しい……!“一見クールな攻め風受け”が“受けと見せかけて実は攻め”という逆転の構造……」


 「おい、意味不明だぞ」


 「ちがう、ちがうんです、混乱してない……!わたしの中でレン様の属性がパズルみたいに組み上がっていくんです……!!あぁ、最高……」


 もう蓮の言葉が一切届いていない。

 クララは机に向かってペンを走らせながら、うっすら笑っていた。


 


 蓮はふぅと小さく息をついて、つぶやく。


 「……なぁ、クララ」


 「はい!レン様の声、記憶に留めます!」


 「いや、そうじゃねぇんだよ……その、ちょっと、話がある」


 クララがようやくこちらを向く。

 蓮は肩を落としながら、いつになく慎重に言葉を選んだ。


 「……実は俺、女――」

 ――ガチャン!!

 その言葉の上に、鋭いノック音と共に、ドアが勢いよく開かれた。


 「クラリッサ様。お話があります」


 低く、冷たい声。

 入ってきたのは、長身で黒髪の四十代前後の男――漆黒の制服に銀の紋章をつけた“聖教会の執行官”、ヴァルツだった。


 部屋の惨状に顔をしかめ、鋭い灰色の瞳がすぐに蓮を見据える。

 その視線は、まるで罪人を見るように冷たい。


 「まさかと思いましたが……やはり、見間違いではなかったようですね。

 民の前で教会法を否定した上、“聖女”の部屋に男を連れ込むなど、教会の名を穢す行為」


 「ちょ、ちょっと待ってください!違うんです、これは、その――!」


 クララが慌てて前に出るが、ヴァルツはその言葉を無視して続けた。


 「掟に背いた者は、“神の座を離れる”べきです。

 クラリッサ様、あなたがまだ“聖女”としての自覚を持っているなら――今すぐその男を追い出すべきでしょう」


 クララの顔から血の気が引く。


 「そ、それは……っ」


 蓮は立ち上がり、ヴァルツの前に歩み出た。


 「なるほど。こりゃまた随分な言い草だな。

 “誰が誰と一緒にいたか”だけで、全部判断するのか。人の中身も知らずによ」


 「教会法において、“男女の私室での接触”は不純とみなされる。例外はありません」


 「“男女の”ってのは……あいにく、俺には当てはまんねぇんだけどな」


 ――クララが、息を呑んだ。


 ヴァルツは一瞬だけ目を細めた。


 「ほう……つまり“お前は女だ”と?」


 「……ああ」


 静かに、蓮は言った。


 


 「神崎蓮。戸籍上も体も、女だ。

 だけど、育ったのは男として。極道の跡取りとして“男らしさ”を押し付けられてきた」


 「つまり、性別を偽っていたと?」


 「ちげぇ。“偽ってた”んじゃねぇ。

 生きるために、“演じてた”だけだ」


 ヴァルツは一歩も引かず、クララの方を向く。


 「それでも、“掟”に背いた事実は消えません。

 クラリッサ様。選びなさい。掟に従い、この者を追放するか。

 それとも、自ら“聖女”の座を降りるか」


 


 ――選べ、だと?


 蓮は、ちらりとクララを見た。


 クララは目を伏せて、震えていた。

 「そんなの……そんなの……っ」


 「クララ」

 呼びかけると、クララが顔を上げる。


 「……俺は大丈夫だ。あんたが困るなら、ここから出て――」

 「ちがう!!」

 クララの声が、部屋に響いた。


 「わたし、もう“聖女”なんかじゃない……!

 神様の声も聞こえない。掟に何も言い返せない。

 ただ、見た目とお告げだけで、祭り上げられただけ……っ!」


 


 ――そして、瞳を真っ直ぐに、蓮に向ける。


 「でも、レン様は違う。レン様は……わたしが見てきた誰よりも、“正しく”て、“かっこいい”人です……!」


 「だから、あの時……助けられた時、わたし、ちゃんと“人間”に戻れた気がしたんです」


 ヴァルツが、静かに言った。

 「……では、覚悟はおありですね?」


 クララは、小さく頷いた。


 「クラリッサ・ミルディナ。あなたの“聖女”の資格は、本日をもって剥奪されます。

 即刻、教会を去りなさい」


 その宣告に、クララは唇を噛みしめた。

 そして、立ち上がる。


 「……わかりました」


 蓮はその隣で、深く、静かに息をついた。


 「さて……教会ってのは、“追放された者”に何か手当ての一つも出すのかね?」


 「掟に従えぬ者に、神の加護はありません」


 「そうか。じゃあ、“神の加護”がねぇってんなら――」

 蓮が目を細め、静かに笑った。


 「これからは、“極道の加護”ってやつで、なんとかさせてもらうぜ」


 


 ――この日、聖都リュミエールに“聖女を連れて出ていった謎の男”の噂が走ることになった。

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