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39. 前線へ!

強いお兄様たち。

 国境では戦闘が続いている。


 小型の魔獣の討伐には成功し、大型の魔獣を今抑えているところだ。

 なんとか国境に留められている点に安堵しつつも、とどめを刺しきれない焦りが警備隊に蔓延する。


「大丈夫だ、王宮には知らせを送ってある!」

「結界のクレイ家も気が付いている! すぐに王都から援軍が来るはずだ、持ちこたえろ!」

「おう!」


 励まし合いながら、戦いを続ける。

 怪我人を出しながらも死者はなく、なんとか魔獣を抑えていた。


   *   *   *


「……どうやって門をこじ開けたんだ……」


 ヒューヒューと瀕死の息をしている男を横目で見、その両腕がひどく損傷しているのを見ながら、後方で怪我人の治療に当たっている魔術師のひとりが呟く。


「特殊な魔法で閉じられていたろう、手順を経なければ下手すると身体ごと吹っ飛ぶのに」

「王都のエリートだったからな……、魔力だけは死ぬほどあったんだろ」

「力技でこじ開けたってことか? いや、無理だろ。なにか魔力のブーストアイテムでも使えば別かも知らんが……」


「正解だ」


 魔道士たちの会話に答えるように、不意に低い声が響く。


 目を上げた魔術師たちは、驚愕に目を見開く。


 見上げるほどに巨大なトカゲ……、ワイバーンが、結界の外からこちらを覗き込み、にやりと笑っていた。


   *   *   *


 王宮では上を下への大騒ぎだった。


 20年前の対魔族戦争において、王国側は大きな損害を出した。二年続いた戦争、そこからの復興。国内はひどく疲弊した。国境の結界がなければ、他国に攻め入られて国ごと無くなっていてもおかしくないほどだった。

