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40. スイートベリー家も参戦するよ!

いや王太子は後ろで指揮しろとか思うけど、下位魔族相手は戦略じゃなくて力押しなので……、力押しなので……っ

「いけるぞ!」

「押せ!」


 レオンとシルヴァは、魔族が下がるのに合わせて新たな金緑きんりょく結界を構築しながら少しずつ前へ出る。


「いける……!」

 騎士たちは、突出し過ぎて横から突かれないように気をつけながら、逃げ散り始めた魔族を追い立てる。


 第二陣の王宮騎士を引き連れて駆けつけた王太子の軍も加わり、前線は活気づく。


 だが。


 ゴウッ!


 唐突に炎が吹き付けられ、結界を超えて騎士たちを襲う。


 重装の騎士たちは、咄嗟に盾を構え、炎を弾く。軽装の騎士たちは後ろへ大きく跳び、その前方に魔導師が魔法盾を張る。神官たちは、聖魔法で炎を散らす。

 数人がやけどを負ったが、致命的な被害を受けた騎士はいなかった。


 しかし、炎が消えたあとに見えた光景に、凍りつく。


 巨大な火竜。

 上空を飛ぶ飛行型の魔族。

 複数の大型の魔獣。

 その後ろに、大量の小型魔族がひしめいている。


「こちらも援軍の用意はあるんだよ」

 ファーヴニルが笑う。


「残念だったなぁー、勝てそうだと思ったのになぁー」

 ファーヴニルは、前線の結界に爪を立て、ガリッ、と削り割った。


   *   *   *


 神官長はくたくたになりながらも後方で騎士たちの治療にあたっている。だが、そもそも騎士の人数が少ない中で戦っているため、怪我も受けやすい。

 そのせいで、徐々に戦線離脱する者が増えてくる。


「……ただでさえ、騎士の数が少ないのにっ……」

 悔しげに唸ったその声に、

「おやまあ、それなら、農民で良ければお貸ししますよ」

 のんびりとした声で返答が来る。


「おっ、お父様!?」


 ミルキィベルが、驚きの声を上げた。


   *   *   *


 前線では、シルヴァが苦戦していた。


 上空から来る魔族に対し、頭上に結界を張って攻撃を防ぐ。国境結界内の魔導師や神官がそれを後ろから撃ち落とす。

 だが、減らない。

 

 ダンッ、と結界の屋根に落ちたと思うと、そのままバタバタと足掻いてまた飛び立っていく。


 とどめが刺しきれていない。


「くそ……!」

 防御に精一杯で攻撃に転じられない。小型の敵たちは結界の糸でぐるぐる巻きにして無力化したり、首や手足を斬り飛ばしたりもしているが、数が多くて焼け石に水だ。


 レオンも、小型ならば何体も結界に封じて倒し、大型の敵も足元を固めて動きを阻害したりしているが、やはり前線の結界の維持に力を取られ、思うように戦果を上げられていない。

 さらに、火竜が再び炎を吐くのを警戒し、すぐに結界を全体に展開できるよう、常に意識を取られている。


「どうしたどうした、お兄様がた、余裕がなくなってきているなぁ? 結界が壊れそうか? 大丈夫か? おっ、危ない王太子殿下! 魔獣の爪が! あーあ、左腕が血塗れだ。ほらほら、護衛騎士たち、王太子がやられるぞぉ」


