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35. ファーヴァの正体

怒涛の展開。になってしまった。

「ご……、ごめんね、えーと、ミルキィベルちゃん、変わった言葉を知ってるね……?」

「農地のお世話を手伝ってるときに、おかみさんたちが旦那さんや息子さんに言ってました」


「スイートベリー伯領のおかみさん、つよ……」

「仕事サボったりしなければ言われませんよ?」

「いやそうなんだろうけど……、っていうか僕たち、仕事サボった扱い?」

「そうです」

「えー……」

 不満げと言うより悲しげなシルヴァを軽く睨み、ミルキィベルはひと息大きく空気を吸い込んで、一気にまくし立てる。


「あのですね、結界の維持が大変だったんだろうなあとか、政務や勉学や鍛錬がお忙しかったんだろうなあとか色々心の中で擁護してたんですよ。

 でもね? せめてお忙しい合間合間に、ちょっとでもエリクシーラ様のことを挟んでくださいよ! 王子もボンクラだと思ってましたが、それを上回るボンクラぶりですね!

 なんでエリクシーラ様絡みだと皆様こんなにポンコツなんですか……。呆れますね」

 そこまで言い切って、ふう、とミルキィベルはため息をつく。

「とはいえ、今言っても仕方ないので、ぼんくらエピソードはいったん横に置いておいて、リアム様のお話の続きをどうぞ」


「ポンコツ……、ぼんくらエピソード……」

 シルヴァが呆然と復唱し、レオンが絶句する中で、公爵が咳払いし、なんとか場を立て直して話を続ける。


「……まあ、他にもいろいろ事情があって、リアムは大神殿に預けられた。そこで修行を積んで正式に神殿騎士に叙勲され、聖騎士団に籍を置いたまま、今はここクレイ公爵家に仕えている。