 そのため、国は次の戦争に向けて備蓄を揃え、訓練も積み、準備は万端だった。……はずだった。


 ファーヴァの洗脳のせいで一部王宮騎士が使い物にならない。

 エリクシーラへのいじめの件でクレイ公爵家と揉めた貴族家の動きが鈍く、徴兵が予定通りにいっていない。

 カルルの支持層だった一部の貴族は、婚約破棄の件での巻き添えを嫌い、ほとぼりが冷めるまでと領地に戻ってしまっており、呼び戻すのにも時間がかかる。


 なにより、最大戦力のひとりであったクレイ公爵が戦力外なのが痛い。


 遠方の各貴族家にも召集が掛けられた。

 こういう時のために、王国各地に点在する王城に、王宮とつながる転移装置が設けられているが、それでも集まるのに数日はかかるだろう。


 とても万全とは言えない状況だった。


 そんな中、真っ先に王宮に駆けつけてきたクレイ騎士団と、王宮騎士団の一部隊で、まずは現地に向かった。転移装置を使い、警備隊詰所近くの城へ移動する。

 そこで隊列を整え、レオンが騎士団を率い、シルヴァが魔術師団を率いて、前線に駆けつけた。


「よく耐えた!! あと一息だ!」


 レオンの檄とともに騎士団が戦闘に参加し、ついに大型の魔獣は討伐された。


   *   *   *


「やあお兄様がた」

 国境結界の割れ目近くに爪を立て、ギリギリと掻き傷をつけながら、巨大な黒い竜はにやりと笑った。

「お前……、ファーヴァか?」

「でっかくなったねえ」

 レオンが不審そうに、シルヴァが愉快そうに答える。


「ファーヴニルと呼んでくれないかな? 私はもう可愛らしいペットじゃないのでね。……おやぁ? お父様はどうしたのかな? 何かの毒にやられて死んじゃったかなあ?」

 キキキキキ、と笑う。


「やはりお前か……」

 レオンが呟く。


 公爵が死んだ……? と、クレイ騎士団に動揺が走る。


「もー、レオン、誤解を招くでしょ! はいはいみんな、ちゃんと事前に説明したでしょ、公爵は神官長の治療を受けて無事だよ、そこに嘘はないからね」


「なんだ、治ったのか。あの赤髪の王宮騎士も役に立たないなぁ」


 今度は王宮騎士団に動揺が走る。


 なにか不安を煽る術を使っているのかもしれない。


 国境結界は基本的に外からの魔法は弾くようになっているが、割れ目のところからじわじわと僅かな魔力が浸潤しんじゅんしてくるのを感じる。


 シルヴァが隙間を塞ごうと金の結界を広げるが、浸潤は止まらない。

 ちっ、とレオンが舌打ちし、振り向いて怒鳴る。


「つまらんことにいちいち動揺するな! 相手は精神攻撃を使う! 気をしっかり持て、魔族を殲滅することだけ考えるんだ!」


 ビリビリと響くレオンの声に、皆ハッとする。そこへ、通る声でシルヴァが叫ぶ。


「我らを信じる国民を思え! 後方で待つ家族を思え! 我々は、王国の盾! 最初で最後の、王国の盾だ!」


「おう!」

 と騎士団が声を揃えて応じる。


「ちっ……、クレイの連中は本当に厄介だな。妙なカリスマはあるし、洗脳は欠片も効かないし。……なあ、そうは思わないか、君たち」


 ファーヴニルがちらりと騎士団の後方に目をやる。


 その後方からの魔力の気配に、シルヴァは振り向くなり咄嗟に結界を張る。そこに、火の玉や氷のつぶてが当たって弾けて消える。


「何をする!」


 救護をしていた国境警備隊の魔術師たちが、クレイ騎士団に向かって攻撃魔法を撃ってきたのだ。


「この騒ぎはクレイの連中の自作自演だ! そこの魔竜が、クレイ家から支援を受けていたんだ!」


「門を破壊したそこの男は、クレイの聖石を使って魔力を底上げしていた! クレイの双子は今も親しげに魔竜と話しているじゃないか! この裏切り者!!」


「……なるほどね?」

 これ以上攻撃魔法が撃てないように、シルヴァが彼らに結界の網を被せる。言論封じに見えないよう、声は自由に通るようにした。


「……このように、あの竜は少しの疑念を大きく膨らませるような術を使う。惑わされないよう気をつけろ」


「……っ、はい!」


「本当かなあ? どう思う? 戦争があれば国境結界を維持するクレイ家の権力は増すぞ? そのために自演で戦争を起こすくらいのこと、冷徹な公爵ならやりそうじゃないか?」


