41. 戦場のヒロインと悪役令嬢
戦いの決着。
刃物と出血表現があります。
エグくないように書いたつもりですが、苦手な方ご注意ください。
「エリィ!! 前に出てはダメだ! 国境の向こうまで下がれ!」
シルヴァが焦ったように叫ぶ。
だがエリクシーラは、サラサラと結界のリボンをなびかせながら、悠々と前へ進んでくる。
自分に襲いかかってくる魔族に見向きもせず、ファーヴニルのもとへ向かう。その魔族は虹色のリボンとクレイの守護に弾き飛ばされた。
後ろから、ミルキィベルも駆けて来るのが見える。戦闘の合間を縫うように走り、あちこちで騎士たちに治癒魔法をかけて、下がる方向を指し示す。
ファーヴニルが、不快げに鼻にしわを寄せる。
「小娘、危険予知か、邪魔だな」
「小娘ってわたしのことですか!? なんですか、お姉ちゃんに向かって! ファーヴァちゃん悪い子ですね! メッしますよ! おやつ抜きです!」
ミルキィベルが叫ぶ。
「なっ……」
ファーヴニルはぽかんと口を開け、次いでギリっと歯を食いしばる。
「お前! ふざけるな! ファーヴニル様と呼べ!」
「そこかい!?」
シルヴァが思わず笑う。
「うるさいっ! ツッコミどころが多すぎて追いつかないんだ!」
「確かにミルキィベルちゃんってそういうとこあるよねー、分かるわー」
「お前に分かられたくない!」
バン! と尻尾を地に打つ。
「ぎゃあっ!」
シルヴァたちが気を引いている隙を見て、倒れている騎士を助け起こしていた神官たちが、尻尾に打たれ、トゲに背中を切り裂かれて、弾き飛ばされる。
「……ふん、気をつけろよ、私のトゲにも毒があるぞ。神官とは言え、どこまで耐えられるかなぁ?」
「ほんっとに悪い子ですね! 意地悪をしてはいけません!」
ミルキィベルは、あちこちで治癒をかけながら、後方から叫ぶ。
「うるさいっ! お前は黙ってろ!」
「ヒロインにうるさいとか言っちゃいけませんよ、ファーヴァ。あなたはヒロインの聖獣でしょう」
エリクシーラがファーヴニルを見上げて叱る。
「は?」
ファーヴニルは目を丸くし、数度瞬きをしたあと、弾かれたようにゲラゲラと笑う。
「なんだ、お前、洗脳が解けないのか? 心の傷が深すぎて、洗脳に依存しないと正気が保てないのか!」
滑稽だなエリクシーラ、と、ファーヴニルはヒイヒイと笑い続ける。
「……で、どうするつもりだ。お前が前線に出てきたってことは、聖石でもばら撒くつもりか?」
ファーヴニルが牙を見せて嘲笑う。
「できるものならやってみろ。私が大人しく待っていると思うなよ。貴様の涙が皆に渡り切る前に、端から殺してくれるわ!」
「涙?」
エリクシーラはフフン、と笑う。
「わたくしは悪役令嬢ですよ? 涙なんて一滴たりとも流しません!」
「なに? ……ああ、そういえば、悪役令嬢だから二度と泣かないとか威張っていたか」
ファーヴニルは、再びゲラゲラと笑い出す。
「いいぞエリクシーラ! 悪にこだわって仲間を見捨てるんだな! 悪役令嬢の名にふさわしい!」
「まあ、お褒めいただきありがとうございます」
そんな会話を交わしている間にも、竜の毒は周囲の騎士たちを苛み続けている。
屈強な騎士たちは毒に侵されながらもなんとか戦い続けていたが、魔族にじわじわと押しこまれている。倒れて動かない騎士も少しずつ増えていた。
ファーヴニルは、口の端から小さく毒を吐きながらひひっ、と笑うと、
「そうかそうか、悪役を貫くか。それならば、来いエリクシーラ、悪役の立ち位置はこちら側だろう」
と、招くように翼を広げる。
「イヤですわ」
「……何?」
