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3. 悪役令嬢をがんばる!

 真ん中あたりから最初のところにつながって、別視点で一部話がかぶります。わかりにくかったらすみません。

「エリクシーラ、来い!」


 脳内を駆け巡る大量の情報にぐるぐるしていたら、しびれを切らしたようにカルル王子に大声で呼ばれた。

 はっ、として、エリクシーラは慌てて王子の下へ向かう。ホール中央に向かって歩きながらも、エリクシーラはまだこのあとの行動を決めかねていた。


(わたくし、ヒロインを虐めていませんけれど、虐める暇すらなかったというかミルキィベル嬢を認識すらしてませんでしたけれど、これ、どういうお話になるのかしら?)


 道を開けた生徒たちからの視線が痛い。というか、なんだか花道みたいだわ、と見当違いな方向へ思考が飛ぶ。


 悪役令嬢のデビューですわよ? みんなで拍手してくれたら面白いのに。


 そこまで考えてエリクシーラは楽しくなってきてしまう。

 女優気分で胸を張り、慌てていた足を落ち着かせて、悠々とした歩みで進む。

 途中の誰かに空いたグラスをぽいっと投げ渡し、その男があわわわ、とグラスを手の中で踊らせるのを横目で愉快に見ながら、王子のもとへ辿り着いた。


「天を統べる太陽の下に輝く2つめの星カルル・バード・ヒースフィールド王子殿下。クレイ公爵家が娘エリクシーラ、お呼びにより参上いたしました」

 あえて正式な臣下の礼を取り、丁寧に低くカーテシーをする。


 殿下と呼べ、とついさっき自分で言ったことも忘れ、余所余所しいその言い方にカチンと来たカルルは、エリクシーラに指を突きつけ、怒鳴る。

「その態度はなんだ! 生意気な!」

「それは失礼いたしました、ところでなんのお話でしょう?」

 あくまで余所余所しい態度を崩さないまま、エリクシーラは、生意気と言われて嬉しくなってしまう。


 うふふふ、どうかしら、うまく悪役令嬢がやれているかしら?


 本当だったらここは、断罪の瀬戸際からどうやって生還するか頭を悩ませるべき場面だろう。でもエリクシーラはまだ前世の記憶が曖昧で、どんな罪でどのような罰がくだされる予定なのか思い出せない。


 そんなことより今は、不意に舞台の主役をもらったような緊張と興奮を楽しみたいと、わくわくと胸を踊らせていた。


(ああダメよエリクシーラ、笑ってはダメ。わたくしは悪役令嬢なのだから!)

 自分に言い聞かせて、表面上は冷淡な雰囲気を取り繕う。ニヤニヤしてしまいそうなのを隠すため、なんとなく俯き気味になってしまった。


 そんなエリクシーラの様子に、カルルは戸惑った。


(どうなっている?)

 今まで口答えどころか問い返しすらほとんどしなかったエリクシーラが、突然に冷たく突き放した態度をとってきている。


 いつもだったら自分が冷たくすればオロオロし、怒ればどんなに理不尽でも謝ってきて、不機嫌にすればなんとか機嫌を取ろうと尽くしてくるのに。


 カルルは困惑に一瞬目を泳がせたが、隣にいるミルキィベルの目を意識し、すぐにキリッとした表情を繕った。


「うむ、伝えておかねばならぬことがある。まあ、私の決めたことだ、いちいちお前の許可を取る必要もないのだが、私は誠実な男だ、きちんと説明をしてやろうと思ってな。ありがたく思うが良い」

「はあ」


 前置きがいちいち面倒くさい。王族を前にした公爵令嬢にあるまじき間抜けた声が出た。


「だからその態度は何だ!」

 取り繕った威厳はすぐ剥がれ落ち、エリクシーラはこっそりため息をついた。

 ああ、なんでこんな男が好きだったのかしら。


「……まあいい、よく聞け。私はこのミルキィベル伯爵令嬢を正妃として迎えることにした!」

「はい」

「は、はい?」

「先程伺いましたので。それで、いかがいたしましょうか」

「えっ?」


 エリクシーラの反応は予想外のものばかりで、王子は会話の接ぎ穂を見失う。

 だが、とにかく王子はミルキィベルの目が気になるらしい、目を伏せて佇んでいる彼女をちらりと見たあと、気を取り直すようにごほんと咳払いをして、つまりだな、と、グッと胸を張った。


