8. 王子の罪業
第三王子無双。
「……ミルキィベル様! なんて凛々しくも愛らしい…………!!」
エリクシーラが沈黙を破って感動の声をあげる。
その声にハッとしたカルルが、床に伏せられたまま叫びだした。
「エリクシーラ! ミルキィベルに何を言ったんだ!! 大丈夫だミルキィベル、そんな悪女に君を殺させたりしない! こっちにおいで愛しいミルキィベル! 私が守るから!」
「ヒッ」
ミルキィベルが身を竦める。同時に、
「はあ?」
シルヴァが不快そうな声を上げ、レオンは無言で眉をひそめる。リアムは直立不動のまま、それでも剣を掲げる手をかすかに震わせ、小さくカチャリと音を立てた。
と。
「小兄様カッコいー!」
突然、シェインが明るい声を上げた。そのまま屈み込み、組み伏せられているカルルの顔を覗き込む。
「私が守る? すごーい、ボク、小兄様尊敬しちゃうな!」
「シェイン、そう思うなら父上に取りなしてくれ! 誤解があるんだ。
ミルキィベルは私を愛しただけなのに!
可哀想なミルキィベルを助けてやってくれ!」
カルルは必死に訴える。
「うんうん、そういうトコほんとにすごいと思う!
だって、小兄様のモテそうなトコ、ボク一つも思いつかないのに、小兄様って何を根拠にそんなに自信があるの?」
「……えっ?」
虚を突かれた顔をしたカルルに、シェインは冷たい目でにやりと笑う。
「小兄様って、生きるの楽そうだよね。エリィ義姉様の力に頼り切って努力もしなければ感謝もしないで、
他の女性に目移りしても自分は愛されて尽くされて当たり前って信じ込めるなんて、すっごい才能だよね、
ボクには恥ずかしくてとても真似できそうにないや!」
「何を言っ……」
「あっ、もう義姉様じゃないのか、良かった婚約破棄してくれて!
エリィ様もやっと幸せになれるよね!
なんならボクが全身全霊で幸せにするからご心配なく!
まあ小兄様がどうなるかは知らないけどね、卒業したら騎士団をひとつ任されるはずなのに、鍛錬サボりまくってたけどエリィ様の力が無くて大丈夫なのかなー? 心配だなー?
嘘だけど!」
「シェ、シェイ……」
「ミルキィベル嬢だって、ボク知ってるよ、
彼女が王子妃なんてとても務まりません、国王陛下のお決めになったことに逆らうことなどできませんって言ってるのに、
『エリクシーラに遠慮しているのか? 大丈夫だ。あんな女よりお前のほうが百倍可愛らしい』とかなんとかトンチンカンなこと言って今回の騒動だもんねえ」
「え、え?」
「伯爵令嬢が家のことを考えたら王子に逆らうなんてできるわけないじゃん。
それでも精一杯小兄様を諌めようと頑張ってたのにさ、全部慎み深いだの、遠慮するなだのでスルーしてさ。
可愛い可愛い言われるたびにミルキィベル嬢がどんな顔してたか、ちゃんと見た?」
そこでシェインはスッと立ち上がり、声のトーンを一つ落としてカルルを冷たい目で見下す。
「小兄様が、ミルキィベル嬢を、死を覚悟しなければならないほどに追い詰めたんだよ」
「…………えっ?」
カルルは混乱した表情でもがくのをやめた。
「シェイン様……?」
少しの沈黙の後、エリクシーラがそっと声を掛けると、シェインは満面の笑みでくるりと振り返り、エリクシーラに駆け寄ってきた。
「なんですかエリィ様っ」
と呼びかける声は末尾にハートが付いていそうな可愛らしさだ。さっきまでの冷たい声はどこへ消えたのか。
「……なにか色々な意味で負けた気がするわ……」
「えー? そんな事ないですよ、エリィ様は全てにおいて最高ですっ」
「あ、ありがとう……? ではなくて! 一箇所気になって」
「はいっ! なんですか?」
ちょっと顔を赤らめてシェインが上目遣いで答える。
「カルル様がわたくしを頼っているってところなんですけど。
たしかに、カルル様から言われて『ちょっとした』書類仕事や雑用を『ほんの少し』お手伝いさせていただいてましたけど、
それだけの仕事で手いっぱいになってしまうんですもの、本当に、カルル様のよく仰るように『要領が悪くて足手まとい』なんですわ。
