33. 行方不明の悪役令嬢
お嬢様行方不明です。
「エリクシーラとリアムが見つからない」
「ファーヴァちゃんも居ないんです!」
聖女の城の執務室。皆で深刻な顔で額を付き合わせている。
「ファーヴァが居ないのはおかしいだろう、首輪はどうしたんだ」
同席している王太子も、深刻そうな顔で公爵家の面々を見渡す。
チャリン、と留め金の音を立てて、シルヴァが外れた首輪をぶら下げて見せた。
「温室を出てすぐの辺りに落ちてました。……カルル第二王子殿下の魔力の痕跡があります」
* * *
第二王子襲撃から一夜明けた今日、早朝から王太子を呼び出しての公爵家会議である。
いつものオープンな応接室ではなく、聖女の城の中でも厳重な防護のある城主の執務室に集まって、公爵家の騎士で周囲を固めている。
今回の騒動で、王宮所属の者たちはいったん引き上げ、代わりに公爵家の騎士団を入城させた。王太子も最小限、護衛の騎士をふたりと側近をふたり連れてきたのみだ。
王太子を呼びつけるのもどうかと思うが、事態が事態だけに王家も全面的に協力態勢だ。一応理由付けとしては、聖女の城の現地調査ということになっている。
シルヴァに首輪を見せられた王太子は、
「カルルが……? ……あいつ……」
と顔色を青ざめさせた。
レオンがちらりと王太子を見る。
「知っているぞ、王家と公爵家の共同鍵魔法と言いながら、魔獣の首輪は王家単体で外せる。エリクシーラの結界が常に内側から首輪に作用してるからな」
うっ……、と言葉に詰まった王太子を庇うように、シルヴァが割って入る。
「まあまあ、今喧嘩しても仕方ないでしょ。うちだって抜け道を作ってる。
あの首輪はエリィの結界と干渉しないように作られてるからさ、エリィが首輪の上から結界を張り直したら、あら不思議、首輪は無反応に!」
「なんだと!?」
王太子が怒ったような顔をする。シルヴァはしれっとした顔で肩をすくめ、両手を広げてみせた。
「……まあいい、わかった、この件は王に報告の上カルルに問い質して結果は必ず連絡する。いったん預からせてくれ。
……首輪の件は本来カルルが知るはずのないことだ。また、温室から逃走を図った時、あの魔獣と魔力で衝突していたようにも見えた。そのあたりも含め、慎重に調査する」
「……ただの事故、と言いたいのか?」
レオンがピリッとした目をする。
「調査する、と言っているんだ。全ての可能性を考慮すると言っている」
「……わかった、よろしくお願いする」
ピリピリとした雰囲気のまま、レオンは王太子から目線を外さずに答えた。
「さて……、王宮側の現状報告だ」
王太子は敢えてその目線を気にしない風を装って話を切り替える。
「主犯のカルルとともに、この城で拘束した王宮所属の騎士、兵士は牢に入れ尋問中だ。念の為使用人も全て一旦捕らえて王宮内の塔の一つに軟禁してある。だが、大多数が放心状態で、取り調べが進まない」
「やはり何かの洗脳魔法でしょうか」
公爵が問いかけるのに、うむ……、と少し困ったように頷いた王太子は、目線を下に落として躊躇いがちに答える。
「魔族の洗脳魔法の痕跡があるそうだ、……エリクシーラ嬢の魔力痕とともにな」
その言葉に、レオンが怒りを滲ませてガタンと立ち上がる。
「ジョエル! どういう意味だ!」
「落ち着いてくれレオン、何の意味も込めてはいない」
ちらりとレオンと目を合わせた王太子は、ふう、とため息をつき、目元を隠すように組んだ両手の親指でこめかみを押す。疲労の濃く浮かんだ顔色を見るに、昨日から寝ていないのかもしれない。
「聞いたときには私も驚いた。本当に、これはどういう意味なんだろうな」
疲れた様子の友人に、レオンもそれ以上は言わず、椅子に座り直す。
「ファーヴァの首輪がないのなら、城を覆うファーヴァの檻は関係ない。問題は城の外周に張った結界だ。触れずに出たなら東門を抜けた可能性がある」
公爵が淡々と言う。
「東門は神官がいつでも出入りできるよう、昼間は結界が開いているからな……。リアムはそれを知っているはずだ、エリクシーラも聞いているかもしれない。クレイの守護も発動せず、抵抗した形跡もないのなら……」
公爵は苦い声を出す。
「……もし、エリクシーラが自分の意志でファーヴァを連れて姿を消したとしたら……」
