第二十二話 消失
朝靄のかかる静かな野道で、焚き火のあとを風がさらっていた。
蓮は立ち上がり、ベルトに銃を差し直しながらポツリと呟いた。
「……やっぱ気になるな。ミリィの言ってた“村が突然燃えた”って話。妙すぎる」
焚き火の消し残りを足で踏み消すと、歩き出す。
「じゃあ、わたしも行きます!」
すぐにクララが立ち上がった。
「わ、わたしも……行く!」
ミリィも毛布をたたみながら、こくりと強くうなずく。
蓮は眉をひそめて振り返る。
「お前ら、バカか? 焼けた村にわざわざ戻って何がある。何かいたらどうすんだよ」
「でも、放っておけないんです。今のミリィがあるのは、その“村”が焼けたせいなんですから……知る必要があります」
「……わたし、お母さんのこと……確かめたい」
蓮はしばらく無言だったが、やがて大きな溜息をついた。
「ちっ……分かったよ。ついてくるなら離れるな。俺の背中だけ見て歩け」
そして三人は、朝靄の中へと歩き出した。
ミリィが言っていた山の向こう、深い森を抜けた先――。
そこには、かつて魔族の小さな集落があったはずだった。
そして数時間後。
その場所に着いた三人は、言葉を失った。
地面は黒く焦げ、建物の柱すら跡形もなく崩れていた。焼け焦げた家々が無残に並んでいる。
だが――不自然だった。
“遺体”が、一つも見つからないのだ。
生活の痕跡はあった。食器、家具、布きれ、靴……魔族が確かに暮らしていた名残は、数多く残っている。
なのに、そこにいたはずの命だけが、跡形もなく消えていた。
蓮は足元の瓦礫を蹴り、くぐもった声で言った。
「火事じゃねぇ……焼き討ちってんなら、どこかに死体があってもおかしくねぇはずだ。これは“消えた”んだ。魔族だけが……」
「……心当たりがあります」
クララが、顔を険しくしながら呟いた。
「これは、教会の“聖遺物生成術”です」
蓮が顔を向けた。
「……聖遺物?」
クララは静かに頷いた。
「教会の奥義のひとつ。かつて神と契約を交わした聖具師たちが作り出す、神の力を宿す道具……それが“聖遺物”です。
その中には、生き物の命を“核”として魔力を凝縮させる儀式もあるんです。……特に、魔族のような“異端の存在”は、強い魔力を持つ分、貴重な供物とされやすい」
「……つまり、ここにいた魔族たちは、殺されただけじゃねぇ。“材料”にされたってことか」
「はい……恐らく、生きたまま魔法陣に捧げられ、霊核に変えられた……そういう痕跡です。焼き払われたのは、痕跡を消すための“処理”でしょう」
蓮の目が、冷たい光を帯びる。
ミリィは震えながら、声を漏らした。
「……じゃあ、わたしのお母さんも……」
「まだ確定じゃねぇ。……けど、少なくともこの集落で何があったか、もう“偶然の火災”って話じゃ片付けられねぇ」
蓮は拳を握り締め、唇を噛んだ。
この世界では、魔族は“祈りの対象”にはなれない。
ならばその命は、“祈りのための燃料”にされる。
どれだけ善良でも、どれだけ幼くても――ただ“魔族”である、それだけで。
「……あの宗教白ブタ野郎共、やっぱ許せねぇ」
蓮は呟いた。
その声に、クララが小さく頷いた。
「私もです。教会の中にいた者として……知らなかったとは言えません。でも、今は違います。私が“聖女クラリッサ”だった意味があるとすれば……この現実を、止めるためにあるんです」
焔は既に消えていたが、三人の胸には、消えぬ怒りが静かに灯っていた。
そしてそれは、この先の旅路に、決定的な覚悟を与えるものとなる。




