34. ヒロインは怒ってます
ぷんぷんヒロイン。そりゃそう。
ミルキィベルは、行き場もなくただ執務室で落ち着かない時間を過ごしていた。
「お茶もう一杯どう?」
シルヴァがティーポットを手にミルキィベルに問う。
「あっ、わたしが淹れます!」
「いいのいいの、座ってて」
「いえ、やらせてください、なんかしてないと不安で死にそう……!」
胸をぐっと押さえて顔を伏せたミルキィベルに、シルヴァが驚きの声を上げる。
「えっ!? 死なないでミルキィベルちゃん! どうしよう、刺繍とか毛糸とか持ってこさせる?」
「そんな事ができる心境じゃないです……」
しゅん……としてしまったミルキィベルに、公爵家の一同が揃って慌てる。
「大丈夫か伯爵令嬢、なにかしてほしいことはあるか?」
「菓子! 菓子でも持ってこさせるか?」
公爵とレオンの言葉にミルキィベルはフルフルと首を横に振る。そして、寂しげにぽつりと言葉を漏らす。
「エリクシーラ様……、ご飯食べれてるかなぁ……」
「そんなに心配しなくても大丈夫だよミルキィベルちゃん、結界を使って僕らがずっと王都内を監視してるから!」
「そうだ、すぐに見つかる」
「でも……、もし仮説通りにエリクシーラ様を使ってクレイ家を排除するのが目的なら、あんな揺さぶりのかけ方をしたら、いけると思われちゃうじゃないですか……」
言いながら気持ちが高ぶってきてしまったらしい。だんだん声が震えてくる。
先ほどの話……。『エリクシーラが無事に見つかるまでは王家に協力しない』……。
つまり、見つからなければ……? いや、無事でなければ……。
「……そしたら……、じゃあ決定打だ! とか言って、……エリクシーラ様、殺されちゃうかもしれないじゃないですか!」
わっ、と、ついにミルキィベルが泣き出してしまった。
「だ、大丈夫だ伯爵令嬢、エリクシーラにはクレイの守護がある、危害が加えられることはない」
「転んだケガとかは避けられないかもしれないけど、命に関わるようなケガはしないはずだよ」
「そう、むしろクレイの守護が発動してくれれば我らの結界が感知できる。そうすれば、緊急事態として王宮だろうが大神殿だろうが踏み込むことが出来るようになる」
そこで、両手で顔を覆っていたミルキィベルが、
「は……?」
と顔を上げた。
「……まさかと思いますが、そんなことはないと思いたいですが、まさかまさか、さっきの話はエリクシーラ様に危害を加えさせるのが目的の煽りですか? クレイの守護を発動させるために?」
ミルキィベルに視線を向けられたレオンが、さっ、と目を逸らす。
次にシルヴァを見ると、シルヴァは慌てて、
「だ、大丈夫だから、守護が発動すればエリクシーラには傷一つつかないから、ね、心配しないで」
と笑ってみせた。
ミルキィベルは涙に濡れた目のままで、大きく一息空気を吸い込むと、
「大丈夫なわけないじゃないですかー!!」
と大声で公爵家を叱りつけた。
そこへ、ノックの音がした。
* * *
「神官長が呼び出しをお断りするそうです」
「何?」
神殿へ送った使者からの返事を聞いて、執務机の向こうから公爵が不審そうに眉をひそめる。
涙目でプンプンしているミルキィベルは執務室に続く控え室の方へシルヴァが連れて行き、お菓子で宥めている。使者の前には、執務机についた公爵と、その斜め後ろに護衛のように立つレオンが居るだけだった。
「神官長猊下におかれましては、来週のミサの説教の準備でお忙しいとのことです」
「嘘をつけ!」
思わず怒鳴った公爵だったが、使者に怒っても仕方がない。
「……すまない。ご苦労だった、下がっていい」
静かに下がっていった使者の背後で扉を閉め、レオンは深くため息をついた。
「犯人は決まったようなものですね」
「いや、犯人と決めつけるのはまだ早いな。何か事情があるのかもしれない」
「事情があったにしても、こちらと連絡を断つ必要はないでしょう」
「……うむ、しかしな……、リアムが居るしな……。
リアムが一緒ならば、神殿に助けを求めに行く事も考えられる。そして、何かから逃げている等の事情があれば、一時的に連絡を絶つこともあるだろう」
「なるほど、そういう場合もありますか」
「まあ、神官長はエリクシーラとファーヴァを欲しがっていたから疑いたくもなるが……。しかし、さすがに誘拐まではしないだろう」
公爵は顎に手を当てて考え込む。
「あとは……、ありえないとは思うが、リアムが主犯で、神官長がリアムを庇っている場合か」
* * *
「なぜ母に会えないんですか!」
リアムは大神殿の奥の部屋で、神官長に食って掛かっていた。
