第21話 意外な需要
焙煎士バルカンが帰ったあと、片付けを済ませ、ノートと向き合っていた。
(しまったなぁ・・・・・・。仕入れの時にどこで仕入れたかのかを聞いておくんだった)
コーヒー豆は品種もあるが、どこで育てられたかも味に関わる可能性がある。それを学んで置かないと味の再現性が変わってくる。
(今度からメモを取っておこう、と)
などなど。色んなことを考えながらノートに書き込んでいた。
ちら、と隣を見る。そこには瓶一杯の魔力レスコーヒーがあった。
(これどうしようかなぁ)
自分で飲む用くらいしか用途が分からない。この世界は魔法が全てだ。魔力レスにどんな価値があるだろうかと考えていた。そこへ来客が。
「いらっしゃいませ」
入ってきたのはギリギリ青年くらいかの若い男性だった。普通の服装で特別特徴はない。
「あの・・・・・・」
「はい」
前に出て接客をする。今まで身内っぽいのとか知り合いとかばかりだったので、こういう接客はある意味初めてだ。
「ウチでここが凄い、と聞いてやってきたんですが」
「ウチ、とは?」
「ここから北にある騎士駐屯所です。僕はまだまだ未熟ですが、所属はそこです」
北の騎士、という事はユリウス達のいるところではないだろうか。ならばお客さんだ。
「ではお掛けになって、ご希望のコーヒーをお選びください」
そういってメニュー(手書きのメモ)を渡す。なにが選ばれるのか、楽しみだ。
「えっと、僕はその飲み物を良く知らなくて」
「あっ、そう、ですよね……」
てっきり前に来た団体の中の人だと思っていたが、どうやらそうではなかったようだ。となると完全に始めてか。なら――。
「なにか、好きな味とかありますか? 基本は苦いものですが、深みがあって――」
「すみません!」
少し大きめの声で遮られた。ちょっと食い込みすぎな営業だっただろうか。
「ここの飲み物が凄いのは知ってます。魔力もすごい向上すると、僕も見ていました。けど――」
まあそれが売りの一つだから、その思いは全うだろう。けど、なんだろう。
「今日、僕がここに来たのは、ここの飲み物が気になるから、ですが。ここに来たことをみんなに知られたくなくって」
……。言わなければいいのでは? と思ったが考えが甘かった。
「あの……魔力の増幅を押さえる飲み物って、ありますか?」
そこまで言われてピンとくる。元の世界でもあった、ノンカフェインを頼む人と同じ感じだ。そして運よく、それがある。
「かしこまりました」
キッチンへ戻る。例の魔力レスコーヒーを淹れる。カフェインもとい魔力は焙煎の段階で無くせる、らしい。淹れる時はいつも通りでいい。
数分後。
「おまたせしました」
客前にカップを出す。その青年は興味深そうに観察したあと、一口飲んだ。
「……不思議な味ですね。お茶とも違う、独特な味だ」
「そうなんです。コーヒーって――」
しばらく、コーヒー講義が始まった。語り出すと止まらない、私の悪い癖。
だが引き際はわきまえているつもりだ。カップが空になったらやめる。……そして。
「ありがとうございました。お話も、楽しかったです」
そういって青年は立ち上がる。去ろうとするのを引き留めるのは良くないのだが、一つ聞いておきたい事があった。
「あの、この魔力レスコーヒーって、需要ありますか?」
私はあまりないものかと思っている。魔法が全ての世界でこんな――。
「はい。とても価値があるかと」
予想外の答えだった。
「理由を、お伺いしても?」
「はい。長くなったら申し訳ないのですが……」
そうして青年は教えてくれた。
「まずですが、私のいる騎士駐屯所では確かに魔力の向上はとても好ましいものです。それは私たちが戦う存在であり、命に代わるものだからです。
しかし、一般の、普通の人たちは、研究職でもない限り魔力をそこまで求めません。むしろ忌避する可能性の方が高いかと思います」
「それは、どうして?」
「騎士たちは一応は精鋭なので、魔力が高ぶった所でコントロールする術を身に着けていますし、自然とそれが出来ます。しかし普通の人はそれが出来ない可能性もあります。そういう人たちは、下手をすると呼吸困難や意識混濁といった暴走状態に陥ることもあるかと」
そこまで言われて自分の事を思い出す。まだ何も知らなかった時だ。自分で淹れたコーヒーを飲んで意識を失い、倒れたのだった。あのときはマーリンに助けられたが……。
そうか……。私のようになる人がいるかもしれない、ということか……。
「差し出がましいようですが、このこーひー? を一般に普及させていくことをお考えであれば、なおの事こちらの魔力レスは必要になってくるかと」
「なるほど……」
今までドカドカ普通に淹れていたが、それは熟練の騎士であったから大丈夫だっただけで、そうならない可能性もあったのか……。
二人、危険だった人物がいる。商人とロースターだ。偶然何にもならなかったが。
「……答えになってますかね?」
「はい。すごく勉強になりました。ありがとうございます」
よかった、と朗らかに笑う青年。そのまま立ち去るのを見送って終わった。
一人になり、再び考える。
(この世界にあったメニュー展開を考える必要があるな……)
しばらく。いや、かなりの時間紙切れと向き合っていた。
陽がテッペンを超え、少し傾いた頃……。
「こんにちは」
「……」
「……リノ?」
「はわぁ!」
来客にすら気付かずメニュー作りに没頭していた。いつの間にか来ていたユリウスに全く気付かなかった。
「出直そうか?」
「いえ! むしろちょうどいいといいますか」
「?」
そう、この世界で最も心を開いている存在。彼に……彼と一緒に作るのだ。
「このお店のメニュー、一緒に考えて下さい!」