「エリクシーラ様が自分の意志で……?」
ミルキィベルがショックを受けた顔をする。
「そんなわけないじゃないですか! 何の理由があってそんな事するんですか!」
「落ち着いて、ミルキィベル嬢。王家の誰もそんなことは思ってないよ」
王太子が慌ててなだめる。
「誰も思ってない?」
その言葉を復唱し、ふ、と嘲笑気味に双子が目を見交わして笑う。
そして、交互に話し始める。
「……まず、エリィが魔族と通じていた」
「エリクシーラは魔族と結託して、王家、ひいては国を乗っ取ろうとしていたが、それに気づいた第二王子に婚約を破棄されてしまった」
「計画が狂ったエリィは予定を変更して、魔獣を自分の結界で包んで王都に連れ込み、その魔力を利用して王家の騎士たちを無力化、洗脳し、反旗を翻そうとした……」
「それに気づいた第二王子が派遣先から取って返し、エリクシーラを追い詰めたが逃げられてしまった」
「エリィは魔獣を連れて逃走中……、これなら王家に傷がつきませんね」
「いい創作話だな、王家の名誉が守られるどころか第二王子の評判がうなぎ上りだ」
「そんな話にはさせない!」
今度は王太子がガタンと音を立てて立ち上がる。
その様子を敢えて無視し、公爵が話を継ぐ。
「折りも折、図ったように侯爵家から当家へ反乱の疑義が提示された。あのような、必要以上に大仰な騒ぎを起こして、侯爵家になんの得があるのか。……もしくは、何処かの権力からの働きかけでもあったのか」
そこで言葉を切って、公爵が王太子を睨む。
「……どういう意味か分かりますか? 我々は王家も疑っているのです」
公爵の迫力に呑まれかけながらも、王太子はなんとか反論を口にする。
「王家はっ……! 決してそのような……!」
だがその言葉が終わる前に、公爵が片手を上げて会話を打ち切る。
それを受けて、双子が口を開く。
「……出ていって王にご報告ください、我々はエリクシーラが無事に見つかるまで王家に協力はしない」
「無辜の民を犠牲にするのは望みませんので、今のところは国境の結界を維持しますが、それも王家の態度次第ですよ、殿下」
レオンは王太子を睨みながら、シルヴァは冷笑を浮かべながら、それぞれ冷たく言う。
「う……」
王太子は言葉を失う。無礼な、と抗議しかかった側近を制して、王太子は踵を返した。
「……落ち着いて話ができないようだから、出直すことにする。不快かもしれないが、こちらでも手を尽くしてエリクシーラ嬢の行方を追うよ」
部屋を横切りながら背中越しにそれだけ言うと、騎士が開けた扉の前で一瞬立ち止まり、
「……弟がすまなかったな……」
と呟くように謝罪して、部屋を出ていった。
* * *
足音が完全に遠ざかったのを確認し、公爵家の騎士たちも外に出して、公爵たちはやっと肩の力を抜いた。
念の為シルヴァが遮音の結界を張って、ミルキィベルに謝罪する。
「ごめんねミルキィベルちゃん、怖かった?」
「えっ……、あの……」
「……あの王太子はまた臣下に軽々(けいけい)に謝罪の言葉を述べる。事が済んだら再教育が必要だな」
「ジョエルは真面目だから、今ごろ本気で重圧に潰されそうになっていると思いますが」
「これがシェイン殿下だったらねえ、もうちょっと計略を察して乗ってくれたと思うけど」
「ところでシェインはどうだ」
「まだ意識が戻ってないらしいけど、命に別状はないって」
和気あいあいと話す公爵家の面々に、戸惑っていたミルキィベルは、だんだんと怒りを滲ませる。
「えっ……なんですか、怒ってるの、ウソだったんですか?」
「んっ……、いや、怒ってはいる」
ちょっとむくれたミルキィベルから目を逸らし、公爵は咳払いしながら言う。
むうううう、と赤くした頬を膨らませて公爵を睨むミルキィベルに、まあまあ、とシルヴァがなだめに入った。
「内緒にしててごめんね。エリィが見つからなすぎるからね、ちょっと揺さぶりをかけようとしてて。ミルキィベルちゃん、演技できないでしょ」
「でっ……、出来ますよ! ねえアレイズ様……」
振り向きかけて、そこにアレイズがいないことを思い出し、ミルキィベルはふと寂しそうな顔をする。
アレイズも王宮騎士団の一員だ。他の騎士たちとともに取り調べのためにいったん王宮に戻っている。
