第四話 歓迎
街の門前での一件は、あっという間に人だかりを作っていた。
兵士たちは黙り込み、農夫はいつの間にか人垣の後ろに逃げていた。少年は、蓮の背中の影に隠れるように震えている。
「……あ、あの、ありがとうございます、お兄さん……!」
「……ああ、どうってことねぇよ」
蓮は少年の頭をぽん、と軽く叩いた。
「腹減ってんだろ。早く帰んな」
「……うん!」
足軽に駆けていく少年。その後ろ姿を見送ってから、蓮は門に向き直る。
「……で、俺は街に入ってもいいんだよな?」
「も、もちろんです!レン様は……本日より、教会の保護下にありますから!」
口を開いたのは、クララだった。
口調はやけにしっかりしているが、耳まで真っ赤だ。
「いや、保護とかは別にいらねぇんだけど」
「いえ!教会へどうかいらしてください!そして、わたしと一緒に、妄想を、じゃなくて、お話をぜひ……!」
「取り繕えてねぇぞ」
兵士たちもクララには頭が上がらないようで、すぐに門を開いて通してくれた。
すれ違いざま、クララがボソリと呟いたのが聞こえる。
「民を守る姿勢……無言の圧……仁義と矜持……これは受けの極致……うわっ、控えめに言って神案件……っ!」
受けとか意味分かんねぇが、おそらく良い意味ではないだろ。
黙ってろ、マジで。
街の中は、石造りの建物が並ぶ綺麗な造りで、舗装された道の上を馬車が行き交っていた。
中央の小高い丘には、白い尖塔を持つ大きな建物がそびえている。
「あれが教会本部です。えっと、わたしの部屋もあります。すぐ近くに。だから、泊まるならぜひ……!」
「部屋の話はいい」
「あっ……はい……(でも泊まってくれたら観察&妄想できるのに……)」
道すがら、通りの人々がクララに手を振ったり、花を渡したりしていた。
彼女は“聖女”として、この街で相当な人気を集めているらしい。
(こんな奴が、な……)
蓮はため息をつきながらも、その背中を見つめる。
確かに見た目は“聖女様”って感じだ。
なのにさっきは、「受け」「攻め」とか訳の分からんことを連呼してた。
まったく、訳が分からねぇ世界だ。
――だけど、なんだろうな。
この世界の空気は、妙に息がしやすい。
何も背負ってねぇ。誰も「組長の跡取り」として見ねぇ。
“神埼蓮”として、ただの一人の人間として、ここに立っていられる。
「……悪くねぇな」
そんな言葉を口にしたとき、クララがくるりと振り向いた。
「レン様!ようこそ、聖都リュミエールへ!」
満面の笑顔で、真っすぐに手を差し伸べてくる。
――そして、この時の俺はまだ知らなかった。
この出会いが、俺を“聖教会の敵”と“魔族の組長”に祭り上げる、クソみてぇな騒動の始まりになるなんてことは。