9. 本当の断罪
第二王子も根は良い子なのよ……。……かなぁ?
不意に、カルルがぽつりと呟きを落とした。
「……なあミルキィベル……」
周りの人間に緊張が走る。カルルを押さえていた赤髪の騎士が、ガツン、と力を込め、カルルはぐぅっと唸り声を上げる。
だが、それでもやめず、カルルは苦しい息の下から話を続けようともがく。
王が騎士に軽く手を挙げ、騎士はわずかに手を緩めた。
「う……、なあ、ミルキィベル、本当に、私といるのが、イヤだったのか……?」
「あっ……」
オロオロとするミルキィベルに、王が、
「正直に答えよ」
と声をかける。エリクシーラも、
「大丈夫ですわ。お心のままに、ね」
と、寄り添いながら励ましの声を掛ける。
「は……、はい、イヤと申しますか……、つらかったです……」
「慎みや……、遠慮などではなく……?」
「はい、本当に、です……」
「……そう……、か」
カルルは少し考えて、
「ジョエル……」
と今度は王太子に声を掛ける。
「兄上と呼べ」
不快そうに王太子が答える。
反発するかと思いきや、素直に「兄上」と言い直した。
「なあ、兄上は私と戦う時は手加減をしていたのか?」
「ん? 手加減と言うか、ある程度体力を温存するようにしてたかな。仕事に差し障らないように」
「…………さっきは、驚くほどあっさり負けたが……、やろうと思えばいつでもあれくらい出来たということか?」
「うーん、まあそうだね。結構いっぱいいっぱいだったけどね」
「力を抑えて目下の私に負け続けていて……。不愉快ではなかったのか?」
「勝ち負けなど」
王太子は笑う。
「鍛錬なのだから、腕が磨ければそれで良いだろう? お前も喜んでいたし、それでいいと思っていたよ」
「勝ち負けなど……、どうでもいい、のか……」
「どうでもいいとまでは言わないけどね、まあ悔しくはあるよ」
「悔しいならなぜ怒らない? 負けたらイライラして、腹が立つものだろう?」
カルルは少し語気を強める。
「あーそうだな、不甲斐ない気持ちになるな。でも、だから鍛錬を頑張るんだろう?」
何かを誤魔化している風でもなく、当たり前のように、
「怪我をする心配もないくらい力の差をつけて、いつかこてんぱんにやっつけてやろうと思ってたよ」
と王太子は笑う。
暗さのかけらもないその笑顔に、王太子の『悔しさ』は、相手への憎しみには置き変わらず、自己の力不足にのみ向かっているのだとカルルは実感した。
そのことを噛み締めながら、カルルは少し視線を動かす。
「クレイの双子は……」
「僕たちは手を出してないよー」
「部屋が壊れないよう結界を張っただけだ」
「まあ、負けそうになったらめっちゃ恩を売りながら手助けしようと思ってたけどね、そんな暇すらなかったね」
シルヴァとレオンが交互に答える。
「じゃあ……、アレがあってもそれなら……、使わなければ私は、兄上に全然敵わないという……こと、か」
最後の方は質問というよりは独り言のようになっていった。
王は、その様子を見て騎士に合図を送り、騎士はカルルの拘束を解く。
赤髪の騎士は脱力している王子を引き起こして跪かせ、何かあったらいつでも再度拘束できるよう、王子のすぐ後ろに控えた。
カルルは放心したように、跪いた姿勢のまま俯いて黙り込んでいる。
「カルル第二王子」
王が声を張る。
びくり、とカルルは肩を震わせる。
「北の領地で無期限の謹慎を命ずる。予定していた騎士団長就任の件も撤回する」
ぐ……、と唸り、だがそれ以上逆らわず、カルルは
「……はっ」
と答えて頭を下げた。
「……ちょっと頭を冷やしてこい。
あのあたりは国境なので結界の境目に魔物が出る。その有り余った血の気を少し国民のために使ってこい」
声のトーンを父親に変えて、王はカルルに話しかける。
「……はい、父上」
カルルも子どもとして答えた。
王はクレイ家一同に目を向ける。
