第一章 襟に夕暮れ ⑦
帰りのHRが終わると、俺は素早くイヤホンを耳に挿してリュックを背負い、教室を出た。騒がしい廊下を早足で抜けて、昇降口を目指す。
胸をひりつかせるほど濃い茜色が、下駄箱を鋭く照らしている。俺は上履きを脱ぎ、外履きのスニーカーに履き替えた。
「ねえ、もうほんとダルいんだけどー」
粘っこい女子の声がイヤホンを通り越して聞こえてきて、俺はうんざりしながらそちらに目を向けた。テニスラケットを手にしたジャージ姿の女子生徒四人が、給水器の前でたむろしている。
「だよね、わかるー」
そのうちの一人だけ、他のやつらよりちょっとズレた笑顔を貼り付けて、鬱陶しいほど相槌を打ちまくっていた。
部活仲間に制服を隠されていた女子だ。そしてこいつは、雨宮の制服を着て堂々と授業を受けていた張本人でもある。
「なんかミカめっちゃ共感してくれるけどさぁ、ちょっと相槌しつこいんだけど」
背の高い一人が邪悪な笑みを浮かべて言うと、他の二人も同じように笑った。
「えっと……ごめん」
「えー、ちょっと謝んないでよ。冗談だし」
「私らがいじめてるみたいじゃん」
「ほんと、真面目ちゃんだよねぇ」
ミカと呼ばれた女子は、なおも引きつった笑顔を保っている。
俺はさっさと素通りして、校門を出た。歩道橋を上り、片側二車線の国道を渡る。ふと、真ん中で立ち止まって顔を上げたら、雨宮の絵なんかよりもっと神秘的で荘厳な夕日が、こちらを真っ直ぐ照らしていた。
庇って、助けてくれようとした人に、あんなバレバレな嫌がらせをするのってどんな心境なんだろう。
南雲先生が口にした「プライド」という言葉が頭に浮かぶ。俺には今井美樹の『PRIDE』しか分からない。あれは名曲だ。
それにしても、憂いを帯びた南雲先生も素敵だったな……
よし、明日また告白しよう。
俺は決意を固めると、さっきよりも少しだけ傾いた夕日を背に、歩道橋の階段を駆け下りた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
第二章は、書き溜めてから投稿します。