「……お前の地味さでこの私の隣に立つのは辛かろう。だから、このミルキィベル伯爵令嬢を正妃とするのだ。可憐な彼女なら立っているだけで外交も社交も完璧だ! ……ああ、心配するな!」

 何かを言いかけたエリクシーラを即座に片手で制し、王子は自分に酔ったような優しい声を出す。


「お前を見捨てはしないとも。側妃として娶ってやるから、裏で私の補佐をすればいい! お前の好きな、地味な書類仕事は全部任せてやるぞ。どうだ、全てお前のためだ、ありがたい話だろう」


「お断りいたします」

 即答だった。

「えっ」

「お断りいたします」

 エリクシーラは繰り返す。


「なぜだ! お前のためだと言っているだろう!」

「お断りいたします」


 多数の生徒の前で、側室でいいという言質を取ってしまう計画だった王子は、ギリリ、と歯を食いしばった。

 これだけ注目を集めてしまってはもうあとに引けない。王子は威圧するように叫んだ。


「その態度は何だ! 今すぐ跪いて謝れ!! 私の厚意に感謝して提案を受け入れろ!!」


 「提案……」

 と目を伏せたエリクシーラを見て、王子が暗い喜びを滲ませてニヤリと笑う。

 ほらみろ、やっぱり私が好きなのだろう?

 自分の立場を思い知らせてやらねばならないな。 


 王子は、衆人環視の中、エリクシーラを傷つけるためだけに、一番嫌がるであろう言葉を告げる。


「泣いても許さんぞ! 跪け! 跪かないなら、婚約は破棄だ!」


 婚約破棄!?

 王子の言葉でホール内が驚きに揺れる。


 正妃入れ替えの話も大した失言だが、そこまでならまだ卒業式で浮かれたその場の冗談として、なんとかむりやり誤魔化す手もあっただろう。


 だが、婚約破棄となると冗談では済まない。


 王家の決めた家と家のつながりの話である。カルルの独断で決められることではない。

 なにより、クレイ公爵家に対する重大な侮辱である。

 ホール全体がザワザワと揺れ動き、何人かが護衛や侍従に耳打ちして外に走らせる。


(なるほどね?)

 一方、エリクシーラはのんびりと考える。

 わたくしがヒロインを虐めなかったから、こんなところに婚約破棄の理由付けが来たのね。ちょっと無理がないかしら。


 ニヤつきそうな頰を抑えるため、エリクシーラは閉じた扇子を口元に押し当てた。


「ほら、謝れ! 本当に婚約破棄されたいのか?」

 周囲の緊迫した状況に気づかないまま、王子はエリクシーラを跪かせようとその肩に手をかけようとした。


 無礼の上に無礼である。慌てて止めようと王子の取り巻きが駆け寄るが、エリクシーラがその手を扇子で弾き落とすほうが早かった。

(あらまあ、不敬)

 扇子を強めに握っていたため、思ったより勢いよく王子の手を弾き飛ばしてしまった。

(まあ、構いませんわね)

 エリクシーラは楽しくて仕方ない。


「お断りしますと申し上げました。わたくしもう、あなたのためには泣きません」


 エリクシーラは輝くような美しさでにっこりと笑う。


 入学以来いつも俯きがちで、ほとんど泣きも笑いもしなかった彼女の笑顔を初めて見た令息たちに衝撃が走ったが、次の台詞でさらなる衝撃がホール中に走る。


「婚約破棄、けっこうですわね、受けて立ちますわ。わたくし、悪役令嬢ですので!」


 受けて立つ!?