 ニヤニヤと言う魔竜だったが、洗脳の手応えがふっと消えるのを感じ、驚いて騎士団を見る。


「命を削る結界を、自己犠牲で張り続けている公爵家が……?」

「いやいや、公爵閣下は権力がなくなると聞いたら喜んで放り出して田舎に引っ込みますよ」

「冷徹に見えて面倒くさがりだからな……」

「あれは常に国境結界に力を送っているからで、面倒くさがりというよりは余力がないんだろう」

「まあ……、裏切りはないな」

「ないない」


「……というように、僕らなぜか人望があるわけだよ、ファーヴァ」

 シルヴァがニコニコと言う。

「貴族は妬んで色々言うけどね、騎士団からは絶大の信頼を誇ってるよ、残念だったね」


「ちっ……、クレイは本当に面倒だ。エリクシーラを使って王家との信頼を崩すのに失敗したのは残念だったな……」


「あれもやはりお前か」

 レオンが不快げに言う。


「そう、まず、王太子以外と婚約するようにまわりを誘導してたんだが……。……なんだか知らんがエリクシーラが自分から第二王子にのめり込んでいったのは好都合だったな」

 ファーヴニルは少し首を傾げる。


「まあ、それなら第二王子に取り付くだけだ。周りの人間を操って、少しずつ兄に対する劣等感を煽ってな。エリクシーラ……というより聖石に執着するようにしてやった。

 そこを取っ掛かりにしてゆっくりと内部に入り込んで、洗脳の魔力を本人に擬態してしまえば、あとは簡単さ。

『自分は兄よりも優れている』

『エリクシーラは自分に尽くしたいと思っている』

『ミルキィベルは自分を愛している』……。

 まるで自分の意志のように錯覚していくのさ」

 キキキキキッと笑って、ファーヴニルは肩を竦める。


「王家もこのような精神攻撃には対策を取っていたがな、第二王子本人が信じたいと思ってしまえば突破は容易かったよ」


「なるほど……。王宮の魔術師たちは何をしていたんだと思っていたが、王子自身が望むよう仕向けたか……」

 レオンの呟きに、ファーヴニルはケケケッと笑う。


「王と王太子は強い加護のようなものを持っていて、近寄りすら出来なくてな。王が操れれば早かったのにな」

 ザッ、と殺気立つ王宮騎士団を愉快そうに眺め、ファーヴニルは話を続ける。


「……次に、『悪役令嬢』のシナリオを、手を変え品を変えエリクシーラに流し込んでやったんだが、全部クレイの守護とやらに弾かれてな……。

 あの小娘、婚約破棄のショックで突然、現実逃避を望んだ心で全部のシナリオを一気に受け入れおって。ややこしいことこの上なかったわ。

 マズい、と思って洗脳の調整をしてやろうとしたら、逆に私を結界で捕らえおって……! 本人にも解除できないとは、どういうことだ」


「あ、あれ事故だったんだ」

 シルヴァが驚いたように言う。


「思いっきり事故だわ! まあ、堂々と内部に潜入出来たと思えば、悪くもなかったが。

 悪役令嬢シナリオの成功率を上げるために無理やりミルキィベルの聖女覚醒を演出したり、王城内部の人間を洗脳したり、聖石の力でエリクシーラの魔力に擬態して色々やったが、クレイをおとしいれきれなかったのが無念だな」


 ギリ……、と爪に力を入れる。


 門のところから少しずつ広がっていた結界のヒビが、メキリ、と音を立てて一気に爪のところまで走る。


「ほら、のんびりおしゃべりになんて付き合ってるから、結界が割れるぞ? 救護の術師たちを欠いて、この人数の魔族を相手にできるのかな?」


 見れば、結界の網に捕らえられた治癒術師たちはいつの間にか意識を失って倒れている。ファーヴァの後ろには、じわじわと魔獣が集まってきている。その中には、人型に近い下位魔族の姿も見えた。


 メキメキと広がる結界のヒビに、騎士団に緊張が走る。


 その時。


「何やってんですか、シルヴァ様!」

 突然、ミルキィベルの声が響いた。


「えっ」


「お兄様! 助けに来ました!」

 エリクシーラの声もする。


「ええっ」


 声の方に振り向いた先、ビュッ、とつむじ風が起こったと思うと、突然、騎士団の背後に、神官長と神官の一団、ミルキィベルとエリクシーラが姿を現した。


 次の瞬間、神官たちの聖魔法が国境結界を突き抜けて魔獣の一群に降り注ぐ。

 結界が敗れたら一気に押し込もうと、結界際に固まっていた魔獣や下位魔族たちは、悲鳴を上げながら蒸発していく。


「クレイ家ほどではないですが、我々も結界は使えるんですよ!」

 言いながら、神官の何人かは結界に向かって魔力を注ぎ込んで修復している。


 その後ろで、神官長がへたり込んでいた。

 魔術師団の指揮を副官に任せ、シルヴァが慌てて神官長に駆け寄る。

「転移魔法で飛んできたんですか!?」

「いや……、王宮の転移装置で……。あとは隠蔽魔法で……そこの王城からここまで走って……」

 ひー、はー、と息を荒げている。


「……まりませんねえ、神官長様」

 ミルキィベルの呆れた口調に、神官長はショックを受ける。

「公爵閣下にありったけ治癒をかけてから神官たちをまとめて指揮して王宮行って、そこの王城まで転移してからこの人数に隠蔽かけながらここまで走ったんですよ!? もうちょっとねぎらってください!」