「イヤですと申しました。偉そうな殿方に命令されるのはうんざりですの」
エリクシーラのその言葉に、ファーヴニルは興が冷めたように笑いを収め、あーあ、つまらないな、とため息をつく。
「……ならば、もろともに死ね」
と、毒を吐くべく大きく息を吸う。
そこへ、突然、撓った金色の蔦が鞭のようにビュッと巻き付く。
「!?!?!?」
「……やらせないよ」
猿ぐつわのように口を巻かれたファーヴニルが目を白黒させているところへ、シルヴァが息を切らせながらも笑顔で言う。
見れば、火竜も同様に、口まわりをぐるぐると金色の結界で巻かれ、その結界で頭を地面に繋がれて、もがいている。
どうやら、エリクシーラとぐずぐず会話をしているうちに、シルヴァは火竜と一戦交えていたらしい。
そこへ、動ける騎士が殺到していく。
ファーヴニルは、自身の口に咬まされた結界を力任せに噛み砕き、火竜を見ながら、ちっ、と舌打ちをする。
その視界の端で、不意に、虹色のリボンが薄黒い戦場を切り裂き、空へ向かって伸び上がった。
「なんだっ……」
振り向いたファーヴニルの目の前で、リボンはあっという間に天に続く階段を編み、そこをエリクシーラが駆け上がる。
「貴様、何をする気だ、エリクシーラ!」
「悪役令嬢はね、泣きませんのよ!」
最後の段で薄く広げたエリクシーラの結界は、弾力を持って高く彼女を跳ね上げた。
戦場の中央高く飛び上がったエリクシーラは、ミルキィベルから借りたナイフを首に当てる。
「涙じゃ足りませんからね!」
「エリクシーラ、待てっ……!」
いち早く意図に気づいたレオンが叫び、結界で動きを止めようとするが、エリクシーラはその前に、力を込めてナイフを首に滑らせる。
空を見上げるように宙で体を反らし、エリクシーラは。首から噴き出す熱を感じる。
(ああ、青空がきれいね)
そんな場違いなことを思いながら、エリクシーラは溢れた血を、風魔法で煽る。
血飛沫は風で舞い散らされ、細かい霧となり、虹色に輝く結晶となって、戦場全体にキラキラと降り注いだ。
「ぐあっ……!!」
霧状になった聖石の飛沫を浴びて、ファーヴニルは視界を奪われ、喉を焼かれる。
魔族たちは空に地に、ギャアギャアと悲鳴を上げながら逃げ惑う。
戦場の騎士や魔導師たちにも虹色の聖石が降り注ぐ。
触れた端から虹色の結界がパチンと弾け、ルビーのような赤い石が皮膚の上に溶けて消える。粒に触れたところから、熱い力が湧いてくる。
「神の一滴……、神の温もりだ」
「聖女様だ……!」
神官たちが胸に手を当て祈る。
毒に倒れた者たちも、聖石の霧に包まれて目を覚ます。不思議そうに身を起こし、動ける……! と呟くと、剣を取って次々と立ち上がっていく。
レオンが結界を解き、王太子も虹色の霧の中立ち上がり、剣を振りかざす。
「……今だ! かかれ! 畳み掛けるぞ!」
王太子のその声に、騎士たちは
「おう!」
と応じて剣を構え直す。
「聖女の献身を無駄にするな! 聖女は大丈夫だ、信じて進め!」
王太子は自分に言い聞かせるように叫ぶと、振り返らず、一心に前へと向かった。噛み締めた唇が切れ、口もとから血が一筋、流れていた。
一方、エリクシーラは、落下するところをシルヴァが柔らかい結界で受け止めた。
「エリィ!!」
駆け寄ったシルヴァが慌てて薄膜結界で傷を覆い、血を止めようとする。
「思ったよりは傷が浅い……、けど……」
エリクシーラの力ではさほどの深さには切れなかったようだが、それでも首だ。
周辺の傷を塞ぐことはできたが、吹き出す聖石に阻まれ、頸動脈の傷を結界で覆いきることができない。聖石が強すぎて、他の魔法が効きづらいのだ。
