第十話 刺客
月の光が、静かに窓辺を照らしていた。
蓮とクララは、宿屋「ねこしっぽ亭」の一室を借りていた。
クララはベッドで静かに寝息を立てていた。布団の端をきゅっと抱きしめ、時おり「受け……」とか寝言を漏らしていたが、それも今は微笑ましいだけだった。
蓮はその隣、椅子に腰掛けたまま眠らず、窓の外を見張っていた。
眠れるはずがなかった。
――やけに、静かすぎる。
耳を澄ませば、かすかに階下の酔客の声と、台所の火を落とす音。
だが、その合間に紛れる、不自然な気配。
床板がきしむ音が、扉の外から一度だけ聞こえた。
蓮は、そっと手を伸ばし、枕元に隠していた黒い鉄の塊を握った。
クララには秘密にしていたが、銃は懐にあったのだ。
音も立てず立ち上がり、足音を殺して扉のそばに移動する。
そして――
“カチャリ”
わずかな金属音。
ドアの鍵が、外から静かに開けられた。
蓮は呼吸を止めた。
ドアが、ゆっくりとわずかに開く。
その隙間から、黒い影が音もなく滑り込もうとした瞬間――
「……仕事中のところ悪ぃな」
蓮の囁き声とともに、銃口が影の額に突きつけられた。
暗殺者が目を見開く間もなく、蓮はトリガーに指をかける――が、引かなかった。
影は女だった。顔下半分を布で覆い、瞳だけが鋭く光っている。
「動くな。声も出すな。俺の手元、ちょっとでも震えたら……次はないぜ」
「……っ。それは武器か。どうして、気づいた」
「俺は、家の中で狙われることに慣れてんだよ」
蓮は銃を突きつけたまま、ひそやかに続けた。
「誰の差し金だ」
「……教えると思うか」
蓮は舌打ちした。
「どうせ、あの宗教白ブタ野郎共だろ……」
暗殺者の瞳が伏せられる。正解のようだ。
クララはまだ寝ていた。
夢の中で“受け界の革命”とか呟いていたが、声は小さく、事態には気づいていない。
蓮は一瞬、どうするかを考えた。
こいつを始末すれば、今夜の危機は去るだろう。
だが――女の細い体と、こぼれるような震えに、かつて“脅されながら刃物を持たされた自分”の過去が重なった。
「あのバカ共に言っとけ。クララを狙うなら、次は“生きて帰れる”とは思うな」
銃口をゆっくり下げる。
暗殺者はしばらく動かなかったが、やがて小さくうなずいて、すっと扉の外へと姿を消した。
蓮は深く息を吐いてから、銃を懐に戻した。
そしてクララのほうを見る。
「レンさまぁ……それ受けじゃないですぅ……攻めの振る舞いですよぉ……むにゃ……」
寝言で、まったく緊張感のない声が漏れる。
蓮は目を伏せて、かすかに笑った。
「……ったく、なんで俺がこんなガキを守ってんだか」
けれど、その“守りたい”という気持ちに、嘘はなかった。
そして――この夜の出来事が、やがて二人を、大きな戦いの渦へと巻き込んでいくことになる。




