五話 ”新しい”再開
マーリンとの一件があり、しばらくして落ち着いた頃。
私は、頭を抱えていた。
(しまった~~~~~~……!!)
早速、願いの『後悔』をしていた。
(コーヒーを前世の様に十全に出したい。でもそれには”決定的なもの”が足りてないじゃない!)
例えば普通のコーヒーを用意するとして。
お客さんが来てから豆を挽きたい。であればグラインダーがいる。
ドリッパーは作ったし、ついでにサーバーもつくれば容器問題は解決。
それらを使って同じ味を再現したい。スケールが必要だ。
(少なくともこの時点で――)
”電気”が足りない。
ああ。足りないといえば何もかも足りない。道具、能力、知識、その他もろもろ。
どうするどうすると頭を抱えていると――。
カラン――。
思わず肩が跳ねる。そもそも来客を想定していなかった。誰だろうと顔を上げると、そこにいたのは――。
「……ユリウス様?」
銀糸のような陽光を背にして、端正な顔立ちの青年が静かに佇んでいた。凛とした佇まいと、青の外套。その隙のなさは、やはり彼が現役の騎士であることを物語っている。
「……すまない。間が悪ければ、出直そうか?」
「い、いえ! 問題はありません! いらっしゃいませ」
低く、よく通る声。きちんとした言葉遣い。彼の存在が空間ごと引き締める。
そんな緊張が走ったなかで出来るだけ平静を装って答えた。
——が、かえって不審に思われたか鋭い視線が向けられていた。はっとする。
(そういえば若返ったこの姿を見るのは初めてのはず……)
「……君、は……」
彼の鋭い瞳が、私を一瞥する。そして、驚いたように一歩だけ足を止めた。もしかして別人と思われた?
「……随分と、印象が変わったな」
その声は低く、戸惑いを隠せないようだった。私だって最初は戸惑った。
「前より――いや、その……若くなったように見える。肌の艶も、髪も……」
言いながら、彼はわずかに視線を逸らした。いつもは冷静で毅然とした彼が、言葉に詰まるなんて。
「……美しくなった」
「……え?」
「いや、違う……その、そういう意味ではなく――」
慌てて手を振る姿が、かえって照れているのを強調している。顔はうっすら赤い。
「……とにかく。何かあったのか?」
少しだけ咳払いをして、彼は視線を戻す。
そのまなざしは、いつもよりも優しく、どこか――私の変化を真っ直ぐに受け止めようとするようだった。
……彼になら、全てを話してもいいような気がして。
今朝の出来事を一通り話すことにした。マーリンという来客、魔法を教わったこと。
……しばらくして、全てを話し終えたころ。
「……なるほど。そんなことが」
感心するユリウス。と、その頃になって気づく私。
「す、すみません! お客様にお茶の一つも出さず私の話ばかり……!」
「そんな顔で謝るな。君の話が、聞けてよかったと思っている。ちょうど聞きたい事もあったしな」
「聞きたい事……?」
彼は椅子に座り直し、語る。
「先日、こちらの茶館で飲み物を頂いた後、中時間に渡り魔力増強の効果が見られた。少し試したが確かに魔法の出力が良くなっていた。これはどういうことだ?」
「ええと……」
コーヒーに含まれるカフェインの作用で脳機能が覚醒状態になる。……というのは元の世界での話で、魔力云々は全く分からない。その辺はあのマーリンにでも聞いておけばよかったとまた後悔。
「先の話に戻りますが、私もその魔力の増強? の影響で意識を失っておりました。私自身よく分かってなくて……」
「ああ失礼。そういえばそのようなことをおっしゃっていましたね」
これは由々しき問題かもしれない。商品提供者がそれについて理解が及んでいないなど、プロにあるまじき失態だ。
しかし、それらを学ぼうにも手段がない。というか私はこの店以外を知らない。
むーんと悩みを巡らせていた頃。
「——そこで、だ」
ユリウス様が話を切り出す。
「できればもう一杯。あの飲み物を頂けないだろうか?」
「はい。ご用意は出来ますが……何をなさるおつもりで……」
「無論、——実験だ。様々な魔法や魔術にどのような効果があるのか、ぜひ試してみたい」
トクン。と胸が鳴るのを感じる。これは――。
「えと、じゃあ、淹れますね」
「よろしく頼む」
こうしてまた一杯、淹れる事になった。
カウンター裏へやってきて、コーヒー豆の瓶を取る。……と。
