第25話 作製:エスプレッソ
「う~ん……」
この店のメインの豆はブルマンもどきになる。それ自体はいい。だが――。
(エスプレッソにすると、ちょっと違うんだよなぁ……)
別に悪いわけではない。ただ、飲みなれないというだけで。
今はエスプレッソの調整をしていた。ただエスプレッソそのものというわけではなく、どちらかと言えばラテ用のエスプレッソだ。
牛乳の甘さに負けないはっきりとした苦みを持つ。そんなものがいいなと調整しているのだが……。
(もっと種類が欲しい……、あと自分で焙煎が出来れば……)
といろんなことに悶々としていたが、ふと、気が付く。
(自分の飲む分には魔力向上はいらないのだから、普通に焙煎すればいいのでは?)
つまりこうだ。生豆をいくらか仕入れつつ、自分で焙煎、いい味を探す。それで気に入ったのがあれば改めて焙煎をお願いする。
なぜそんなことに気が付かなかったのか。しかしそのやり方は凄く出費がかさむ。
でもやりたいしなぁ、なんて考えていたところに来客。
「いらっしゃいま──」
「やあ。久しぶりだね」
そこに居たのはかつて魔法を授けてくれた、胡散臭さが拭えない魔法使い、マーリン。
「マーリン様。本当にお久しぶりですね」
「うん? ・・・・・・ああ、そういえばそんな話だったね」
「?」
マーリンは店内をキョロキョロと見渡しながらカウンター席に着く。
「あの頃とは随分見違えたね。立派なお店じゃないか」
「いろいろありましたから・・・・・・」
私も昔の事を思い出す。何にも知らない時だった。戻る道は無く、どこが前かも分からないままにたどり着いたこの店から始まったのだ。
「さて、早速だが、噂の一杯を頂こうじゃないか」
「噂の?」
「放浪していると色んな話を聞くものさ。効果もさながら、その不思議な味わいの話を」
噂になるほどの事をしただろうか。と考えるが(騎士たちに限り)たくさん出しては来た。そこから話でも漏れたのだろうか。
とはいえ、正式なお客様だ。こちらもしっかりしよう。
「まず当店では、好みの味を聞いています。酸っぱいとか苦いとか、コク深いとかあっさりとか」
「そうだなぁ……。じゃあ一番面白いやつを頼むよ」
「面白い……」
「主観でいいから、さ」
面白いと言われれば全てが面白いのがコーヒーだと思っている。ドリッパーの形状、紙フィルターを変えると味が変わったり、温度や注ぎ方が変わるだけで味が変わる。それが面白い。
だがそれはある程度コーヒーを知っているから面白いのであって、良く知らない人が面白いと感じるのはなんだろう。
(……。アレ、か)
一つ思いつく。エスプレッソだ。
何も知らない状態だとして、普通のドリップがカップで出てくるのと、めっちゃちっちゃいグラスにちょびっと出てくるのがおよそ同じ値段というのは最初はびっくりするものだろう。これだ、これしかない。
「では、少々お待ちください。すぐに出します」
「うん、よろしく。……すぐ?」
エスプレッソ。意訳すると特急とか急行という意味らしい。その名にふさわしく、本場ではオーダー後一分以内に出すのが礼儀らしい。うちではギリギリになるが、まあ急げばなんとか、ぐらい。
マシンはすでに準備出来ている。あとは……細かい技術だ。
まずはエスプレッソ用の細かい粉を用意しポルターフィルター(エスプレッソ用金属フィルター)に詰める。豆は一番深煎りのものを使用する。
粉を落とせたらニードルを使ってダマになっている部分を潰しつつ、全体にいきわたる様に広げていく。この工程をより精密に行うための道具もあったりするのだが、時間が掛かり過ぎるので手元にはない。
ニードルで均したあと軽く叩いて詰める。そうしたら分銅のような道具でタンピング(押し固め)する。
……このタンピングで技量の差が生まれるらしいが、残念ながらそこまでの領域には至れていない。ただ水平に、偏りなく、ぐらいしか考えていない。
それが出来たら機械本体にセット抽出を開始する。ドリップなどは抽出に技術がいるがエスプレッソは人力や自重では出来ない高圧力で抽出する。と、20秒ほど待つと完成。
「お待たせしました」
「待つほど時間はかかってないけど……」
すごく小さなカップに20ml。凝縮されたコーヒー、これをどう感じるのか。
「へぇ、これで一杯か……」
興味深そうに見たり、嗅いだり、観察をしたあと、割と勢いよくカップを仰いだ。
(飲み方とか説明したほうがよかったかも……!?)
エスプレッソは余韻を楽しむものだ。ちびっと口に含んで芳醇な味わいを時間をかけて楽しむ。一気飲みは……。
「……ぷはっ! これはすごいな。強い酒を煽ったときのようだ」
「説明不足で申し訳ありません。本来は時間をかけて楽しむもので……」
「いやいいさ。なんとなくそうだろうな、とは感じていたけど、これはこれでいい楽しみかただと思った! うん、面白いな!」
とまあ楽しそうにしている。童心に返ったような、というか。純粋に楽しそうにしている姿が私には輝いて見える。そうだ、こういう風な感じを求めていたのだ。
「いやぁ、すっかり気分が良くなってしまっていた。本題をすっかり忘れていたよ」
「本題?」
「ああ。なにやら不便の気配を感じたのでね。ここは私の出番かと」
「?」
飲み終えたマーリンはすっくと立ちあがり、こちらに向き直った。私も自然と背筋を正す。
「ごほん。では、目を閉じて、気を楽に。魔法にかかる時は夢見心地でないとね」
目を閉じる。彼が言わんとする意味が今一つ分かっていないが、ただ黙っている。
「……。さあ、目を開けてごらん。今までとは違う世界になっているはずだ」
そう言われ目を開ける。……、特に、変わりはないような……。
と、目についたのはメモ書き。豆の産地についてかかれたメモ、読めないから後で聞こうと思っていたものだ。それが――。
「よ、読める!?」
「ふふん。言語関係のあれそれを問題なく処理できるようにさせて貰った。もちろん文字だって書けるぞ」
なんということだ。すごく不便だったことが一気に快適に。これは、どういうことなんだろう。
「なにか裏が。といった顔だね。裏は無いとも。代金だって支払う。ただ、……そうだなぁ、そういう魔法使いだ、ということで」
「はぁ……。でも、とにかくありがとうございます。すごく快適になりました」
マーリンはまあまあといった様子でふらふらとしながら店を後にした。代金はきっちり支払って。
メモを見る。ヴァルデア、アスティール、カリサン。全くピンとこないが名前が分かったならまた一つ進歩だ。そうして私の一日はまた終わる。