 ファーヴニルはニヤニヤと、騎士たちの心に不安を流し込む。


「ぐっ……」

 騎士たちの動きが鈍くなりだした時。


「おらぁぁぁぁ!!」

「やったれやったれ!」

「騎士さんたち、ザコはオレらに任せろ!」


 野太い叫び声とともに、革鎧をつけた庶民が駆け込んでくる。


「えっ」

「お、おい!」

「危ない! 前線に出てはダメだ!」


「大丈夫だ! 俺らは今、神官長の祝福と、クレイのお嬢様の結界をいただいてるぅ!」

 叫びながら、結界の隙間を抜けてきた小型の魔族を、すきくわなどでボコボコに殴っている。


「えっ、エリィの!?」

 シルヴァが驚いた声を上げると同時に、ガラスのような板状結界が後方から飛んできて、飛行魔族を蹴散らし、ドガガガガガッ!! と音を立てて大型の魔獣に刺さる。


 魔獣が一頭、悲鳴を上げながら消失したのを見て、シルヴァは後方を振り返る。

 そこには、小柄なスイートベリー伯爵に支えられて立つ、クレイ公爵がいた。


「父上!」

「シルヴァ、お前の結界の上に少し屋根を張るぞ! 支えろ!」

「はっ、はい!」

 言うと同時に、まだらにうろこ状の屋根が張られる。

 飛んできた飛行型の魔族が、その屋根に触れた瞬間に悲鳴を上げ、屋根を転がり落ちながら霧散する。


「おらあ! スイートベリーの農民の意地を見せてやれ!」

「グリーングラスも負けてねえぞぉ!」

 騎士たちの間で大暴れする農民たちに、隊列が乱れて戦線が混乱する。


「騎士たち! 援軍の前に出ろ! 小型は任せていい! 大型に取り付くぞ!」

 王太子の声にハッとし、騎士たちは落ち着きを取り戻して前に出て、隊列を組み直す。


「神官の半分は下がって民兵を援護しろ!」

「小型は斬りつけてから後ろに回せ!」

「三方向に分かれて大型を一体ずつ倒すぞ!」

 声が飛び交い、その間にも尖った結界が後方から飛んで、大型の魔獣や竜にダメージを与えて弱らせる。


「弱ったやつからだ!」

「行けぇっ!」


 再度活気づいた騎士たちは、確実に魔族の戦力を削っていった。


   *   *   *


「はいはい、おばちゃんの差し入れだよ」

「これ食べて頑張んな」

 怪我を受けて後方に下がった騎士たちに、スイートベリー領のおかみさん達が、野菜や干し肉を挟んだパンやチーズに加えて、小さなアメジスト色のかけらを渡していく。


「……聖石!?」

 神官長が驚きの声を上げる。


「公爵閣下とカルル殿下が、備蓄を供出してくれたんですよ」

 公爵を連れて後方へ下がってきたスイートベリー伯爵が、ニコニコと言う。

 公爵はそのままそこに膝をつき、神官長が

「また無茶をして……!」

 と駆け寄る。

「屋根を……、張りきれなかったな……まあ、息子たちなら、なんとかするだろう」

 ふ、と笑い、公爵はそのまま、意識を失って倒れ込む。


 一方、怪我をした腕の治療のためにいったん下がってきていた王太子が、伯爵の言葉を聞いて目を丸くする。

「……カルルが?」


「なんでも、小さい頃から大事に集めていた宝物だそうですよ。役立ててくれ、とだけ言ってお渡しくださいました」


「あいつ……、調子のいい……」


「はい王子さんも。まだまだたくさんあるからね」


 パンとともに受け取った小さな聖石を、ころり、と手の中で転がして、王太子は一瞬泣きそうな目をする。


「正気に返れたのかな」

「まだわかりません。具合も回復していらっしゃいませんし……。たまたま通りがかった時に一時的に意識がお戻りになったようで、部屋に呼ばれて石をお預かりしました。その時は正気のように見えましたよ」

「そうか……」

 腕に治癒魔法を受けながら、毒見も通さずパンを頬張ほおばり、水で流し込んだあと、王太子は聖石を口に投げ込んで、噛む。


 ガリッ、という音とともに聖石は口の中でほどけて消え、同時に身体の内側から力が溢れてくる。


「……これはずるいな。カルルのやつ、こんな状態で私と模擬戦をしてたのか」


 ははっ、と笑って、それからキリッと表情を引き締める。


「……出るぞ!!」

「はいっ!」


 付いてきていた護衛騎士たちも聖石を噛み締めて、走り出した王太子の後を追って前線へ向かった。


   *   *   *


「お父様、なんでここに……」


 聖石が行き渡り、後方がひと通り落ち着いて、前線も勝利の流れに乗り始めた頃、ミルキィベルはやっと父親と話をする時間ができた。


 スイートベリー伯爵は、気まずげに笑う。


「いやー、お前が長い事お世話になるんだから、と思って、野菜や果物を山盛り差し入れに持ってきてな。聖女の城に行ったらなんだか大騒ぎで。……どうも間が悪いな、私は」

「お父様っていつもそんな感じですよねぇ」

「いやぁ面目ない」

 わはは、と笑う。


「それでだな、公爵閣下が自分を連れて行けと仰るので、転移装置で王宮に寄ってから、そこの城まで皆で飛んできた。王宮なんて普通一生入れないからな、領民の皆もいい思い出になっただろう」


「そんな観光レベルの話じゃないような……」

 ミルキィベルはこめかみに指先を当てて顔をしかめる。


「いやー、観光程度のつもりだったんだけどねえ。王都に行くって言ったらみんな行きたいっていうものだからさ。そしたらグリーングラスの領民も色々持って付いてきてねぇ」

「農繁期ですよ!? みんなして付いてくる意味が分からない!」

「珍しくおかみさんたちもね、行くーって言うもんだから問題なかったよ?」

「問題なくないー! 畑はぁ!!」

 ミルキィベルが嘆く。

「収穫期ではないし、じいさんばあさんたちが残ってくれてるからなんとかなるよ」

 ははっと笑う伯爵に、はー、とミルキィベルは頭を抱える。


「……絶対お父様の方からみんなに行こうって言ったんでしょ」

「うん。……なんだか皆で来なければいけない気がしたのだよ」

「ゾワゾワですか?」

「うん、そう」

「それなら仕方ないか……。革鎧もゾワゾワのせいですか?」

「そうだねえ。野菜や果物はスイートベリー家が用意したから、何か別のものを、って言ったら、畜産品はどうか、って干し肉とかチーズとか持ってきて、じゃあついでに革製品も持っていこう、革鎧あたりが良いかなって……。なんとなく……」

「そっか、なんとなく思ったんなら仕方ないですね」


(危機回避ってそんな感じなのか……。いや、回避というより危険予知かな?)

