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第20話 好みのコーヒーとは

 朝。


 昨日の余韻が、まだ残っている。

 忙しかったはずなのに、変な疲れはなくて、むしろ体の芯に火が灯ったまま、という感じ。


(そうか。わたし、楽しかったんだ)


 気づくのに少し時間がかかった。

 誰かのためにコーヒーを淹れること。喜んでもらえること。

 それが、こんなにも自分を満たすなんて──忘れていた感覚だ。


(一応札はopenにしておこう)


 札を変えてカウンターに座る。静かにカップを傾ける。

 今日の一杯は、自分だけのためのコーヒー。大量に作った自家製(魔力レス)コーヒーだ。


(……さて。今日は、どんな日になるのかな)


 そんなことを思っていた矢先だった。

 ──店のドアが、ゆっくりと開く音がした。


「いらっしゃいませ」


 そこにいたのは大男、焙煎士のバルカンだ。


「……なるほどな」

「?」


 店内を見て何かに気付いた様子。それが何かはわからないがなにか納得している様だった。


「店として、やっているのか?」

「はい。先日道具一式揃えまして、豆もおかげさまで安定して仕入れられる様になりましたし……」

「そうか……では、一杯頼む」


 という訳でお仕事だ。まだメニューが出来ていないので曖昧な注文が多いのが難点だ。供給が安定した頃に作りたいが、今のうちでも出来ることはしておいた方がいいかもしれない。


(とりあえず、の注文に対してブレンドを出せれば楽にはなるけど・・・・・・)


 まだブレンドはない。今回の客は豆をもらった相手、というのがある。

 今回は先日煎ってもらった豆を使おう。相手もそれが気になるはずだ。

 普通に一杯、ドリップで淹れる。慣れたものだ。


「お待たせしました」

「ああ・・・・・・」


 先日煎って貰ったのは二種、それぞれ中煎りと深煎り。計四種の豆がある。今回は普通の豆の中煎りを使った。


(想定ではブルマンの様なもののはず)


 カウンター越しに提供してから、その場でしゃがんで、僅かに残ったコーヒーを飲んで味見する。


(うん。甘い香りとコク、ブルマンによく似ている味だ)


 提供した後になってから味の確認をするなど、普通はありえないが、まあ、許して貰おう。


「・・・・・・ふむ」


 一口飲んで、考えるバルカン氏。何かを探すような、そんな様子で天井を見る。


「・・・・・・悪くないな」

「ありがとうございます」

「だが・・・・・・」


 悪くない。その言葉はつまり何かが足りない、思っていたものと違うということだろう。


「あの、何か・・・・・・」

「ふむ。以前店で頂いた時はもっと熱かった、と記憶している」

「!」


 しまった、と思った。この世界の人は"みんな"コーヒーを知らないものだと思ってしまっていた。

 彼は違う。以前の店主からコーヒーを貰っている。その時に発生した好みがあるのだ。


「も、申し訳ありません。よければ作り直しますが・・・・・・」

「出来るものなのか?」

「少し、お時間頂ければ」


 味に好みがあるように、温度に好みも存在する。

 通常のドリップでは75~80℃で落としているが、もっと熱く入れる方法もある。

 それがサイフォンだ。作るだけ作って一度も使っていなかったがこいつの出番だ。


(ヒーターを用意して、と)


 サイフォンはその仕組み、性質上100℃に近い温度で抽出する。上段に粉を入れておくやつがあり、下段にはお湯を入れ、更にその下部から熱を加える。

 上下段は密着してついており、下で温められるお湯は唯一の出口である上段の穴からお湯が湧き上がってくる。

 ほぼ沸騰状態のお湯に20秒ほど掻き回し、浸して抽出する。浸漬方の一つだ。

 最後に、下段の加熱を止め、上がりきったお湯を、下段に移す。

 あらかじめカップは温めておき、下段にコーヒーが出来たらすぐに移す。これで完成。


「こちらでいかがでしょう」

「・・・・・・」


 これ以上熱くとなったらレンジでも使うしかない。ないけど。


「そうだ、私が頂いた初めてのコレはこの熱さだった。ありがとう。感謝する」

「いえいえ・・・・・・」


 できる範囲での要望に応えるのが私の務め。満足して頂けたならなによりだ。

 しかし、もしかしたら元の店主は、"人となり"を見ただけで好みを判別出来るようなすごい人なんじゃないだろうか。

 私は言って貰えれば調整が出来る程度。好みの把握まではとてもじゃないが出来ない。


「・・・・・・これでいくら貰っている」

「銀貨三枚ほどで」

「安いな。七枚はとってもいいだろう」

「倍は流石に・・・・・・」


 なんて、こちらの都合で話を進めていたがそうでは無い。


「しばらく手間賃はとらぬと言った。それを違えるつもりは無い。が、この飲み物の魔力的価値は私が持っているともいえる。もしこの先、私に頼むとして、どうする」

「それは・・・・・・」


 難しい話だ。経営するということはそういうことも考えていかなければならないということ。

 ただのコーヒーを淹れるだけの存在には難しい話、だが──私が思うのは──。


「値段は、自分がもっと満足のいく商品を提供出来るようになったら、です」

「今回のは失敗だったと?」

「いいえ。ですが最初から好みのコーヒーを用意できたら、とは思います。その為に磨くべきは、私自身」


 私の目標。それは多くの人にコーヒーの奥深さを知ってもらう事。それを楽しんで貰うこと。同時に好みの味を見つけてもらう事だ。


「必ず、そうなってみせます」

「・・・・・・分かった」


 そう言った彼は銀貨を6枚置いた。


「これは?」

「二杯は飲んだ。妥当だろう」


 さすがは職人。きっちりしている。


「では、な。また入り用の時は訪ねるといい」

「はい。またよろしくお願いします」


 淡白な会話を済ませた後、彼は去っていった。

 残された私はやるべきことが山積みだ。と一層気合いを入れるのだった。

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