七話 異世界料理
「……あれ?」
気が付いた時にはもふもふの布団にいた。どうにも私の記憶はこうしてはじまることが多い。
昨日は……そうだ。魔法の使い過ぎで疲れて倒れるように寝たんだった。こんな生活は良くない。せっかくマーリンが若返らせてくれたというのに、また老け顔になってしまう。
昨日、か……。
「……よし」
ぴしゃっと顔を叩いて目を覚まさせる。ベッドを降りて、一階に向かう。
まずは昨日一日で起こったことをおさらいする必要がある。
そこでまずは……鍋を取り出す。昨日自分で出力した鍋だ。多分アルミ? な金属で出来た本体に木製の取っ手がついた普通の鍋だ。
そこに普通に水を張る。少し多めに。
そして取り出すのは、マーリン印のパスタ? なもの。彼がいくつか食べ物としておいていってくれたものだ。今朝はこれを食べる。
(そういえば食べ物も自分で何とかしなくちゃ……)
最悪錬成術で作れば、とか考えたが食べ物を魔法で作るのってどうなんだろう、と思わなくもない。それを言ったらコーヒーもそれでつくったらよくなる。
(やっぱり食べ物は現地のものよね!)
……なんて意気込んだが今から食べようとしているのは貰いもの。この先の事はすこし思いやられる。
そんなこんなで鍋の水が沸騰した。テーブルソルト的なものはあったが料理用の塩は見当たらなかったので、やむなくそのまま茹でることに。
そしてタイマーをスタート。この電子タイマーも自分で作った。……電池無しでどうやって動いているのかは分からない。
その間に別にお湯を沸かす。もちろんコーヒーの為に。
今回はまた新しい豆を試す。三種類目だ。
お湯を沸かしている間に準備を進める。まずは豆を粉にする。今まで手動だったが今回からは違う。錬成した機械がある。
コーヒー豆を挽く機械、グラインダーと呼ぶが、これにも種類がある。コニカル刃とフラット刃という。二つとも私が出力した。
説明はおいおい・・・・・・。今回はコニカルの方に豆を入れて挽く。
ものの数秒で粉が出来る。楽な上にムラの少ない粉になる。機械さまさまだ。
更に新しい道具がある。温度計とスケールだ。
コーヒーを淹れる際に、なんだかんだと欲しくなる道具だ。特に研究をするとなったら条件を整える為にも欲しくなる。
温度計はデジタルのリアルタイム計測タイプだ。個人で持つには少々値が張るが、作る分にはいいだろうと奮発。
スケールも同じくデジタルでリアルタイム計測。一秒単位のタイマーと0.1g単位の測りが付いている。
これでコーヒーを淹れる体制は盤石だ。
先にケトルのお湯が沸く。今は沸騰させて大丈夫。先にドリッパーとサーバーを温めるために使う。
と、ちょうどタイマーが鳴ったのでパスタを上げる。が、トングまでは作って無かった。
(パスタを上げるにはトングが要る。でも、まだ作ってなかったんだっけ……。さくっと作れないかな)
そう思い、集中する。トングのようで、カマキリのカマの様な返しが付いたものを創造する。
「出来た!」
それっぽいのが出来た。・・・・・・がちょっと持ちにくい。やはり”なんとなく程度の理解”では万能な創造とはいかないようだ。いかに日本製が計算されつくしているかを身をもって知る。
それにしてもこの魔法も慣れたもんだと一人、胸を張る。昨日みっちり使い込んだというのもあるだろう。コツのようなものは掴めた気がする。が――。
(理解が浅いものは変な仕上がりになる。繰り返して微調整すればなんとかなるが……、万能とはいかないなぁ)
パスタを引き上げ皿に盛る。そういえばソースを考えていなかったが、キッチン下の収納スペースに調味料っぽいのが揃っていた。なんとかしてみよう。
パスタはよし。次はコーヒーだ。
今回使う豆は独特な臭みを持つ豆だ。加えてやや浅い煎り。低温でゆっくり落としてみるか・・・・・・。
温まったサーバーに温まったドリッパー、機械で均一に挽かれた粉をセット。湯温は72度に調整。
0秒。注湯開始。スケールに粉量と同じ、15gと表示されるまで全体に向けて注ぐ。その後は蒸らしに入る。
20秒。粉の反応は弱い。サーバーに数滴落ちた事を確認し再び注湯を再開する。
47秒。スケールに表示された総湯量が130g、それがそこそこ落ちたので最後に整えるために三投目を注ぐ。
1分27秒。総湯量230g。1分40秒まで待ってからドリッパーをどかす。完成。
サーバー内をスプーンで軽く混ぜ、カップへ移す。カップをスケールに乗せ、ゼロ補正してから移す。内容量171g、悪くない。——さて。
(パスタにコーヒー。朝食にしてはとてもいいものではないだろうか)
それらを前にしてうれしいため息が出る。貰い物で食いつないでいるという状況だが、とにかく食べられることに感謝する。
(いただきます)
……といってすぐに頬張れるほど準備は良くなかった。パスタになんらかの味をつけてやらねば。
まず目につくのは透明な瓶の中に緑色の液体が入ったもの。感覚的にオリーブオイル的なものだと思うのだが……。
蓋を開けてスプーンに垂らしてみる。
(匂いは……あまりしない? 味は……すごく薄いオリーブオイルというか、何か別の植物からとれる油っぽい)
思ったほど癖がなく、普通の油として使えそうだった。せっかくなのでパスタに回しかけてみる。
次に目についたのはペッパーミルのような道具。分解して中を見る。まず鼻をくすぐるのはハーブ的な香りだった。と中にあるのは、岩塩、だろうか。
(ハーブソルト! すごくいい!)