「クレイ家の息女、エリクシーラとの婚約も、王子の不義と王家の監督不行き届きを理由として、王家の責で解消とする」
「待っ……」
「なんだ」
焦ったように顔を上げたカルルを、厳しい目で王が射抜く。一瞬身を竦ませたカルルだが、振り切るように声を上げる。
「お、お待ち下さい、私はエリクシーラと婚約を解消するつもりはなく」
ミシリ。
ホール全体が軋みを上げ、ホール内の空気がずしりと重くなった。
「……金緑の、圧を解け。スイートベリー伯爵令嬢の息が止まってしまうぞ」
王が双子に声を掛ける。
「……は、すまない、腹が立ってつい」
「わあ、ごめんミルキィベルちゃん、カッとして無意識に結界張っちゃってた!」
パチンと空気が弾け、軽くなる。レオングリンとシルヴァレッドが慌ててミルキィベルを介抱しに走った。
「クレイ家の結界魔法は、王国随一だからな……、深海……、いや、分厚いガラスの壁の中に押し込められたかと思ったぞ」
王太子が苦笑する。
鍛錬している騎士たちは耐え、王子たちもなんとか対抗できたクレイの結界だが、ミルキィベルは無防備に骨が軋むほどの圧を受け、呼吸もできず気を失いそうになっていた。
そんな中、エリクシーラはといえば、
「?」
何が起こっているのかもわかっていないほど、何も感じていなかった。
「流石すぎます、エリィ様!」
「え、なんですのシェイン様、なんだかわからないところでシェイン様の評価が高くてわたくし怖いんですけど?」
「そういうところも素敵です! 愛してますエリィ様!」
「はいはい、ありがとうございますね、シェイン様」
「本気にしてもらえてない!」
「待てシェイン、ずるいぞお前」
「大兄様は黙ってて!」
第三王子とエリクシーラで無益な会話をしているところに王太子までが参加し、わちゃわちゃしているうちに、ミルキィベルがなんとか気を取り直したようだ。
王が、カツンと錫杖を床に打ち、場は緊張を取り戻した。
「見たように、エリクシーラも王家も、婚約解消後も困ることはないようだ。どう思うカルル?」
「わ…………、私は……」
「本来、クレイ家の管理している聖石を、婚約者とはいえ無断で手に入れて使用し続けていたことは許されるものではない。王子といえども投獄は免れぬ程の罪だぞ」
ギクリとカルルは顔を上げる。
「ご、ご存知で」
「わからないわけがあるか、お前は世の中を舐めすぎているな。
エリクシーラがお前をあまりにも慕っているので見逃していたが、その想いを裏切り踏み躙ってなお婚約を継続したいと? 聖石のために?」
かつり、と一歩前へ踏み出し、王は少しかがんでカルルと目線を合わせる。
「……クズみたいな男だな、お前は」
かあっと顔に血を上らせ、カルルは恥辱に顔を伏せた。
王は姿勢を戻し、再び声を張る。
「第二王子とエリクシーラの婚約については後ほど改めてクレイ家当主と合議の場を設けることとする。
が、王家の意としてはほぼ解消で決まりだと心得よ」
「はっ」
クレイ家の双子が声を揃えて答える。
「スイートベリー伯爵令嬢については、王子の不義に関わったとはいえ、その経緯と立場も考慮し、特例として罪は不問とする」
「あ…………」
「身分不問が原則の学園内で収まったことだし、なによりエリクシーラがまるで恨んでおらぬしな」
王がふっと笑う。
「ありがとうございます陛下!」
咄嗟に声の出ないミルキィベルに代わり、エリクシーラが元気よく答える。ミルキィベルも気を取り直し、
「ご、ご温情に感謝申し上げます、陛下、このご恩に報いるためにも、より、より一層しょうじっ、しょっ、精進してまいります……っ」
途中から涙声になってしまったが、なんとか挨拶を言い切れた。
王が、静かに頷いた。
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