直接襲撃には参加しなかったものの、全騎士危険性ありとして本人承諾の上で拘束された。
「……ごめんねミルキィベルちゃん」
シルヴァがもう一度謝る。
「いえ! 大丈夫です。すみません、私が口を出すことじゃないのに」
「いや、君はエリクシーラの親友だからな。うちの家族同然だ。いやもうほぼうちの娘だろう」
公爵がサラリと言う。
「距離感!!」
ミルキィベルが思わず声に出す。そして、
「とっつきは悪いのに一回受け入れるとめちゃめちゃ深く取り込まれるなぁ……」
と頭を抱えた。
「どうした、大丈夫か伯爵令嬢」
「いえ、なんでもないです……。揺さぶりって、王家にですか?」
「そうだね」
シルヴァが頷く。
「昨日から一晩中馬を走らせて、この城の周囲から王都全域、念の為さらにその周辺まで僕の結界の網を広げて調べたけど、どこにも見つからないんだ」
「王都外周に張っている結界は私のものだが、そこを通過した形跡はない」
シルヴァとレオンの説明に、公爵がギラリと目を光らせる。
「あの愚かな候爵のせいで探索に出るのがだいぶ遅れたからな……、ゴネにゴネおって……。あとで覚えているがいい……」
ブツブツと口の中で呟いてから、ため息をひとつついて、深刻な口調で言う。
「……あと調べていないのは、……王宮と神殿だ」
* * *
「神官長猊下、公爵家から訪問の依頼が来ていますが」
神官の一人が手紙を手に神官長に声をかける。
大神殿の執務室では、神官長が大きな机に肘をつき、手の甲にあごを乗せている。
「んー」
「猊下? 使者が待っております。返事はいかがいたしましょう」
「んーーー」
「猊下?」
「んー、どうしようかねえー」
言いながら、ずるずるとあごを落としていって、そのまま机に頬を付けた。
「ねえ、欲しいものが手に入ったら、手放したくないじゃない? それを返せって言われたらどうします?」
「は? ……ああ、来週の説教の原稿をお考え中ですか?」
「……うんそうそう、君ならどうする?」
その神官は、少し考えてからゆっくりと答え始める。
「そうですね、欲しかったものを手に入れたら、嬉しいですね。それを失くすのはつらいですね。
ですが、『返す』ということは、元の持ち主がいるのでしょう? 元の持ち主様も手放してつらかったのかもしれません。返したら喜んでくれると思います。
ならば、返すべきなのではないですか?」
「うーーーーん」
神官長は机に突っ伏した。
「でもさー、元の持ち主は大事にしてないんだよー。というか、扱い方を間違ってる感じ?
返したら壊されちゃいそうでー。それでも返します?」
「うーん……、難しいですね。大事にしたいものを壊されたら悲しいですね……。しかも一回譲ってもらっているのなら、自分のものでもありますからね」
「譲ってもらったっていうかー……」
神官長はモゴモゴと誤魔化す。
「……拾った設定ですか? まさか、盗んだってことですか? なら返しましょう」
「あー……、じゃあ例えを変えましょう」
机から顔を上げて、神官長は神官に向かって物語のように話し始める。
「ずっと欲しいと思っていた小鳥がいました。ある日、その小鳥が死にかけているのを見つけました。治療すれば助かりそうです。私はその小鳥を手に取りました。
ところが、その小鳥の飼い主が返せと言ってきました。明らかにその飼い主のせいでこの小鳥は死にかけているのに、彼は治療する気はなさそうです。
さあ、あなたはこの小鳥を彼に返しますか?」
そう言われて、神官は考え込む。
「なるほど、感情としては返したくない、倫理的に見ても返さないほうがいい、ですが道義的には返すべき……。難しい思考実験ですね。しばらく考えても良いですか?」
「そうなるよねーーー」
あーもー、と再び机に伏せ神官長は机の下でジタバタと足を踏み鳴らす。
「……というわけで、私は忙しいので公爵家にはお断りを入れてください」
「はい、承知しました」
神官が下がっていったあとも、神官長は机に伏せたままうーんうーんと唸り続ける。
「……本当に、どうしようかなぁー……、というか」
机から顔を上げて、神官長は空を仰ぎ見る。
「どう誤魔化そうかなぁー」
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