「だからねえ、まだエリクシーラ殿と会わせるには準備が足りなくてねえ」
「元の領地の近くまで戻れたら母は元気になるって言ったじゃないですか! お嬢様も連れて戻ったらいいでしょう!」
「いやぁ、むしろそこが問題でね……」
ぐっ……、と拳を握り込んだリアムは、上目遣いに神官長を睨む。
「……何をすれば良いですか」
「え?」
「あと何をすれば母を解放して、元の領地に戻してくれますか!」
その言葉に、神官長は色ガラスのメガネの奥でちょっと目を見開き、次いでにやりと笑った。
「ふうん、まだ何かしてくれる気はあるんだ。騎士になれたらすぐ公爵家に帰っちゃったから、私に協力してくれる気はもう無いのかと思ってたよ」
「あれは! お嬢様の入学に合わせて同年代の護衛が必要だっただけで!」
「でもいそいそと帰っちゃったよねえー、寂しかったなぁー」
その言葉に、リアムは再びグッと拳を握る。
「……それで、母を人質にとって、俺に言うことを聞かせたいんですか」
「人質!」
神官長が驚いた声を上げる。
「人聞きが悪いなぁー、私は治療をしてるだけだろう?」
「そういう建て前はもう良いです! 何が欲しいんですか、俺の血ですか、公爵閣下の首ですか!」
「閣下の首! 面白い発想だねえ、でも要らないかな。君の血はちょっと欲しいけど」
「じゃあほら、いくらでも持ってったらいいですよ!」
すらりと腰に着けた剣を抜いたリアムは、止めるまもなく自分の腕を斬りつける。
大神殿の絨毯に、バタバタっと血が滴った。
* * *
「神殿騎士、ですか?」
少し落ち着いたミルキィベルは、使者が帰ったあと執務室に戻ってきた。
そこで、神官長の返事、それについての推測を聞き、その流れで神殿とリアムの関係について説明を受けていた。
「そう、リアムは 8歳くらいから神殿の聖騎士団で従騎士として教育を受けてたんだ」
シルヴァが言い、公爵が話を続ける。
「エリクシーラの婚約が決まった頃、リアムは、エリクシーラを守りたいと、従者ではなく騎士を希望した。
うちでも騎士見習いとして少し過ごしたが、うちの騎士団はクレイ家の自警団のようなものだ。王宮までついていくなら正式な騎士になったほうがいい。そこで、神官長が『うちが引き取る』と申し出て来た」
「ちょうどその前後、僕らふたりは寄宿制の学校に入っていてね、家にいなかったから詳しくはわからないんだけど」
「神官長はうち専属だったとき、リアムに目をかけてたからな」
「小さい身体で一所懸命てこてこと走り回ってエリクシーラの世話を焼いていたのは、本当に微笑ましかったもんね」
「うむ、できる限り便宜を図ってやりたくなるのは分かる」
双子が交互に言い、うんうんと頷き合う。
「……待ってください?」
ミルキィベルが手を挙げる。
「どうした、伯爵令嬢」
「エリクシーラ様の乳母さんはその前に事故でお暇いただいてたんですよね?」
「事故……、うん、そうだな。下町に住んで、その時のケガについて未だに月一度ほど神殿に治療に通っている」
「で、お兄様がたがふたりとも寄宿舎に行ってしまったと」
「……あ、うん」
うっすら話の流れが見えてきて、公爵家の男三人はなんとなく姿勢を正す。
「そして、直後に今度はリアム様が居なくなったと?」
「そう……、なるな」
「……エリクシーラ様のフォローはどなたが?」
「……専属の侍女とメイドが……いたんだが、王家の婚約者になるにあたって王家から家庭教師と侍女やメイドたちが来て……だな……」
「はぁぁぁあ? 慣れ親しんだメイドさんたちも交代したんですか!?」
「……しかし、王家に入るための、より良い教育のためには……」
「そういうのいいです! そういう話はしてません! ならなおさらフォローがいるってだけの話じゃないですか! で? ご家族の! どなたが! エリクシーラ様のフォローを?」
「……………」
沈黙を返事と受け取り、ミルキィベルは、数回深呼吸をしてからにっこりと笑う。
「……スイートベリー家は王家も一目置く家でしたね?」
急に話が変わって、シルヴァがぱちくりと目を瞬いた。
「そ、そうだね?」
「また、ここでは無礼講のお約束でしたよね?」
「あっ……」
何かを察して一同言葉を失う。
「でしたよね!? お返事は!」
「あっ、はい!」
「ですよね、うん、承知しました、では」
うんうん、と頷いてミルキィベルは大きく息を吸い。
「こぉぉの、ボンクラどもが!!」
「ごめんなさいっ!」
シルヴァが反射的に謝った。
ここまでお読みいただいてありがとうございます!
ご評価、ご感想、いいね、ブックマークなど、頂けたら嬉しいです。励みになります!
次もよろしくお願いします!