第3章:パティシエの隠された秘密
商店街の静けさの中、杏子は考え込んでいた。樹神が話した「動く力」。それがただの作り話なのか、それとも本当にまんじゅうに宿った特別な力なのか。正直、杏子の理性がそれを信じるのは難しかったが、彼女の直感は、何かが隠されていることを感じ取っていた。
「でも、まさか本当に、おじいちゃんはまんじゅうに…生命が宿っているって言うの?」杏子が少し呆れたように言うと、おじいちゃんはますます興奮した様子でうなずく。
「ふふふ、ぱみゅ子、これがワシの推理じゃ! まんじゅうはただの“生地”じゃない、何か特別なエネルギーが流れとるに違いない!」おじいちゃんが豪語すると、杏子は再度目を閉じて深いため息をついた。
「おじいちゃん、それを信じるのはちょっと難しいよ。でも、樹神さんの話に何かが隠されているのは確かだと思う。」杏子は慎重に言った。
「おお、その通りだ! さて、次はその“隠された秘密”を暴くために、樹神の過去を少し掘り下げてみるか。」おじいちゃんはそう言いながら、商店街の片隅に立つ樹神の姿を見つめた。
樹神は今もなお、商店の前で焦った様子で立っていた。商店街の人々が集まり、まんじゅうの事件に対する噂話を交わす中、樹神はその視線を避けるようにして周囲を見回している。まるで何かに怯えているかのようだ。
「樹神さん、少し話がしたいんです。」杏子が声をかけると、樹神は驚いたように顔を上げ、すぐに歩み寄った。
「杏子さん、何か進展があったんですか?」樹神は不安そうな表情で言った。
「実は…あなたが言っていたことについて、もう少し詳しく聞きたいんです。」杏子は静かに続けた。「まんじゅうが動く力を持っているということ。それがどんな意味を持つのか、私たちに教えてください。」
樹神はその言葉に少し黙り込んだが、やがて深いため息をついて言った。
「実は、先程も言いましたが、あのまんじゅうには、私が若い頃に試みた実験の名残があるんです。あの技術は、ただの“まんじゅう”を作るためのものではなく、食材に新しい力を与える技術だったんです。」樹神は少し戸惑いながら言葉を続ける。「その技術には、食品に“生命感”を与えるという特別な作用がありました。」
「生命感?」杏子は目を丸くした。
「はい、まんじゅうやケーキなどの食品に、あたかも命が宿ったかのように感じさせる力を与える技術です。しかし、私はその技術を試作段階で中止しました」樹神は静かに言った。「あまりにも不安定で、予測できない結果が出る可能性があったからです」
杏子はその言葉を噛みしめた。いったいこれは、この世の話なんだろうか? まんじゅうに宿った「生命力」が本当に存在するのか、すぐには信じられなかったが、樹神の話がどこかリアルで、疑う余地がないようにも思えた。
「でも、それならなぜその技術を続けなかったんですか?」杏子が尋ねると、樹神はしばらく黙り込んでから、少し俯いて答えた。
「その技術には問題がありました。それを使うことで、私の予想を超えるような現象が発生する可能性があったんです。例えば、まんじゅうが自分で動いてしまうようなことが起こるかもしれない。それが怖くて、私はその技術を封印したんです。」
「封印?」おじいちゃんが興味津々で声を上げる。
「はい。あの技術を使っていたまんじゅうには、わずかながら動くエネルギーが宿っていました。しかし、私はそのエネルギーが暴走することを恐れ、もう使わないと決めたんです。」樹神の目は深い後悔に満ちていた。
その時、商店街の方から声が聞こえてきた。
「何だ、またあのパティシエが話をしているのか?」
その声に反応して、杏子とおじいちゃんが振り返ると、商店街の会長である不動が近づいてきていた。彼の顔には焦りと怒りが混じっており、足元が不安定に見える。
「おい、樹神! お前、まんじゅうのことを何か知ってるんだろ? 何か隠しているんじゃないのか?」不動が声を荒げた。
「違います! その…」樹神が言いかけたが、不動はそれを遮って言った。
「お前が作ったものが消えたんだぞ! その責任を取らないといけないんじゃないのか? わたしに押しつけるなよ」
「ちょっと待ってください、不動さん!」杏子が間に入った。「樹神さんが隠していることはありませんよ。むしろ、樹神さんの言っていることには、真実が含まれています。」
「真実だと?」不動が疑い深そうに杏子を見つめる。
「はい。」杏子は力強く言った。「樹神さんが言っていることには、私たちも納得しています。まんじゅうが動いた理由、そしてその原因が…今後、明らかになります。」
不動はしばらく黙り込んだが、やがて渋々うなずいた。「わかった。しかし、これ以上この町に迷惑をかけないでくれ。わたしの責任になるから」
その後、樹神と不動はそれぞれの立場から話し合いを続け、杏子とおじいちゃんは再び調査を続けることにした。
「さて、ぱみゅ子、次はあの“動くまんじゅう”がどこに行ったのかを追いかけるんじゃ!」おじいちゃんが元気よく言う。
「おじいちゃん、それ…まんじゅうが動いたのが本当だとしても、どこに行ったのかまではわからないよ。」杏子がツッコむと、おじいちゃんはしばらく考え込んだ後、にやりと笑った。
「ふふふ、そこはワシの得意分野じゃ! ぱみゅ子、さあ行こう!」おじいちゃんは再び、まるで名探偵のように歩き出す。