「そんなことより、エリィとミルキィベルちゃんは、なんでここにいるの!」

「そんなことより!?」

 神官長が悲鳴のように言うが、無視される。


「わたしは治癒術師です! 出来ることがあるのにやらないのは気持ち悪いです! というわけで、無理やり付いてきました!」

「スイートベリー家の血……っ!」

「ミルキィベル様が行くなら当然わたくしもついてきます! 悪役令嬢ですから!」

「出たな悪役令嬢……」


「ヒロインの可愛さを演出するのが悪役令嬢の役目ですので……!」

 エリクシーラは自慢げに胸を張っている。

 ミルキィベルが馬に乗る時切り裂いたドレスのスカート部分は、エリクシーラの結界の虹色リボンで縫い付けてあり、大きな蝶結びまで付けてあった。


「……うん、可愛いね」

「でしょう!」

 嬉しげに言ったあと、エリクシーラは前線に目を向ける。

「お兄様、あれ、ファーヴァですの? ずいぶん大きくなりましたわね」

「えっ! あのデカい黒い悪そうな竜が!?」

 ミルキィベルが驚いた声を上げる。

「あら、面影があるじゃないですか」

「ありますか!?」

 と言ってしまってから気づく。

「もしかして……、エリクシーラ様もネコには見えてませんでした……?」

「あら……、ミルキィベル様がネコって仰るから、こんな鱗とトゲのネコもいるんだなぁって思ってましたけど」

「いつでも何でも全肯定……っ!!」

 ミルキィベルは眉根を寄せてぐぐっと拳を握る。


「ま、まあまあ、ミルキィベルちゃん、クレイは特別だからさ、擬態なんて普通は見破れないし……」

 シルヴァにフォローされて、ミルキィベルはぎろりと横目で睨む。


「いいから、こんなとこで遊んでないで、シルヴァ様も戦ってきてください! 治療は任せてください、ズタボロになっても治しますから! 何度でも!」

「何度もズタボロになる前提!?」

「早く!」

「あっ、はい……」

 シルヴァは戸惑いつつも前線へと走りはじめ、あ、と声を発するとくるりと戻ってきた。


「そうだそうだ、これをあげよう」

 シルヴァが指を振ると、エリクシーラとミルキィベルの首にしゅるりと結界の糸が巻き付き、それぞれグリーンゴールドとピンクゴールドの細いチョーカーとなった。

「まあ……」

  エリクシーラが驚いて目を上げると、シルヴァが自分の耳に結界をイヤーカフ状に編み付けていた。グリーンゴールドとピンクゴールドの 2個付けだ。


「可愛いでしょ? そのチョーカーに触れて、僕の名前を呼んでから話しかけて。ここに届くから。何か危険が迫ったら呼んでね」

 チョンチョン、とシルヴァは自分のイヤーカフをつついて見せる。


「お兄様に聞こえるんですね! 王城で使用人たちにかけたセンサー&トラップとやらですね!」

「えっ? ああ、あれは本当に冗談だったけどね? 使用人たちがうっかり王家に報告して、うっかりトラップが作動して、うっかり王族を殺しちゃったりしたら大変だからね」

「まあ、確かにそうですわね」

「それにあれは自動発動で、僕に聞こえるわけじゃないよ」

「そうなんですね」


「待って、やろうと思えば本当に出来るってことです……?」

 戦々恐々とした風情でミルキィベルが聞いたのを敢えて無視し、

「じゃあ! 行ってくるね!」

 とシルヴァは軽くウインクすると、今度こそ前線へと戻っていった。


 前線では、聖魔法の奇襲で相手がひるんだ隙にと、レオンが騎士団を指揮して攻勢に転じている。

 国境の結界は、魔族の侵入を防ぎつつも騎士団の行動は妨げない。結界から飛び出してダメージを与えては結界内に下がる。それを波状に行えば、受ける反撃は最小限だ。

 前回の対魔族戦争から学んだこの戦法の訓練は、騎士団はずっと積んできた。


 そこへ、シルヴァが戦線に復帰する。

 士気の上がった魔術師団の、攻撃魔法の雨が、魔族の上に降りかかる。


 魔族は、急激に数を減らし始めた。


 ここまでお読みいただいてありがとうございます!


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 次もよろしくお願いします!

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