(品種や産地、煎り具合でも効果が変わるのかな)
なんて考えがよぎる。そう、私も実験が大好きなのだ。
多分多くのバリスタがそうだろうが、豆のちょっとした違いや抽出のブレなど。そういうものに気を配って味がどのように変わるのかを研究する人は多いと思う。私がそうだった。
とりあえずは前と同じものを用意する。
手順は同じなので割愛。強いて言うならカップをお湯で温めておいたくらい。
「お待たせいたしました」
彼の座るテーブルにカップを置く。実質三度目のそれはとても綺麗に仕上がったと思う。
「おお、やはり良いものだな。この独特な香りは心を解きほぐすようだ」
気に入っていただけたようでなによりだ。
とはいえ、まだ私の”本領”を発揮するまでに至ってないのが歯がゆいところだが。
「——。ふぅ」
彼が一口飲み終える。凛々しかった顔つきにも綻びが見える。
ほんの少しだけ、彼の肩の力が抜けたように見えた。
——やっぱり、コーヒーにはそういう魔力があるのだと思う。
「どうでしょうか?」
控えめに尋ねると、ユリウス様は少し思案するように眉をひそめ、それから答えた。
「覚醒感、はないな。むしろ落ち着いた感じがする」
最初はコーヒーアロマの効果。普通のコーヒーと変わらない。
昨日飲んだ感じでは中米ブレンドの深煎りといったところ。舌中へ落ちるようなしっかりとした苦みと舌奥で感じるコク深さを楽しんでほしい。
二口、三口と進む。
「最初に飲んだ時は不思議さが勝ってあまり味わえていなかったが、こうして飲んでみると面白いものだな」
ピクッ。
「面白い……?」
「ああ。貴女にとってはあたりまえのものかもしれないが、私にはとても新鮮なんだ。研究のあまり進んでいない魔植物に加え、さらにその豆を加工して出来るだなんて。興味深いことこの上ない」
——ああ。よくない。
今——めっちゃ語りたい気分だ。
そうですよね不思議ですよねって。実はもっと多種多様な品種が存在してそれぞれの加工によって見えてくる味の出方も変わってくる上に焙煎によって味にさらに変化がつき極めつけはその淹れ方によって千差万別の顔を見せる。それがコーヒーなのだと。
しかし現キッチンの能力と把握している豆は一種のみ。さすがに出せる味に限界がある。
もっと充実させたい……。早く私の”本領”を発揮したい……。
「……大丈夫か?」
「ハッ! 失礼致しました! 何かございましたか……?」
うっかり自分の世界に入り込んでしまった。よくないよくない。
顔をあげ、改めてユリウス様を見た時——。
「これは……錯覚?」
ユリウス様の周りを透明な、陽炎のような揺らぎが見える。さっきまでは無かったはずだ。
「見えるのか、この魔力が。これは明らかに通常時ではない。君のコーヒーがここまでとは……!」
「魔力の……?」
もしかしてこれが魔力増強というもの? コーヒーを飲んだ効果がこんなふうに現れるなんて。
「とまあ、私はこんなふうになるんだ。魔法の出力も上がっている。どうだろうか」
どうと言われても私に魔法の知識はない。意見を出すことは出来ないし……。私はまだ、この世界のことも魔法のことも分からない。でも、何か……少しでも力になれたら、と。
「すみません。魔法分野は、疎くて……」
「い、いや!」
ユリウス様が答えるが声がうわずっているような。顔も少し赤いような。
「私としたことが、その、気分が高揚してしまったようだ。まるで子供のようだな……忘れてもらえると、助かる」
「いえ、むしろそれだけ興味を持っていただけて嬉しいです」
私はそう言いながら、ふと考える。
(私は……何ができるんだろう)
この世界のことも、魔法のことも、まだ分からない。
でも、少しでも近づきたい。理解したい。
だからこそ……。
「ユリウス様」
「ああ、なんだろう?」
「もし、よろしければ……私も、もう一度コーヒーを飲んでみようと思います」
「君が? 昨日の事もあるが、大丈夫なのか?」
「はい。怖くないと言えば嘘になります。でも……」
きっと、私はこの世界のすべてを、もっと知りたい。
「ユリウス様がいてくだされば、きっと大丈夫な気がするんです」
少し、勇気を出して。
「……導いていただけますか?」
私の、小さな実験が始まる——!
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