 彼女自身に婚約破棄を受け入れる権限はない、それは家長が持つものだ。

 と言うことは、この受けて立つ宣言は、公爵家への侮辱に対する宣戦布告!?

 ホールのざわめきは最高潮に達し、侍従に任せてはいられないと何人かは自身が外に走り出ていった。


(あー、大声で笑っちゃったわ、悪役令嬢らしくなかったかしら。でも楽しくて我慢できなかったんですもの!)

 再び扇子で口元を隠しつつ、エリクシーラは悠々と王子に背を向け、パーティー会場を後にしようとする。


 ぽかんと見送りかけていたカルルが、ハッと正気をとりもどし、素早く駆け寄ってエリクシーラの腕を乱暴に掴んで引き寄せた。


「待て!!」

「きゃあっ」

 エリクシーラはよろけて思わず悲鳴を上げ、ぐ、と悔しさに歯を食いしばる。


 か弱い乙女のように振る舞ってしまったわ、なんてこと、悪役令嬢の名折れだわ!


 カツッ! と音を立ててヒールで踏ん張り、エリクシーラは転倒を回避する。

 そのままグッと王子に向き合い、強く視線を合わせる。腕を掴まれたままなので至近距離だ。その距離で、挑発的に再びにっこりと笑ってみせる。


「あら、なにかご用でしょうか、カルル・バード・ヒースフィールド第二王子殿下」

「どういうつもりだエリクシーラ!」

「あら、もう婚約者でもありませんのに名を呼び捨てにするのはおやめいただけますか? カルル・バード・ヒースフィールド第二王子殿下」

「謝れば許してやろうと思っていたのに、その態度は何だ!」

「謝る……? 何に対してですの? 第二王子殿下が婚約破棄とおっしゃって、わたくしはご意向に従う旨お伝えしたはずですが? どこに謝る要素があるのかご説明いただけますか、第二王子殿下?」

「くっ、いちいち第二王子第二王子と……!」

「まあ」

 フフッと笑ってエリクシーラは一息大きく息を吸い、少し声を高める。


「王太子殿下に剣も魔法も勉学も人望も顔もスタイルも愛も勇気も夢も希望も敵わない殿下には、第二と言う単語がとてもお似合いですもの、ついお呼びしてしまいましたわ、お気に障りましたか、それはそれは失礼いたしました第二王子殿下」


 第二、をいちいち強調しながら一気に言う。

 まあ、わたくしったら、よく口が回りましたわ、偉いわわたくし!

 と、自画自賛していたエリクシーラは、続く王子の言葉に驚いて目をぱちくりさせた。


「ふざけるな! あんなやつ、剣でも魔法でも負けたことがないぞ!」

「えっ??」


 勝ててるの?


 何もかも王太子に敵わなくていじけたところから、ヒロインの力で立ち直るのでは?


 ゲーム知識との齟齬によっぽどキョトンとした顔をしていたのだろう、カルルはカッと頭に血を上らせた。

「嘘だと思ってるのか!? バカにするのもいい加減にしろ!」

 突き飛ばすように腕を離され、よろけたところに振り上げられた拳に、エリクシーラは身を強張らせる。


 しかし、王子の拳は、振り下ろされる前に何者かに止められた。


「いい加減にするのは君だ」


「誰だ無礼な……っ」

 怒りのままに振り向いたカルルは相手を確認して驚きに目を見開く。

「レ、レオングリン!?」

「レオンお兄様?」

 エリクシーラも同時に声を上げる。


 そこにいたのはエリクシーラの上の兄、レオングリン・クレイ小公爵だった。


 気づけば、何人もの大人がホールに踏み込んで来ていて、自分の子どもを守るようにホールから連れ出す者や、経緯を子どもに確認しつつ成り行きを見守る者たちでごった返していた。

 ここまでお読みいただいてありがとうございます!


 次こそイケメンラッシュ……?

 次からもう話はどんどん軽くなります。

 お気軽にお楽しみいただけたらいいな!


 ご評価、ご感想、いいね、ブックマークなど、頂けたら嬉しいです。励みになります!


 次もよろしくお願いします!

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