 横で聞いていた神官長が心のなかで面白がる。


「まあ、結果オーライだよね。慣れた武器がいいって言うからすきくわをそこの王城で借りてきたよ」

「武器……、武器なんですかね……」

「先の魔族戦で戦力にならなかったのをみんな悔しがってたからね、剣を振るつもりで鍬を振るってたって言ってたよ」

「……だからうちの領民は畑を耕す時『うりゃあ!』とか『死ねぇ!』とか言ってたんですね」


「それは、お可愛らしい領民さんたちですね!」

 エリクシーラが後方へ戻ってきてミルキィベルの隣に座りながら言う。

「おかえりなさいエリクシーラ様、お疲れ様です。……お可愛らしい? 『死ねぇ』が?」

「はい! 伯爵様とミルキィベル様のために鍛えたんですって! お役に立つんだって張り切ってらっしゃいました!」


「……あんまり危ないことしてほしくないんだけどなぁ」

「連れてきておいてなんだが、本当に私もそう思う。領主が頼りないと領民が強くなるんだなぁ……」

 はあ……。とスイートベリー親子はため息をつく。


「大丈夫ですわ! 前線にはお兄様たちがおりますし、微力ながらわたくしの結界も張りましたし!」

 わたくし、練習の甲斐あってたくさん結界が張れましたのよ、ほら! とエリクシーラは前線を指し示す。


 つられてふっと前線に目をやった伯爵とミルキィベルは、ふたりしてザッと青ざめる。


 尋常ならざる様子に、神官長もエリクシーラも慌てて前線に目を凝らすが、なにもおかしいところは見えない。


「ダメだ、危ない、下がって……!」

 ミルキィベルが震えながら言う。

 スイートベリー伯爵が、ガバっと立ち上がって、国境へ向かって走りながら、驚くほど響く大声で、

「危ない! 下がれ!!」

 と叫ぶ。


 その声は領民の耳に届き、領主様が下がれってよ! 下がれ下がれ! と大声で伝えあって潮が引くように撤退してくる。


 そこでやっと、ハッ、と気が付いたエリクシーラが、グリーンゴールドのチョーカーを握って呼びかける。

「シルヴァお兄様! お下がりください!!」


 ミルキィベルもハッとして、ピンクゴールドのチョーカーを握り、

「シルヴァ様!! そこ、もうすぐ危ないです!!」

 と叫ぶ。


 その声に、即座にシルヴァが下がれ!! と叫び、レオンは王太子のもとに走る。


 直後。不意に、薄黒い風が吹き付ける。

 

「吸うな!!」

 良くないものを感じ、レオンが咄嗟に叫ぶ。同時に王太子と自分を覆うように結界を張ったが、微量に結界内にも霧が残る。


「なんだこれは……」

 

「毒だよ、私が毒竜だって気づいてないのか? 対策が甘いなあー」

 ファーヴニルが笑う。


「公爵がやられた毒はどこから出てきたと思う? 解毒は出来たか? まだ具合が悪そうだがなあ?」

 キキキキ、と笑う。


 その言葉に神官長が青ざめ、前線へ飛び出そうとするが、

「ダメです神官長っ……!」

 と、スイートベリー伯爵に止められる。


 ファーヴニルは再び毒の霧を口から吐き、今度はそれを翼で煽って戦場全体に広げる。


 殿しんがりを守っていた騎士たちが膝をつき、巻き込まれた小型の魔族たちもバタバタと倒れていく。

 しかし、毒の効かない魔族もおり、楽しそうに弱った騎士たちに襲いかかる。


「ほらほら、早く逃げないと、みんな死ぬぞぉ」


 レオンは王太子を守って動けない。だがその王太子も、微量に毒を吸って、ぐたりとへたりこんでいる。密閉された結界内の酸素も心配だが、結界の外側は濃い毒霧だ。近くを守っていた護衛騎士たちは、地に倒れ伏して動かない。

 シルヴァも状況をなんとかしようと、前線の結界とその屋根を消し、風通しを良くして風魔法で毒霧を吹き飛ばそうとする。

 だが、今度は結界の消えたその隙に、火竜が火を吹いてきた。


「しまったっ……!」


 倒れている騎士が、魔術師が、神官が、炎に包まれる。


「く……っ!!」

 必死に結界を伸ばすが、炎のほうが早い。


 その時。


 虹色のリボンが戦場内を踊り回り、炎を蹴散らす。

 同時に、


「おやめなさい、ファーヴァ!!」


 凛とした声が響く。


 戦場の真ん中で、虹色のリボンを操りながら、エリクシーラが堂々と立っていた。

 ここまでお読みいただいてありがとうございます!


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 次もよろしくお願いします!

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