小さく残った傷から、弱く吹き出す血液がその形のままキラキラと固まり、まるで水晶細工の赤い薔薇のようだ。
その薔薇の芯が次々と新しい花びらを形成し、外側からパラ……パラリ……と散り続けている。
あれだけの血液を失い、さらにじわじわと出血が続くこの状態では、もういつエリクシーラを失ってもおかしくない。
シルヴァの背後では激しい戦いの音が続く。
「おにい……さま……、戦いに、戻ってくださいませ……」
「エリィ! 話すな、血が……!」
「戦いに……、勝てなければ……、物語が……、バッドエンドに……、ミルキィベル様が……、不幸に……」
「わたしがなんですか!」
不意に、ミルキィベルの声がした。
「えっ」
驚いて見れば、ミルキィベルがエリクシーラのもとへ駆け寄ってくる。
「ミルキィベルちゃん! こんなところまで、危ないよ!」
「前線が押し上がったので治癒部隊も上がってきました! 戦況を見て動いてますので大丈夫です!」
はた、とシルヴァが気づけば確かにわあわあという喧騒は離れて行っている。魔族軍を押しているらしい。
「そんなことよりエリクシーラ様ですよ! なにを無茶してるんですか!! こんなことが目的ならナイフを貸さなかったのに……!」
言いながら、治癒魔法を展開する。
「あっ、結界と治癒の重ねがけは危ないよ!」
「大丈夫です! 薄膜結界の治療を見たことあります! シルヴァ様、結界を少しずつ剥がしてください!」
「見ただけで出来るの……? 結構高等技術なんだけど……」
「出来るか出来ないかじゃない、やるかやらないかですっ!」
えらく脳筋なセリフを吐いて、ミルキィベルは治癒の力を送る。
「ええ……本気……?」
と言いながらも、シルヴァは治癒に合わせ結界を剥がしていく。が、タイミングが噛み合わず、弾かれた魔力が逆流して、ミルキィベルの爪を弾き割り、その指先から血が滴る。
「う………っ!」
「やっぱり危ないよ……!」
「……構いません、続けます!」
悪戦苦闘しながらも、少しずつ薔薇の散る速度が遅くなり、薔薇自体も小さくなってきた。それでも、どうしても傷口が塞がりきらない。
「もう少しなのに……!」
ミルキィベルが苦しそうな声を上げたと同時に、騎士団の雄叫びとファーヴニルの断末魔が響き渡った。
「やっ……たの、か?」
シルヴァが振り向くと同時に、ファーヴニルがゆっくりと横倒しになった。
そこに、確実にとどめを刺すべく騎士たちが群がっていく。
一拍の後、王太子が剣を高々と掲げる。
勝利の歓声が上がった。
ミルキィベルは、つらそうにその光景から目を逸らす。
「勝ちました……のね……」
エリクシーラが微笑む。
「良かった……」
「良くないですよ! エリクシーラ様が良くないです!」
ミルキィベルがエリクシーラを叱りつける。
「なんで血が止まらないの……! わたしじゃ力が足りないのっ!?」
他の治癒術師は前線に駆けていってしまった。神官長も今どこにいるのか分からない。
それはそうだ、あちらこちらに瀕死の怪我人が倒れている。しかも、前線には王太子もいるのだ。
ここは自分ひとりでやるしかない、と、ミルキィベルは脂汗を流しながら、必死に治癒の力を注ぐ。
「ご無理なさらないで……、ミルキィベル様……。皆様を助けられたのなら、グッドエンドですわ……。わたくしは……、悪役は、ここで退場するのが……、物語の、結末ですので……」
朦朧とした意識の中、それでも満足げに、エリクシーラは呟いた。
本気なのか、ミルキィベルの罪悪感を消すための嘘なのか。
どちらにしてもミルキィベルには許せない。
「……ふざけてるんですかエリクシーラ様。
