2-2.本物の聖女?
「聖女様だぁ!」
「ホルンちゃん! ダメだよ!」
それらの叫び声が耳に届いた時には、ホルンはエリクシーラたちの目前まで駆け寄ってきていた。
素早く剣を抜いたリアムに、
「リアム! 止まれ!」
と、エリクシーラの上の兄、レオングリンが怒鳴る。
今にも少女を切り捨てそうだったリアムは、ピタリと動きを止める。ミルキィベルの護衛騎士も、抜きかけた剣を途中で止めた。
その隙にホルンは彼らの脇を一気に走り抜け、エリクシーラに体当りする勢いで抱きついた。
「そして悪役令嬢だぁー!」
「はいっ?」
突然のことに咄嗟にホルンを抱き止めたエリクシーラは、その勢いのままよろりと後ろに下がる。
「危ないっ……」
「ぬぁっ!?」
よろけたエリクシーラに驚いて、ミルキィベルはファーヴァを放り出して彼女の背を支える。
妙な角度で不意に投げ出されたファーヴァは、上手く飛ぶことも着地も出来ず、ゴロゴロと地面を転がった。
「あわわわ」
エリクシーラを支えきれず一緒によろけたミルキィベルごと、駆け戻ったリアムが抱きとめる。
「あ、ありがとう……」
「礼には及びません、お嬢様を支えただけですから」
パッと手を離したリアムの腕の中にはエリクシーラだけが残り、ミルキィベルはそのままデンと尻餅をつく。
「……っ、……っこの腹黒変態意地悪従者!」
「お褒めに預かり光栄です」
「キーッ、ムカつく!」
そんな会話は気にもとめず、ホルンは真っすぐエリクシーラだけを見上げてはしゃぐ。
「悪役令嬢だよね!? 私! 聖女! ヒロイン! よろしくね!」
「あら、はい、ヒロインさんとおっしゃいますの?」
「そうだよ! 違った、そう、です!」
「可愛いらしいお名前ね」
「あ、違う、名前はホルン!」
「あら……、ホルンさん? あ、ヒロインって役職名のヒロイン?」
「やくしょく? やくわり? かな? うん! そのヒロインだよ!」
「まあまあ、ミルキィベル様のほかにもヒロインがいらっしゃるなんて!」
「気にするべきはそこではないです、お嬢様」
リアムがエリクシーラからも手を離して言う。
エリクシーラからホルンを引き剥がしたくてうずうずしているのが目に見えるが、王太子とともにこちらへ歩み寄って来るレオングリンが、目で『触れるな』と合図してくる。
剣を納めて直立の姿勢を取るが、不愉快そうな警戒心を隠しきれていない。
「あら、リアム、気にするところってどこ?」
「そちらの方は聖女を名乗りました。それが本当であればどこかの国の貴賓ですし、ウソならば重罪人です」
「ウソじゃないよ! です!」
「左様でございますか、それは失礼致しました」
「なんか、態度、変! 信じてないの?」
「滅相もない、聖女様、当国の聖女がご挨拶差し上げます、お手をお離しください」
「え、何? なんで?」
「お手を、お離し、ください」
「リアムリアム、待て待て、落ち着け」
一足先に駆け寄ってきたシルヴァが、ギスギスとした気配を隠すこともないリアムを諌める。
「シルヴァレッド様」
「お前ならこの方に殺気も害意もないことは分かるだろうに……」
「今は殺気がありませんが、突然気が変わったらどうするんですか。洗脳もあり得るんですよ、アレイズの件を忘れたんですか」
「いや、それはそうなんだけどさ」
敵意を隠そうともしないリアムに、困ったなあ、とシルヴァは前髪を掻き上げる。柔らかい金の髪が光を弾き、緑の目はエメラルドのように煌めく。
そうこうするうちに、王太子たちが追い付いてきた。
「やあやあ、ごめんねうちの妹が」
フローディルが両手を広げてエリクシーラに歩み寄る。間に割って入ろうとしたリアムを、シルヴァが止めた。
「僕はフローディル、そっちはホルンだよ、どうぞよろしく!」
「ヴァナラン公国のフローディル・ヴァン・デイル・ヴァナラント王子殿下だ」
追い付いてきた王太子が、すっと間に入るようにして、王子を紹介する。
「フローディル、こちらは守護の聖女、エリクシーラ・クレイ公爵令嬢。そちらが回復の聖女、ミルキィベル・スイートベリー侯爵令嬢だ」
「フローディル殿下、エリクシーラ・クレイでございます。お目にかかれて光栄でございます」
