第三十一話 次なる舞台
宴の翌日。朝靄の残る谷の中央広場に、ひとりの村人が興奮気味に駆け込んできた。
「兄貴ィィィィ!! すげぇもん持ってきたっす!!」
「朝からうるせぇ……なんだってんだ」
蓮は煙草に火を点けながら、寝ぐせを直す気もなく応じた。村人は胸ポケットからくしゃくしゃになった新聞を取り出す。
「都市国家イグナートの新聞っす!隣村の交易所で拾ったんですけど、こっちに載ってる人、ヤバいっすよ!」
紙面にはでかでかと一面を飾る男の肖像画と、見出し。
『若き政治家、イグナートの新星として台頭 民衆の声を代弁するカリスマ』
その男の整った顔立ち、眼鏡から覗く知的な眼差し、爽やかな笑みを浮かべた似顔絵――
蓮は視線を止めると、眉をひそめて新聞をじっと見つめた。
「……これ……」
「え、知り合いですか?まさか……生き別れた攻め……!?真面目系攻めですか!?」
隣からクララがのぞき込む。
「そのフィルターうぜぇ。いや、こいつ知らねぇよ……たぶん……」
とっさに蓮は誤魔化したが、その目は確かに“記憶の何か”をたどっていた。
(御門 清春……そうだ。あの名前。あの顔。テレビのニュースで何度も見た。間違いねぇ。あの政治家もこっちに来てやがる)
蓮は煙草をもみ消すと、低く唸るように呟いた。
「……“あいつ”に会わなきゃならねぇな」
「へ?やっぱり生き別れた攻め……」
「黙れ。ちょっと見てみてぇだけだ。話が合うかどうかは、分かんねぇけどな」
クララはキョトンとした顔で蓮を見たが、それ以上は突っ込まなかった。
ルルカがその横でぱぁっと目を輝かせる。
「都会行くのぉ!?えっ、あたしオシャレしていい!?都会でレンちゃんとデートできるの!?♡」
「……お前もうるさい」
「ひゃい♡」
蓮は一歩、前へと踏み出した。
「準備してくれ。都市国家イグナートへ向かうぞ」
クララは困惑しつつも、蓮の背を追いながら問いかける。
「なんで急に行くことになったんです?まさか……攻めとの逢い引きの為に……!?」
「(もうツッコむのめんどくせぇ)」
「“勘”ってやつだよ」
「え、理由になってませんけど!?」
こうして、アルグレアの谷での騒動をひとまず終えた蓮たちは、
次なる舞台――都市国家イグナートへ向けて、静かに歩き出すのだった。
その先に待つのは、もう一人の転生者。
正しさの仮面を纏いながら、民を導くカリスマ政治家――御門清春。
――蓮と清春。
まだ互いの名も知らぬまま、二つの運命が、異世界の地で交わろうとしていた。




