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36. 解け始める洗脳

ミルキィベルちゃんはほぼ野良育ち。

 呆然として言葉を失ったリアムを愉快そうに眺めたあと、ファーヴァは軽く伸びをする。隠れていたコウモリのような翼が、背中のトゲの下から現れた。


「クレイの小娘を利用して国境の結界を消させるのには失敗したが、まあ、問題はない。首輪はあの愚かな王子に外させたし、あとはこの忌々しい結界だけだな……」

 ぐっ、とファーヴァは身体に力を入れる。


「お前に裏切られて、今あの小娘の心は相当弱っている。そうなれば、この結界も……」


 グググッと力を込めてから、ぶるんと体を振る。パシャン……、と小さな音を立てて、ファーヴァの周りに虹色の光が散って、消える。


「ああ、これで、私は自由の身だ」


 タッ、と飛び上がったファーヴァは窓枠に着地し、一回振り返ってにやりと笑う。


「次はちゃんと、ファーヴニル様と呼べよ。まったく、何がファーヴァだ、変なアレンジを入れおって、あのミルキィベルとか言うバカ娘」


 うんざりしたように言うと、翼を広げて開いた窓の外へ飛び出した。


「ああ、神官長。勘違いするなよ、私が洗脳をやめたからお前の治癒魔法が効いたんだからな。次に会うときには、こうはいかんぞ、無能」

 そう言って笑いながらくるりと一回ひとまわりすると、ファーヴァ……ファーヴニルは、青空の中あっという間に点のようになり、そして見えなくなった。


   *   *   *


「……大丈夫かい、リアム」

 神官長は心配そうに言う。


「……逃がしてしまいましたよ、いいんですか」

「私ではアレは倒せないからねえ……、何もせずに去ってくれてありがたいくらいのものだね」

 リアムはぐったりと床に座り込んで、ため息を吐く。

「ああ……、あいつ弱ってるんですよ。魔族の気配を消して周りの目を誤魔化すために、お嬢様の聖石を食い続けてたんです。その状態で城中の人間をコツコツ洗脳して回ってましたしね……」

 リアムの言葉に神官長が目を丸くする。

「聖石? あんな貴重なものをどうやって?」

「俺がお嬢様の聖石を隠し持つのなんか簡単ですよ、信頼されてますからね」

 その信頼を、最悪の形で裏切ったんですけどね……、と、苦いものを噛み締めるように呟く。


「それに、あいつと会ったときの旅で、お嬢様はずっと泣いてましたから、期せずして馬車の中に備蓄はたっぷりでしたよ。あいつ、激痛にのたうち回りながらも好き放題食ってましたね」

「魔族が聖石なんて……、よく消滅しなかったものです」

「まあ目一杯縮んでましたけどね、あいつ元はすげえデカい竜ですからね」

「なるほど……。では私の力でも倒せる可能性はありましたかね、惜しいことをしました」

「いや……」

 リアムは苦笑する。

「弱ってても猊下には無理でしょ」

「あっ、私のことをナメてますね、私だって本気になればもしかしたら結構やるかもしれませんよ」

「なんで推量なんですか」

 ふたりでふふっと笑う。


 8歳から神殿にいるリアムにとって、神官長は育ての親のようなものだ。暖かい空気がふたりの間に流れる。

 と、リアムは不意に辛そうな光を目に宿し、神官長から目線を逸らしてぽつりと言う。


「……ご存じでしたか」

 何を、とは聞かなかった。それでも神官長は察したように頷く。

「君が……、いや、アレがなにかを企んでいる気配は感じてました。首輪があるのに城の外に悪意の痕跡があったので、もしや脱走したのか、もしくは……」

 言いにくそうに言葉を途切れさせたあと、乾いた唇を舐めて、再び話し始める。


「……君が悪意をばら撒いているか。なぜか君の中の魔族の気と、あの魔獣の気がそっくりでしたからね……。……血族だったんですね……」


 ふう、と息をいて、神官長は気を取り直したように明るい声を出す。

「それで、現場を押さえようとこっそり神殿を抜け出しては城の周りをうろうろしてたんですが、私が無駄に神官たちに怒られただけでしたねぇ。やっと昨日、見つけることが出来たと思ったらこの騒ぎです。一歩遅かった感が否めません……」

