第五話 腐女子の部屋
聖都リュミエールの中心――
白い石造りの教会本部は、まるで天を突く塔のようにそびえていた。
中に入ると、大理石の床に高い天井。
シャンデリアが鈍く輝き、壁にはでけぇ天使の像。どこを見ても“清廉”と“権威”を絵に描いたような空間だ。
「うわ……」
「わたしの部屋、すぐです!」
クララはうきうきした様子で案内する。
廊下の端にある一室――木造りの扉の奥、小さな部屋が彼女の私室だった。
その私室に通された俺は、まず一言目にこう思った。
――なんだここ、地獄か。
「え、えっと……す、すみません、ちょっと散らかってますけど、どうぞおかけになって!」
散らかってる?いやもう“汚部屋”とかそういうレベルじゃねぇ。
壁一面に男同士が抱き合ってる絵。
本棚の背表紙には「聖騎士受難録」「黒翼の執事は夜啼く」……。
机の上にはノートが数冊広がり、「神官×勇者」「義理の兄弟に恋をした俺」などというメモ書きが走り書きされている。
ここで初めて理解した。こいつぁ、男と男が乳繰り合ってるのが好きなのか。
「……お前、趣味、ぶっ飛んでんな」
「あ、あのっ、これには深い事情が……っ!」
クララはノートを抱えて、背中を向けて机にしがみつく。
「わたし、ずっと隠してたんです!こんな趣味、教会じゃ絶対に許されなくて……!」
「いやまあ、そりゃそうだろ」
「でも、でも、レン様を見た瞬間……わたしの中の封印してた何かが……ガコンッ!て開いちゃって……!!」
「音がしたんか」
「白いお衣装に血の香り、冷たい目の奥に優しさを宿す姿……これはもう、“攻めに見せかけた受け”界の聖典ですよ!?しかもお名前が“レン様”とか儚さの権化じゃないですか……っ!」
「おい、やめろ。その目で俺を見るな。変なフィルター通すな」
クララはじりじりと近づきながら、震える手でノートを差し出してくる。
「ちょ、ちょっとだけ!ちょっとだけでいいので!この資料にサインを……っ!!」
「資料って言うな。変なノートにサインさせるな」
「だって……だって……この部屋に入ってから三回は変な声出しそうになったんですよ!? これ運命じゃなかったら何なんですか!?」
「運命の使い方間違ってんぞ、お前」
部屋の隅には、なぜか抱き枕カバーみたいなものが干されていて、
そこには青い髪の騎士が黒髪の魔術師の男に真顔で後ろ抱きされてる絵がプリントされていた。
「それはちがうんです!あの、これは洗ってたんです!決して使用中じゃないです!!」
「お前が何を弁解しようと、お前への印象はもう手遅れだ」
ぐしゃっと顔を押さえる俺の隣で、クララはぺたんと座り込みながら、ふと表情を曇らせた。
「……ほんとは、ずっと隠してたんです。こんな趣味、バレたら“聖女”じゃなくなるから」
「……」
「でも、見た瞬間に思ったんです。
“ああ、私……この人の前じゃ、素でいられる”って……!」
「素……」
「ちがっ……ちがうんです!褒めてるんです!最大級に!尊い存在として!!」
「どんな存在だよ、俺」
そのあともクララは語った。
蓮の髪の毛の長さ、目線の冷たさ、ハスキーな声のトーン、すべてが妄想を刺激して仕方ないと。
メモ帳は三冊が満タンになり、クララは途中で「筆が進む……筆が進むぅぅ……っ!!」とトランス状態に入った。
俺はその間、壁に貼られた「第一回・攻め受け相関図」の前で、しばし天井を見上げていた。
――どうして俺はこんな世界に来ちまったんだろうな。
とりあえず、こいつの部屋に泊まるのは全力で回避しようと心に誓った。