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38. ヒロインが迎えに来たよ!

ヒロイン大活躍?回

 二階の窓に、エリクシーラが見える。俯きがちに、ただぼんやりと窓の外を見ていた。

 いや、見ているのかもわからない。そこに座らせられたからそこにいるだけ、という雰囲気だ。


 長い黒髪が顔の周りに垂れ下がって影を落とし、表情は全く見えない。失踪してからまだ一日半、だが遠目にもとてもやつれたように見える。


「エリクシーラ殿は、神殿に来られてからお食事もお水も摂らず、お休みにもなっておりません」

 ここまで駆けてくる間に聞いた、神官長の言葉が蘇る。

「洗脳が解けた事により……、逃げ場のない自身の想いと、向き合っていらっしゃるのではと思います」


(あれが……、『悪役令嬢』じゃなかった時の、……本当の、婚約破棄後のエリクシーラ様……)


 ミルキィベルは、震える手でギュッとドレスを握りしめた。


   *   *   *


 この少し前。


「スイートベリー伯爵令嬢、すまないが、エリクシーラを迎えに行ってもらえまいか」


 公爵はミルキィベルに声をかける。


「私が一緒に行きますから。ただ……、私では、彼女を連れてくることは出来ず、お手を借りに来たところだったんです」

 神官長が申し訳なさそうに言う。


 着替えや身支度の手伝いで女手が欲しいってことかな、とひとり納得したミルキィベルは、

「はい、わたしに出来ることなら!」

 と、ふたつ返事で引き受ける。


「うむ、ではシルヴァ、伯爵令嬢と共に大神殿へ。レオンは王宮に、アレイズの事を報告し、王に伝言を」

 そこで公爵は疲れたようにひと息つく。

 そして、伝言を告げる。


「『アレイズを罰するようなら覚えとけ』、以上だ」


「進言くださるって、そんな感じなんですか!?」

 ミルキィベルが驚きの声を上げる。


「細かい話は面倒くさい。これで通じるだろう」

「まあ……、陛下と閣下の仲ですからね……。困る陛下が目に見えるようですが」

 昔なじみの神官長も呆れたように肯定する。


「わかりました、行ってまいります」

 レオンが苦笑しながら部屋を出ようとする。

 シルヴァがミルキィベルに手を差し出して、

「じゃあ行こうか」

 と笑いかける。


 その時。


「ぐあっ!?」

「うっ」

 公爵とレオンが同時に声を上げた。


「えっえっ」

 ミルキィベルがオロオロとふたりを見比べている中、シルヴァが鬼気迫る表情でドアを飛び出し、

「騎士団集合!!」

 と号令をかけた。


「……どうしました」

 神官長も緊張を走らせて聞く。


「……結界の一部が破壊された」

「はあ!?」

「……正確には門がこじ開けられた。そこに魔獣が殺到している。すぐに上位魔族もくるだろう。……いま咄嗟に結界を張り直したが、それもすぐに壊されそうだ、くそ、毒で弱ってなければもう少しは持ちこたえられるんだが……」

「僕とレオンで重ねます! 父上は休んで!」

「……すまない、では私の結界は割るぞ。3……2……1……」

「「はいっ!」」


 国境のその地点では、さぞ壮大で美しい景色が見られたことだろう。

 

 夜明けの広大な草原。

 その真ん中を横切る透明な城壁のような結界。

 その壁の一部が崩れ、そこに魔物が群がっている。


 崩れた箇所を塞ぐように、巨大なガラス板のような結界が何枚も重なってそびえ立ち、それに触れた魔物が弾けて散っていく。


 唐突に、そのガラスの結界が、光を反射しながら粉々に砕け、そこへ透明な壁がドンとそびえ立つ。これは、レオンの結界だ。レオンとシルヴァの瞳の色を薄く映したように、うっすらと緑がかっている。