物語? 決まった結末? わたしはそのストーリーに沿って操り人形のように行動して、はいご用意してありましたあなたの幸せです、って? エリクシーラ様を見捨てて?」
震える声で言ったあと、ギリッ、と歯を食いしばり、ミルキィベルは叫ぶ。
「そんなわけないでしょうがっ!」
ミルキィベルはエリクシーラに抱き付き、首へ噛みついた。
いや、首もとの薔薇を齧り取ったのだ。
そして、音を立ててそれを噛み砕くと、思いっきり力を解放した。
怒りで本当の力が覚醒したのか、それともただ火事場の馬鹿力というものか。
聖石の底上げ以上の力が、ミルキィベルの体内から溢れ出す。
「わたしはヒロインじゃないっ! エリクシーラ様も悪役令嬢じゃない! ただのミルキィベルと、ただのエリクシーラ様だっ!」
エリクシーラを中心に、白く輝く光が爆発的に戦場中に広がった。
一瞬ののち、光が消えたとき、そこには、ミルキィベルの腕の中でキョトンと目を丸くしているエリクシーラが居た。
「エリィ……?」
シルヴァが慌ててエリクシーラを抱き寄せて、首元の傷跡を確認する。
「傷が塞がっている……、良かった、エリィ……!!」
「エリクシーラ様ぁぁぁ!!」
ミルキィベルが泣きながらシルヴァの膝の上のエリクシーラを抱きしめる。
「はは……、すごいなミルキィベルちゃん」
シルヴァも、泣き笑いで肩から力を抜く。
「わたくしは……、ただのわたくし……」
エリクシーラがぼんやりと呟く。
「そうですよ! いや、エリクシーラ様を悪役令嬢って言って呼び戻したのはわたしですけどね? 違うんですよ!」
ミルキィベルは、涙をゴシゴシと服の袖で拭き取って、真剣な顔でエリクシーラと向き合う。
「エリクシーラ様はね、お父様に大事にされて、お兄様がたと笑いながら遊んで、それで、わたしの大親友になった、ただのエリクシーラ様ですっ」
「……わたくしが……? そう……。そうね、そうですわね」
まだ青い顔色のまま、エリクシーラはふふっ、と笑った。
「やっぱり……、ミルキィベル様は、わたくしの聖女ですわ……」
「まだ物語とか言ったらぶっ飛ばしますよ!」
「ふふ、ごめんなさい……、でも、ミルキィベル様は、本当に、わたくしのヒロインですわ……わたくしの……、大好きな……」
「まだ……、そんなことを……」
笑い合いながらミルキィベルに伸ばしかけた手がだらりと落ち、エリクシーラは意識を失う。ミルキィベルも同時に、がくりと崩れ落ちる。
「わあ! ミルキィベルちゃん!」
シルヴァが慌ててミルキィベルを支え、両手に少女たちを抱えて身動きが取れなくなる。
「両手に花……、なんて言ってる場合じゃないな、誰かー! 手伝ってー!!」
前線から駆け戻ってきていた王太子とレオンが、シルヴァの叫び声に、さらに速度を上げて駆け込んでくる。
「無事……、なのか?」
「うん、もう大丈夫」
レオンの問いに、シルヴァが答える。
その言葉にホッとして、王太子は膝をつきそうになる。
が、力を込めて立ち上がり、騎士たちに叫ぶ。
「安心しろ! 聖女は無事だ!」
見回せば、戦場全体に広がったミルキィベルの光で、まだ倒れていた騎士たちの傷も癒え、皆無傷で立ち上がっている。
互いに顔を見合わせた騎士たちの戸惑いはすぐに喜びに変わり、戦場に大きく歓声が響き渡った。
戦闘開始からわずか一日、エリクシーラの聖石による戦闘力の底上げで死者なし、怪我人もミルキィベルの光で治癒し、対魔族戦はなんと死傷者無しという奇跡の大勝利を収めたのであった。
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