なので、カルル様がわたくしに頼ることなどないと思うのだけど……」
「えーっ、引っかかったのソコ?」
シェインが残念そうな声を上げると当時に、
「えっ」
「ぬ?」
王太子と国王から驚いたような声が上がった。
カルルは、あっ……と小さい声を上げ、気まずげに目線を逸らす。
「待ってエリクシーラ嬢、それはカルルに言われたの?」
「どういうことだ、エリクシーラほどの能力持ちがなぜ雑用など?」
「あーすみません、父がまだ隠し通してるんです……」
シルヴァが慌てて口を挟む。
「なんと……何をやっておるのだ公爵は……」
「変な方向に過保護で……拉致などを恐れると言うよりは、娘が利用されて泣かされるのが我慢ならんとかなんとか……いい加減にしろとは言っているのですが」
レオンが憮然とした様子で答える。
「それでエリクシーラ嬢はこんなに自己評価が低く……」
王太子は頭痛がするかのように片手を頭に当てる。
「カルルに召し使われるような、そんなところに自分の価値を置いていたなんて……エリクシーラ嬢が幸せならと我慢していたのに、こんなことと知っていたら私は遠慮なんか……」
王太子がブツブツと何かを言い続けている。
国王は、
「その結果がこのバカ息子の思い上がりとエリクシーラの不幸ではないか……今度ぶん殴って目を覚まさせねばならんな……」
と、えらく脳筋なことを呟いている。そこにシェインが追い打ちをかける。
「報告は上げましたよ父上。ちゃんと調査なさらなかったのは父上です」
「いや、しかし、王城ではエリクシーラ自身がカルルに付いて回って楽しそうにしていたものだから……問うても本人が幸せだと言うし……」
「あ、王城でですか? 陛下が一緒に居るときだけはカルル様はとてもお優しかったので、わたくし幸せでしたわね」
エリクシーラのその言葉に、全員が揃って深いため息を吐いた。
「いや、その件はあとにしよう、公爵を拳で問い詰めてからだ。それよりもミルキィベル嬢だ。見よ、まだ震えておる」
「あっ! そうですわミルキィベル様! 大丈夫ですわ、国王陛下は無慈悲な方ではありません。
大柄で大雑把で粗野に見えるかもしれませんが、正しく事態を見て公平に判断をくだされる方です」
「エリクシーラ……、褒めるのか貶すのかどちらかにせよ」
「あら、寛大なお心をお持ちと信じていればこその戯れですわ」
そんな気軽なやり取りを笑い合ってしているのを見て、ミルキィベルも少し緊張が解けてきたようで、やっと体の震えが収まってきた。
「エリクシーラ様……本当に申し訳ありません……」
「あら、ミルキィベル様がお可愛らしいのは何も罪ではありませんわ、むしろとても慈悲深い、国民に慕われる王子妃になられるのではないかとと思いますのに」
「イヤですっ!」
悲鳴のように叫んでから、ミルキィベルはまた平伏する。
「もっ、申し訳ありません、王族の方の前で不敬なことを……!」
「いやいや、うちのバカ息子がひどく無体な振る舞いをしたようで、気づくのが遅れて心労をかけたな」
「父が無礼講と言っているので、本当にそんなに固くならなくて良いんですよ」
国王と王太子が代わる代わる慰める。
あら、これはもしや王妃ルートも王太子妃ルートも有りなのでは? と、エリクシーラはちょっとワクワクした。
そういえばシルヴァお兄様もお姫様抱っこしていたり、シェイン第三王子もミルキィベル様を庇ってカルル様に文句を言っていたし……、
あらっ、これは逆ハーレムルートも狙えるのではなくて?
そこまで考えてから、エリクシーラは心のなかで無念さに涙しグッと拳を握る。
せっかくの機会なのに、誰が攻略対象だったかまだ思い出せていないんですけど!
そして、どこにどれくらいわたくしが悪役令嬢として絡めばいいのかも思い出せないんですけどー!!
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