第三話 道理
この世界、いろいろと不安しかねぇ。
……が、今さら元の世界に帰れるとも思えねぇし、何より生きてる実感がある。だったら、やることはひとつだ。
「とりあえず、人がいるとこまで案内してくれねぇか」
「えっ!あっ、はい!もちろんですとも!わ、私が責任を持って教会の街までお連れします!」
「助かる。……できれば静かに頼む」
「はいぃっ!!」
口ではそう言いながら、クララの目はキラキラどころかギラギラしてた。どう見ても落ち着く気配はねぇ。
「……その、お名前……レン様ですよね……?」
「……ああ。神埼蓮だ」
「カンザキ……レン……様……か……はぁ……いい名前……」
うっとりすんな。
こいつ、歩きながらもずっと俺の顔をちらちら見てやがる。
そのたびにぶつぶつと、「ちょっと病んでそうなのもいい……」「え、もしかして攻めの前だけ、にゃんにゃんしちゃう系……?」とか言ってるのが聞こえてくる。何の話だ。俺は猫じゃねぇぞ。
「なぁ、クララ」
「はひっ!?(やべっ聞こえてた!?)」
「この辺り、危険はあるのか?」
「あっ、そ、そうですね、最近はあんまり見ないですけど……夜になるとたまに、牙獣とか、空翔けるドラゴンとか、あと、光るスライムも出るって……!」
どれも物騒だな。
「ま、人間のクズよりゃマシだろ」
思わずそう口にすると、クララがぴたりと歩みを止めた。
「え……?」
「いや、こっちの話だ。気にすんな」
そう言って前を向くと、草原の向こうに街が見えてきた。高い石壁に囲まれた、そこそこの規模の街だ。門には兵士みてぇなのが立ってるが、今のところ平和そうに見える。
――だが、その印象はすぐに覆された。
街の門の前で、小さな騒ぎが起きていた。
「この子です!この子が私の荷車からリンゴを盗みました!」
農夫風の男が、よれよれのボロを纏った少年を門の前に突き出して怒鳴っている。
「ち、違うっ……俺、もらったんだ……おばあちゃんに、もらっただけで……!」
「嘘をつくな!この子のような浮浪児は、口がうまいんですよ!」
少年の手には、小さな布袋。中にはかじりかけのパンと干し肉が数切れ。
リンゴなんてどこにもない。
それでも、門番の兵士は無表情に言った。
「“浮浪児が物を持っている”時点で、所有の証明ができなければ盗品と見なす。それが教会法だ」
「っ……!」
思わずクララが叫ぶ。
「おかしいです、それでは貧しい子たちは何も食べられなくなる!所有の証明って……文字も書けない子に、どうやって――!」
「……申し訳ありません、クラリッサ様」
兵士が顔を伏せる。だが口調は冷たい。
「いくらあなたが“聖女”であろうとも……聖教会の法は絶対なのです」
「っ……!!」
周囲の民たちは顔を背ける。何度も見てきた、日常の“取り締まり”。
誰も声を上げない。ただ見て見ぬふりをするだけだ。
――ああ、なるほど。筋が通らねぇにも程がある。
「おい、そこの兄ちゃん」
ぴたりと場が止まる。
蓮が、ゆっくりと前に出る。
「……“浮浪児が物を持ってたら、それは盗品”? 冗談きついな」
「規定です。“身分証のない者が物を持つ”=“不正の可能性がある”とみなすのが、教会の定めです」
「じゃあ何か。誰かの好意でパンもらっても、“お前みたいな奴がもらえるわけねぇ”って理屈で捕まえるのか?」
「それが秩序です。誰にでも平等に、証明を求めるのです」
「じゃあお前。今履いてるその靴、誰からもらった?」
「……え?」
「証明できなきゃ、盗品だな」
兵士の顔色が変わる。周囲がざわめき出す。
蓮は一歩、また一歩と前に出ながら言った。
「“正義”を語るならよ、まずはテメェが“道理”を示しな」
蓮は兵士の胸ぐらを掴みながら言った。
その声に、クララが目を見開いた。
少年が、こわごわと蓮の背中を見上げる。
兵士は言い返そうとして、だが言葉に詰まる。
そして、蓮は静かに呟いた。
「筋の通らねぇ決まりに従うだけの連中を、俺は“正義”とは呼ばねぇ」
誰かが、ぽつりと拍手をした。
それが広がっていく。
最初は静かに。だが次第に、街の人々が手を叩き始めた。
クララが、両手を胸に当てて呟く。
「……やっぱり、攻めに見せかけた受け……」
それはもう聞こえなかったことにした。