 神官長は大袈裟に頭を振ってみせる。


「あの魔獣、城の結界を抜けられるんですねえ」

「ああ……」

 リアムが頷く。


「……聖石を使って、首輪をお嬢様の力で覆うんです。そうすると首輪が反応しなくなって、一時的に城の門を潜れます。まあ、聖石がもったいなくて一時間たたないうちに戻ってましたが」

「そんなにすぐに。そりゃぁ見つけられませんねぇ」

 わざと軽い調子で神官長が笑う。


「あいつ、聖石をバカみたいに食ったせいで、お嬢様の気配に偽装できるようになってて。首輪をつけられるまでは王都も学園もフリーパスでしたよ。国境の結界を抜けてくるときは、お嬢様と一緒の馬車に隠して……」

 つられて微かな笑顔で言いかけて、ぐっ、とリアムは言葉を詰まらせた。


「猊下、俺……」

 そこまで言って、リアムは自分の身を抱えてぶるりと震える。

「大丈夫だよリアム、大丈夫」

 神官長は、落ち着かせるようにトントンとリアムの背中を叩く。


「俺、誰も味方じゃない気がしてて……。猊下が、俺に目をかけてくれたのは……、俺が、魔族の混血だからで、……研究材料として、興味があったからだと思ってて……」


「それは違う!」

 神官長は正面からリアムの両肩を掴む。

「それは本当に違います! 私は、公爵邸で親しくなった君たち親子を、……事故のあと、意識不明の母親を抱えて、あんなに明るかった君が真っ暗な目をしているのを、本当に助けたい、守りたいと思ったんです」

「……」

 リアムは黙って神官長の目を見つめ、そして目線を落とす。

「そう……ですか………。うん……」

「……信じてください、リアム」

「……はい」

 リアムは泣きそうな声で返事をし、頷いた。


「……公爵閣下も心配していましたよ。分かりにくいかたですが。……小さい子に、騎士が惨殺される光景を見せてしまったと。気軽に『娘を頼む』なぞと言ったばかりに、逃げも出来ず、その光景を見続けさせてしまったと、悔いていらっしゃいましたよ」