 と見る間に、壁の表面へ金に光る蔦が一瞬で伸び、幾何学的な模様を形作る。これがシルヴァの結界。

 次の瞬間にはその蔦を挟むように再び壁が生成され、そこへまた蔦が這う。

 あっという間に五重ほどの壁が出来上がった。


 普通、結界は結界同士反発しあって重ねられない。例外は国境結界と、この双子の金緑きんりょく結界だ。

 国境結界は、最初のクレイ家の先祖たちが、複数人で手分けしてぐるりと国境に結界を張って回った時、お互いの魔法が反発しないよう、かつ、誰でも魔力を送って修理できるよう、特殊な魔法を組み込んだ。

 双子の結界は、一卵性双生児であるこのふたりの魔力の構造がほぼ同じで、お互いの結界を拒絶しないため重ねることが出来る。


 このふたつの特性のため、ぴたりと国境結界にくっつけるように結界を重ね掛けすることが出来た。


「……国境結界の穴を塞ぐよう、金緑きんりょくの結界をいつがさねで張りました。ただ、父上の結界のように、魔物を消し飛ばす力はありません」

「持ち堪えれば構わん。よし。今のうちに騎士団を連れ王家に報告に走れ。場所は北東、魔族領側の国境警備の詰所の前だ」

 公爵はチラッとミルキィベルを見る。


「……以前スイートベリー伯爵令嬢が警告してくれていた、第二王子の元側近、節穴野郎の配属先だな」


   *   *   *


 はあっ、はあっ。

 息を切らせて男は国境警備隊の詰所に駆け戻る。

「は、ははっ、やってやった、やってやったぞ!」

 走りながら振り向く。

 国境の結界にはぽっかりと穴が空いている。


 国境の結界は、許可を受けたこの国の国民なら普通に通り抜けられる。

 林業や狩人、冒険者など、外に出るものは多い。彼らが過ごすための村も、結界の外にいくつもある。


 だが、他国の者は結界に阻まれて国内に入ることはできない。通るなら、検問所へ回らなければならない。


 しかし、他国の者が結界のすぐ外で魔物に追われているなど、緊急事態が発生することは稀にある。そのため、国境警備隊の駐在する詰所の近くには、臨時の門が設けられていた。


 そこが、こじ開けられている。

 門だけではない、周辺の結界にまでヒビが入り、崩れ始めている。


 詰所の監視塔から緊急事態の警報が響き、警備隊員がバラバラと走り出して来る。


 その警備隊と、国境からヨロヨロと駆け戻ってきた男がばったりと行きあった。


 男の右手はひしゃげて血塗れで、左手はだらりと力なく垂れ下がっている。


「お前! 何をやっているんだ!」


「お前だと!? ふざけるな! みんな私を馬鹿にしやがって! 私は王子の側近だぞ! カルル様が王となればいずれ私を宰相にまでしてくれるって言ったんだ! それを……、それを台無しにしやがって、あのクレイの魔女が!」