 ……そんなわけで、何かあれば神官長の下へ頼りに行ってもおかしくない」

「なるほど……、それで神殿に隠れている可能性があるという話になるんですね」

「うむ」と話を引き受けてレオンが言う。

「しかもあの神官長が、呼び出したのに来ないんだぞ。いつもは呼ばなくてもチョロチョロ顔を見せるのに。何かあると思うだろう?」

「わかりました」

 ぽん、と手のひらを打ち合わせ、ミルキィベルは言う。

「うん、じゃあ大神殿に行きましょう」

「えっ」

「面倒くさいです、もうさっさと問い詰めに行きましょう」

「ええーっ」

 シルヴァが困った声を上げる。

「いや、待て」

 公爵が片手を上げてミルキィベルを制止する。


「ダメだ、証拠もなしに動けない」

「ああ、公爵家としてはそうなんですね。じゃあわたしひとりで行きます」

「いや、迂闊に動くと逆にエリクシーラを危険に晒すおそれがある。伯爵令嬢も動いてはいかん」

「いやです、少しでも早くエリクシーラ様を助けたいです」

「だめだ、単独で動くことは認められん。令嬢自身の安全についても……」

「じゃあどうすればいいんですか!」

 公爵の言葉を遮って、ミルキィベルは思わず大声を出したが、次の瞬間ハッと口もとを押さえた。


「……申し訳ありません、公爵様のおっしゃることのほうが正しいです……でも……いえ……」

 つらそうに唇を噛んだミルキィベルに、シルヴァが優しく声を掛ける。

「色々ありすぎてミルキィベルちゃんも落ち着かないよね」

「すみません……、我ながら情緒不安定です……」

 シルヴァに慰められて、ミルキィベルは再び謝る。

「せめてファーヴァちゃんがいれば……。あのフカフカの毛皮に顔を埋めたい……!」

「ん? 毛皮に顔を埋める……?」

「すみません、はしたなくて……」

 へへっとミルキィベルが照れ笑いをしたが、公爵家の面々が不審そうな顔をする。


「……フカフカの毛皮? あの魔獣に毛は生えていないだろう」

「えっ? いえいえ、ほぼネコじゃないですか」

「いや、トカゲに近いと思う。もしくは超小型のドラゴンか、いやワイバーンのほうが近いか」

「あんなものを可愛い可愛いと言って愛でているから、変わった趣味だなあとは思っていたけど……」

「えっ……」

 皆の言葉に嘘がないと理解して、ミルキィベルはさっと青ざめる。

 シルヴァがぽつりと問う。


「……ミルキィベルちゃん、何が見えているの?」


   *   *   *


 神官長に向けて突き出されていたリアムの腕が、だらりと垂らされた。傷から溢れた血が、指先を伝ってポタポタと滴った。


「何をやっているんですかリアム!」

 一瞬呆然としていた神官長は、ハッと我に返り、慌ててリアムに駆け寄って傷口を押さえる。

 リアムはガランと音を立てて剣を取り落とし、

「うう……」

 と唸り声を上げた。

 治癒魔法を発動しながら、神官長はリアムを抱きしめ、その肩越しにファーヴァを睨む。


「……これも君の力ですか、ファーヴァくん」


 今度こそファーヴァは、はっきりと口角を上げ、にやりと笑った。


   *   *   *


 リアムは、神官長の治癒魔法を受けた瞬間、記憶がかき回されるような不快感を覚えた。


 立っている地面が揺れて傾くような感覚に、膝から崩れ落ちそうになる。そこを、神官長に抱きかかえられた。


(くそ……、こんな……)

 なんとか振りほどこうと思うが、身体がまるで言うことを聞かない。

 そのまま闇に吸い込まれるように、意識を失った。


   *   *   *


 生まれたばかりの赤ん坊が、こちらを見上げ、ほにゃっと笑う。


「エいクシーあしゃま?」

 舌っ足らずの自分の声が聞こえる。


(夢……か……)