「……閣下も……」

 そして、不意にハッとしたように顔を上げる。


「公爵閣下に! ファーヴニルのことを伝えないと!」

「ああ! そうですね! 急ぎ公爵邸に向かいましょう」

「お嬢様もお連れしなくては!」

 バッと立ち上がろうとしたリアムは、そのままぐらりとよろけ、床に両手をついた。

「リアム!?」

「あ……、あれ……?」

 ぐるぐると回る視界に、リアムは立ち上がれない。

「リアム!」

 神官長が心配そうにリアムの背に手を当てる。

「急に長期間の洗脳が解けた反動でしょう、少し休んで。公爵家へは私が行きますから」

「いや……、お嬢様に謝罪を……、俺……、俺が責任を……」

 そうつぶやきつつ床に倒れ込んだリアムは、遠くに神官長の呼ぶ声を聞きながら、そのまま気を失った。


   *   *   *


「ファーヴァちゃんが……、ワイバーン……?」

 ミルキィベルは片手を頭に当て、よろり、とよろけた。

 シルヴァが慌ててその肩を支える。

「ミルキィベルちゃん、大丈夫? 顔色が真っ青!」


「う、あっ……!」

 頭の中にチカチカと複数の記憶が明滅し、ミルキィベルは頭を振った。

 そして、自分の身を固く抱く。

「なにか……、良くないものがわたしの内側に……。それが、崩れる……」

「大丈夫!?」


「……ゾワゾワする! ゾワゾワするのは王太子様や神官長様じゃない! わたし自身の内側だ!」


「落ち着け伯爵令嬢! ソファを空けろ、令嬢を寝かすんだ!」

 ガタガタと震えだしたミルキィベルを見て、公爵が指示を出す。シルヴァとレオンでそっとミルキィベルを支え、ソファに横たえた。

「どういうことなの……、記憶が、崩れて、別の記憶が……」

 ミルキィベルは、うなされるようにぶつぶつとつぶやく。

「しっかりするんだ、伯爵令嬢。記憶がふたつあるのか?」

 だがもうミルキィベルは頭痛がするように頭を押さえ、ギュッと目を瞑って唸るばかりだ。


「洗脳魔法でしょうか……」

「城の連中と同じ原因だろうな」

 皆で心配そうにミルキィベルを見守っていたその時、城門の結界に訪問者の反応があった。


「こんな時に、誰だ!」

 公爵が不快げに言う。

「おや? アレイズですね。騎馬だな、王宮から駆けて来たのかな?」

 シルヴァが結界を通して見た情報を伝える。


「……アレイズ様?」

 ミルキィベルが身を起こす。

「ああ、まだ寝てたほうがいいよミルキィベルちゃん。父上、どうしますか、アレイズをこちらに案内しますか?」

「いや、まだ拘束を解いたという連絡は来ていない」

「では、まず話を聞いてきますね。待っててねミルキィベルちゃん」

 シルヴァがドアに向かうその背を見ながら、ミルキィベルが不意に大きな声を出す。


「シルヴァ様! 思い出しました! アレイズ様がわたしの恋人です!」


「ええっ!?」


 部屋から出かかっていたシルヴァが驚いて振り向いた。


   *   *   *


「ミルキィ!」

「アレイズ様!」

 アレイズは、部屋に入ってくるなり、公爵への挨拶もそこそこにミルキィベルに抱きついた。


「ごめんねミルキィ……! 洗脳に負けてミルキィのことを忘れるなんて……! 別の架空の女性を恋人と思い込んでいたなんて! オレはなんて弱いんだ……!!」

「いいえアレイズ様……! わたしがもっとしっかりしていれば……!」


 公爵家の面々は、目の前で繰り広げられる光景に、居たたまれない思いで目を逸らす。

 ふたりきりにしてやりたい気持ちは山々だが、まだ安全が確認できない状態だ。

 ミルキィベルにはシルヴァが薄く結界を張って、ある程度の安全を確保した上でアレイズを連れてきたのだが、だからといってミルキィベルを置いて部屋を出るわけにはいかなかった。


「……エリィに見せてやったら喜んだろうに」

「エリクシーラが帰ってきたらもう一回やってもらおう」

「演劇じゃないんだから!」

「しかし、まあ、正気には戻っているようだな」

 そこに、王宮からの転移装置の駆動音が響く。


「……あれ、今度は王太子殿下が騎士を引き連れてきたよ? なんか焦ってるみたい……?」

「……何?」


 公爵がハッとしたようにアレイズを見る。


 洗脳が解けたと思っていたアレイズが、その瞬間ギラリと目を光らせ、一歩踏み込んできたと思うと、隠し持っていた短剣を不意に公爵へ突きこむ。

 公爵は結界で反撃をしようとし、

「アレイズ様!!」

 ミルキィベルの悲鳴に咄嗟に結界を消す。


「ぐっ……!」

「うわあっ!」

 公爵の肩に深々と短剣が刺さり、その瞬間にクレイの守護が自動で発動する。

 雷の落ちたような電撃に貫かれ、アレイズは弾き飛ばされて背中から壁に激突した。


   *   *   *


「すまない公爵! アレイズが脱走したと聞いて、もしやと思い来てみたのだが、遅かった!」

 王太子が言う。


 案内されて来た部屋には、意識を失ったまま拘束されているアレイズと、肩から血を流して床に座り込んでいる公爵がいた。

 アレイズのそばにはミルキィベルが寄り添い、ただ震えている。


「殿下のせいではありません。軽々しく謝罪を口にしてはいけないと何度言ったらおわかりですか」

 公爵が不満げに言う。

「そんな事を言っている場合か!」


 王太子の合図で肩の傷を手当てしようとした騎士を止め、公爵は自ら、懐から出したナイフで傷口回りの服を裂き、そのまま刃を傷に突き立てる。


「なにを……!」

 驚いた王太子が声を上げるが、意外にもミルキィベルは冷静にその姿を見守っていた。

「解毒のナイフですか? 刃を焼かなくて平気ですか?」

「ああ、浄化の魔法も掛かっている」

「毒の強さは」

「……たいしたことは……ない……」

 言いながら、公爵は意識を濁らせていく。


「ムリじゃないですか! こういうときに強がった嘘をついてはダメですって! そちらの騎士様! 治癒魔法は使えますね。解毒か浄化は? ムリなら一旦治癒を! 解毒魔法が使える方は王宮にいらっしゃいますか! 呼んできてください! あ、そこ! 血には触らぬよう! そちらの方、清潔な布を……」


 ぼんやりとする意識の中でミルキィベルの声を聞きながら、公爵は、戦場でも生き抜けそうな娘だな……、とくすりと笑った。

 ここまでお読みいただいてありがとうございます!


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