 吐き捨てるように言ったあと、歪んだ顔でひひひ、と笑う。


「結界が破られて魔族が侵入したら、クレイの責任だ! 私をバカにした報いを受けろ!」


「なんだこいつ……」

「あれだ、王都から左遷されてきた文官だ」

「今はそんな奴に構っている暇はない! 国境へ走れ!」

 隊長の指示を受け、隊員が再び走り出そうとした時。


「危ない!!」

「ひひひ……、ひぁ?」


 振り向いた男の目に、魔獣の牙が映った。


 警備隊の皆が一歩飛び下がり剣を抜いて斬りかかるその一瞬の間に、豹のような魔獣は男の喉笛に食らいつき、吹き出したその血に口もとを染める。

 警備隊の素早い対応で魔獣は即座に斬り殺されたが、男は、支えを失った棒のように、どさり、と地面に倒れ伏した。


「魔獣侵入! 小型五頭、大型三頭!」

「右手、交戦中! 小型一頭仕留めました!」

「中央、大型を魔法で拘束中! 前を開けろ、大砲を撃つ!」

「第三隊、四隊、左を止めろ!」

「魔獣の後続は?」

「公爵閣下の結界が……、いえ、金緑の結界が張られました! しばらくは大丈夫かと!」


 平和だった国境が、にわかに緊迫した。


   *   *   *


「着替える時間も惜しいです! サイドサドルはありますか!」

「すぐに用意させる!」

 シルヴァが騎士を厩舎に走らせる。

「ごめんね、一緒に行かれない! 僕とレオンは転移装置で王宮に向かう」

「大丈夫です!」

 ミルキィベルは、シルヴァに案内されて馬寄せに向かう。


 馬具の付け替えが手際よく行われ、すぐにサイドサドルの馬が連れてこられる。


 サイドサドルはスカートでも乗れる横乗り用の鞍だ。鞍の片側に足をかけるためのでっぱりが付いており、そこを膝で挟んで身体を固定する。


 本来ならそれ用のスカートもあるのだが、今は着替えている余裕はない。

 ミルキィベルは、ドレスの隠しポケットからナイフを取り出し、

「お目汚し失礼しますね!」

 と、ドレスのスカートの片側を、スリットを入れるように縦に切り裂いた。


「ナイフ持ち歩いてんの!?」

「乙女のたしなみです!」

「そうなの!?」


 サイドサドルは、馬も慣れていないと走りにくいものだが、ミルキィベルは馬と目を見交わし、その首を叩きながら、走るよ、よろしくね、と声をかける。

 と思うと、エスコートも受けずひらりと馬に飛び乗り、器用にスカートを挟み込んで馬に横乗りになる。


「おお……」

 差し出した手をスルーされて、シルヴァは目を丸くする。


「私に構わずシルヴァ様はなすべきことを! 猊下、行きますよ!」


「はっ、はいっ!」

 先に馬にまたがって待っていた神官長は、慌てて馬を走らせる。


「思う存分走ってください! 付いていきます!」

「本当に!? 横乗りで!?」

「余裕です!」


 駆け去っていくふたりを見送って、ポカンとしていたシルヴァは、

「いや、呆けてる場合じゃない!」

 と気合を入れなおし、身を翻して城内に駆け戻っていった。


   *   *   *


 神官長と共に大神殿まできたミルキィベルは、神官たちが目を丸くする中、敷地内まで騎乗のまま駆け込んだ。


「緊急事態です! 各々、対魔族の前線に出る準備を!」


 神官長の叫び声に、一瞬動揺しかけた神官たちだが、さすがに大神殿のエリート神官、すぐに覚悟の決まった目で走り出す。


「ミルキィベル殿! エリクシーラ殿はこちらです!」


 騎馬のまま神殿の裏まで駆け込んだミルキィベルは、神官長の指差す先、来客用宿舎の二階の窓に、幽霊のようにぼんやりと外を眺めるエリクシーラを発見した。


「エリクシーラ様!」

 窓は開いているのに、聞こえているだろうに、大声で呼んでも反応がない。


 ギリ……ッ、とドレスを握り締めたミルキィベルは、ぐっと手綱を握り直し、エリクシーラに向かって馬を走らせた。


   *   *   *


「エリクシーラ様!!」


 窓の外から声がする。

 だが、目を向ける気にもなれない。


 目の前に暗いカーテンが掛かったようで、すべてが無彩色に見える。


「エリクシーラ様! ……悪役令嬢エリクシーラ!」


 死んだ心に、何かが触れた。


 無意識に視線を上げたエリクシーラの目に飛び込んできたのは、中庭の向こうから騎馬で駆け込んでくるミルキィベルだった。


 横乗りにピンクのドレスをなびかせ、窓の下まで駆け寄ってきたかと思うと、手綱から手を離して両手をエリクシーラに向かって広げる。


「悪役令嬢! あなたのヒロインが助けに来ましたよ! 降りてきてください!」