 リアムは揺蕩たゆたうような感覚の中、ぼんやりと思う。


「リアムには言いづらいわね、お嬢様、で良いわよ」

「およーちゃま」

「そうよ、お嬢様。私たちがお仕えする、ご主人様よ」

「およーちゃま、ごちゅいんちゃま」

「そうよ、いい子ね」

 嬉しそうな母の声に、リアムもとても嬉しくなる。


 泣いてばかりだった母は、この屋敷に来てからいつでも笑っているようになった。そして、今とても幸せそうに、嬉しそうにしている。

 もぞもぞと動くその赤ん坊は、リアムにとって嬉しさの象徴となった。


 ……夢らしく、不意に場面が変わる。リアムは公爵家の廊下に立っていた。


「おじょーしゃま、そちらはあぶないれす、ぼくのお手々を握ってくだしゃい!」

「あい」

「おにーちゃんがおかあしゃまのところにつれてってあげましゅからね!」

「あい!」

 トコトコと歩くようになったエリクシーラの側には、いつでもリアムがいた。

 自分をお兄ちゃんと呼ぶことを、母はいけないと言ったが、公爵夫人が率先してリアムお兄ちゃんと呼ぶようになったので、そのままなし崩しに定着した。


「まあ、リアムお兄ちゃん、エリィを連れてきてくれてありがとう」

 最近、公爵夫人はベッドで過ごすことが増えた。

 銀の瞳の神官がいつも付きっきりで看病をしていたが、いくら聖力を流し込んでも追いつかないと、つらそうに話していたのを前に聞いた。


 ……また場面が変わる。場所は同じ公爵夫人の寝室。だが、エリクシーラはもう少し大きくなっており、公爵夫人はベッドから起き上がることすら出来なくなっていた。


「夫人、いえ聖女様、大神殿に帰りましょう。あそこなら聖なる力に満ちていますから、少しはご病状も回復なさいますでしょう」

 銀の目をした神官が、夫人の手を取り懇願している。

「いえ、これは寿命です。もともと身体が弱かった私が、ここまで生きられ、子まで成せたことが奇跡なのです」

「それでも、神殿でしたらもうしばらくは生きられますでしょうに……」

「子どもたちに会えない数年と、子どもたちと共に過ごす数ヶ月なら、私は数ヶ月の方を取りますよ」

「聖女様……!」

「……私の妻を聖女と呼ぶな」

 見上げるような大きな大人……、公爵が部屋に入ってくるなり言う。

「あなた」

 夫人が笑顔になる。夫人がいつも笑顔になるので、リアムはこのしかめっ面の大人を怖いとは思わなかった。

「出ていけ、神官。子どもの前でそんな話をするな」

「あっ……」

 神官は初めてここに子どもがいることに気がついたように、こちらを見た。

 その目が、光を反射して銀色にキラリと輝いた。


 その光が、窓からキラリと差し込む陽の光と重なる。

 ……がたん、ごとん。

 馬車の揺れが、腰に伝わる。

「エリクシーラお嬢様、もう少しで静養地に着きますからね」

 夫人がこの世を去り、ただ泣いて過ごすエリクシーラを心配した母が、公爵に気分転換を提案した。

 公爵たちは忙しく、静養を許可した上で自分たちにエリクシーラを一任した。

 母は、自分が幼い頃を過ごした隣国の故郷を静養地に選び、そして今、馬車は国境を越えた。

 馬車の周りは公爵が付けた護衛の騎士が取り囲み、馬車の中では母と自分が沈んだ様子のエリクシーラをなだめている。

「お嬢様、もう泣かないでください」

 リアムは心配そうにエリクシーラの顔を覗き込む。

「リアムおにいちゃっ……」

 言いかけて、またポロポロと涙をこぼす。結晶した涙を受け止めながら、一緒に泣きたいような気持ちを抑えて、リアムは優しい笑顔を作って言う。

「ほらほら、また具合が悪くなりますから。お外でも見ましょう。あ、ほら、大きな鳥が……」


 言いかけて、リアムは言葉を飲み込む。

 一緒に窓の外へ目をやった母が青ざめた顔で窓から身を引き、次の瞬間子どもたちふたりを自分の体の下に抱きかかえる。

 窓の外では護衛騎士たちの叫び声が響き渡り、馬車のひっくり返る衝撃と母の悲鳴がごちゃごちゃになって……。


 次に目を開けたとき、リアムは、自分たちを覗き込んでいた巨大な竜と、目が合った。

 その竜は、ネコのような瞳孔の目をゆっくりと細め、にやりと笑った。


   *   *   *


「ファーヴァ!」

 目を覚ますなり、リアムは叫んだ。


 気を失っていたのはほんの一瞬だったらしい。

 床に倒れ込んでいた自分は、心配そうに銀の目を揺らした神官長に抱えられていた。


「この記憶は何だ……、どういうことだ、母は公爵に疎まれて殺されかけたのではなかったのか……」


 ははははは、と笑い声が響き、リアムは目を上げてファーヴァをぼんやりと見つめる。


「ファーヴァ、どういうことだ……」

「ははは、周りが皆洗脳されているのに、なぜ自分だけは洗脳されていないと思っていたのか。不思議だなあ? なあ、リアムよ」

 ネコの幻影をかなぐり捨て、ファーヴァはトカゲのような姿へ戻っていた。


「まあ、それも洗脳のうちなのだがな。現実の記憶に少しずつ改変を加えるのが、バレにくいコツだ。笑顔を嫌味に見せたり、優しい言葉のトーンを少し変えて悪意だと誤解させたり」

 ファーヴァは愉快そうに笑う。


「どこぞの王子に、小娘の拒絶を全部自分への好意だと思い込ませたり。その小娘の恋人に対する想いを、これは兄に対する親しみだと思い込ませるとかな」

 にやにやと下卑た笑いを浮かべるファーヴァに、リアムは揺れた目を向ける。


「俺と母は……、旅行に随伴した公爵の騎士に殺されかけて、……それで、お前が……、俺の復讐を手伝うと言って……」

「そう。可哀想にな、リアム。国境を越えるなり騎士たちに襲われて、馬が暴走し、馬車がひっくり返ってお前の母は重傷を負った。

 ……と、混乱しているお前に思い込ませるのは簡単だったよ」

 ひひっ、と笑ったあと、ファーヴァは渋い顔をする。


「聖石の秘密を守るために殺されかけたことにして、エリクシーラも憎ませようとしたんだが、上手くいかなくてな……。ひと欠片も思っていないことを洗脳で思い込ませるのは難しい。それで、作戦を変えて、あの小娘をお前のものにしてやると約束した。母親と三人で、仲良く暮らせばいいとな」


「母を傷つけたのは……、公爵じゃなく、お前……」

「いーやいや!」

 リアムの言葉に、ファーヴァは大げさに嘆いてみせる。

「お前の母親を傷つけるつもりなんか無かったさ! そもそも私のせいじゃない。実際、お前の母親の魂に傷を刻んだのはあの小娘だ」

「……なに?」

「『クレイの守護』だったか? お前の母親はあの小娘をきっちり抱きしめていたから、守護の暴発に巻き込まれたんだよ」

「守護に……? なぜ……」

「お前の母親には魔族の血が流れているからだな。私を攻撃しようとした守護がお前の母も敵と誤認した。つまり……」

 ファーヴァがにやりと笑う。


「お前の母に流れているのは半分私の血だ。私は久しぶりに近くに来た娘と孫の様子を見に行っただけさ。なあリアム、可愛い孫よ」

 ここまでお読みいただいてありがとうございます!


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