岩塩だろうと勝手に思い込み、ガリガリと削ってパスタの上へ。混ぜ合わせて一口食べる。
……ん? ちょっと甘い。岩塩が含む甘味、とも違う別の甘さがあった。およそ塩ではあるが、少し違っていた。
となったら、もうひとつ別のアクセントが欲しい。次に目をつけたのは、四角い瓶に詰まったきつね色のかけら。フライドオニオンにも見えるが……。
さっきの失敗を教訓にそのかけらを一つかじってみる。ぱりぱりぽりぽり。
(香ばしい……。って辛い!? 鼻にすごいクる!)
ツーンと鼻に抜ける辛さが広がる。だが慣れてくると。
(もしかして……ニンニク?)
そんな感じがした。辛いが、クセになる。そんな味。
控えめにひとつまみ、パスタに加える。
こうして出来上がったものを見ると……なんというか……アーリオオーリオ、的なものになった。
やや癖のある味だが食べられるものになった。
自分の手で作った料理――それだけなのに、どうしてこんなに胸があたたかいのだろう。
改めて感動する。一応はそれなりの形になって満足だ。
次いでコーヒーだ。さて、どんなものが出来たのやら。
(香りはやっぱり独特。土感が強い。好き嫌いが別れるタイプだな)
そして一口。
(やっぱり辛いコーヒーだったか。そしてしっかりした苦味とやや緑っぽい香り。インドネシア系の豆って感じ)
総評としては悪くは無いが人を選ぶ味、といったところ。少なくとも日本人受けはあまり良くないだろう。
今回、アーリオオーリオ(もどき)との食べ合わせとなったが、偶然にもそれが良かった。辛みのある食事には辛みのあるコーヒーが案外合うものだ。
フォークが止まらず、気づけば皿が空に近づいていた。そして……。
「ごちそうさまでした……!」
完食した。異世界での初料理、上手く行ったほうではないだろうか。
気づけば、皿の上には何ひとつ残っていなかった。
フォークを置いて、小さく息をつく。
お腹がいっぱいって、こんなに幸せだったんだっけ……。
ちゃんと自分で作って、ちゃんと食べて、ちゃんと生きてる。
それだけのことが、いまはとても誇らしい。
(……これなら、なんとかやっていけるかも)
胸の奥が、ほんのりと温かい。
この温度を忘れたくなくて、そっとテーブルに指を滑らせた。
ごちそうさま。
* * *
使用した道具を片付ける。スポンジに石鹸と、その辺は揃っているので楽に掃除が出来る。
(今日もユリウス様はいらっしゃるのかしら……)
まだ午前で日の光がゆるやかに差し込むこの小屋でぼーっと片付けをする。
でも、考えないようにしても、気がつけば目が探してしまう。
別に特別なことなんてない。ただ、あの人がここにいてくれたら――それだけで、どこか落ち着く。
窓から入る風に、前髪がそっと揺れた。
膝の上で指を重ねたり、外したり。時間は、ゆっくりと流れているのに、胸の奥だけがそわそわしている。
声が聞きたいわけじゃない。触れたいわけでも、きっとない。
ただ、あの人の姿を見つけられたら――今日はそれだけで、いい一日になる気がする。
だから、もう少しだけ――。
片付けを終えた私は机に伏してまどろみに身を委ねるのだった。
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