 ミルキィベルを中心に、ぶわっ、と世界が色を取り戻す。


「ミルキィベル……様……?」


 がたん、と音を立てて椅子から立ち上がったエリクシーラは、慌てて窓を大きく開け、

「ミルキィベル様!」

 と叫んだ。


「そうですよ、あなたのヒロイン、ミルキィベルです! 下まで降りてきてください、お城に帰りましょう!」


 世界は光を取り戻した。


 不意にあふれそうになる涙を耐えて、エリクシーラは

「はい!」

 と答えると、躊躇いもなく、窓からぴょん、と飛び出した。


「うわあああ危ないエリクシーラ様!!」

 ミルキィベルが叫ぶ中、キラキラと光る結界のリボンが瞬時に編まれ、虹色の階段が窓から地面までをつなぐ。


 そこを軽快に走り下りたエリクシーラは、

「参りましたわミルキィベル様!」

 と笑顔を見せる。その後ろで、虹色の結界がパッと弾けて、消えた。


「…………しっ、心臓が止まるかと思った……。無茶しないでくださいよエリクシーラ様!」

 言いながら、ミルキィベルはひらりと馬から降りる。


「結界で階段を作るのはこっそり練習していたから大丈夫です! いつでもどこでも、ヒロインの階段落としが出来るよう準備してました! 今ではお城の塔より高くまで編めますよ!」

「そんなところから落とす気なんですか! やめてください!」


 いつも通りのエリクシーラにホッとしつつ、聞き流せない言葉に慌てて反論する。


 そして、ふたりで目を見交わし、あははははっ、と笑う。


「……よかった、エリクシーラ様」

「はい、ミルキィベル様が一緒にいてくだされば、わたくしは悪役令嬢なので、いつでも元気ですよ」

「変な元気の出し方ですね……、でも、お役に立てるならおそばにおります」

「嬉しいです!」


 そこへ、神官たちと話しに行っていた神官長が、走り寄ってくる。


「……よかった、エリクシーラ殿、お元気になられましたか。すみません、ゆっくりしている暇はないので、簡単に伝えます。

 魔族が結界を破りました。これから戦争になります。神官たちは半数以上出払いますので、城に戻って待機していてください。

 リアムは、長期間の洗脳が解けた反動で、意識を失って数日は動けません。彼は神殿で預かります」

「戦争……!!」

 エリクシーラは両手で口を覆って驚いていたが、リアムの話でふと眉をひそめた。


「……あの、エリクシーラ殿。リアムを悪く思わないでやってください。……というのも難しいと思いますが……。あなたを守りたいと思う気持ちに、魔族がつけ込んで、騙して洗脳していたんです……。その気持ちだけは、心の片隅に留めておいてやってください」


「えっ? いえ、リアムの具合は大丈夫なんですか? 心配なのですが」

「……あ、休めば大丈夫です」

 拍子抜けしたように神官長は答える。

「そうですか、良かった!」


「……リアムを恨んでませんか?」

「え? なにをです?」

「あなたを……、殴って、拉致して……」

「ああ! 何か事情があったのでしょう? 後でちゃんと話を聞いて、怒るところだったらそこで怒りますわ」


 継ぐ言葉を失って神官長はぽかんと口を開ける。


 ミルキィベルがこめかみを指先で押さえながら言う。

「……エリクシーラ様……、というかクレイ家全般……、あのね、信じることは大事ですが、信じた相手が裏切ることも少しは念頭に置かないと、そのうちめっっちゃめちゃ騙されますよ……」

「そうですか? ご心配ありがとうございます、裏切られたら考えますね!」

「……ん? いや、だから今……、ん、裏切ってはいないのかな……?」

 ミルキィベルは神官長を振り返る。


「……あの、大きなお世話なんですが、こんな調子で、公爵様やレオン様シルヴァ様は……、戦争、大丈夫なんですか……? 後ろから刺されそう……」


 ぷっ、と吹き出した神官長は、そのまま大声で笑う。


「ああ、肩の力が抜けました。ありがとうございます。公爵家はクレイの守護がありますから、後ろから刺されても大丈夫ですよ。だからこうも呑気に構えていられるのかもしれませんね」


 神官長は腕をぐるっと回して肩をほぐす。


「神殿の方の指示は終えました。私も公爵の治療の続きがありますので、さあ、一緒に城に戻りましょう!」

 ここまでお読みいただいてありがとうございます!


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 次もよろしくお願いします!

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