「あっ、ミルキィベル・スイートベリーでございます。お目にかかれて……」
エリクシーラのマネをして挨拶を言いかけたところで、フローディルがミルキィベルにガバッと抱きついた。
「ミルキィベル! いい名前だ。よろしくね」
チュッ、と頬にキスをする。
「ひょえっ……!」
止めきれず変な声が出てしまったが、ミルキィベルは体に力を入れて悲鳴を必死に飲み込む。
すぐにパッと手を離したフローディルは、くるりとエリクシーラに向き直る。
「エリクシーラ!」
バッと両腕を広げた目の前に、シルヴァがさっと入り込む。
「うちの妹なんですよ! どうぞよろしくお見知り置きを!」
シルヴァがエリクシーラの肩を抱き、エリクシーラは片手にホルンを抱きかかえたまま、もう片方の手で優雅にカーテシーをして見せる。
抱きつく隙の無くなったエリクシーラに、フローディルはただ笑顔を向けて、
「うん、よろしく!」
とだけ言った。
「……殺気をしまえ、ジョエル」
レオンが王太子にこそっと囁く。
「はっ、す、すまん、つい」
「リアムも、剣の柄から手を離せ、死罪になりたくないだろう」
「……死罪になるならお嬢様を連れて魔国にでも逃げますよ」
言いながら、リアムは渋々手を下ろす。
「お前はうちの妹を本物の悪役にする気か」
「お嬢様のご希望を叶えたくて」
「ふざけるな」
そんな会話が小声でこそこそと交わされている間に、フローディル王子は振り返って来た道を少し戻っていく。
「マルデル、ほら、君もご挨拶を」
「あ、は、はい兄様」
地面に蹲っていた黒いドレスの少女は、胸にファーヴァを抱きかかえて立ち上がる。
放り出されて地面に転がされたファーヴァの埃を払い、怪我がないか確認をしてから、パタパタと駆け寄ってくる。
「あの、ま、マルデル・ヴァナ・デイルです、よ、よろしくお願いいたします」
ぺこり、と頭を下げる。
そして、ミルキィベルに向かって、ファーヴァをそっと差し出す。
「ほ、ホルンちゃんがすみませんでした、あの、こ、このお方、を、お返しいたします。お、お怪我はなさそうですけど、よく、見てあげてください……」
フローディルに抱きつかれてから固まっていたミルキィベルは、ハッと気を取り直し、ファーヴァを受け取る。
ぺこり、と頭を下げたマルデルは、次はエリクシーラに頭を下げる。
「ま、マルデルと申します。よ、よろしくお願いいたします」
「クレイ公爵家が娘エリクシーラでございます、よろしくお願いいたします」
完璧な仕草で丁寧に挨拶を返してくれたエリクシーラに、マルデルはポーッと見惚れていたが、すぐにハッと慌てた顔になる。
「ほ、ホルンちゃん、いつまで抱きついてるの、は、離れなよ、失礼だよ」
「えー、だって今のうちにちょっとでも親密度を上げておかないと!」
「そ、そういうこと言っちゃダメだってば……」
「大丈夫だよ、だって悪役令嬢なんでしょ? です?」
きゅるん、とホルンはエリクシーラを見上げる。
「ええ、そうですね、わたくしは悪役令嬢です!」
エリクシーラが嬉しそうに胸を張る。
「あの設定まだ続いてたのか……」
王太子が呟く。
「ええ……、聖女になっても悪役令嬢は悪役令嬢らしいです……」
「洗脳は解けたんだろう?」
「今度は自力で悪役令嬢を目指すそうです」
王太子とレオンが囁きあい、目を見交わしてため息を吐く。
「悪役令嬢、王太子と婚約してる、です?」
「あら、違いますね」
「あれ、変。婚約破棄した?」
「婚約破棄したのは第2王子とですね」
「あれ? ストーリーが変わってる?」
ホルンが首を傾げ、そしてハッと目を上げる。
「『ざまあ系』の主役なんだ!」
ホルンはキラキラの目をエリクシーラに向けてはしゃいだ声で言う。
「悪役令嬢も転生者? どこから来たの? 私、日本! 『ざまあ』終わったなら、ストーリー戻して、今度は私が主役ね!」
「えっ?」
「まずは王太子と婚約してね! そしたら略奪する、です!」
「ええっ!?」
「大丈夫! 最悪のバッドエンドにはならないようにするから、協力してね!」
ぽかん、とした一同の中、ホルンは嬉しそうにエリクシーラにぎゅっと抱きついた。
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