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28. 水も滴る悪役令嬢

微せくしぃお兄様回。……健康的に。

本日2話更新の2話目です。

来週からはまた毎週1話更新に戻ります。

「エリクシーラ様……、どうしたんですか……」

 別館までエリクシーラを呼びに来たミルキィベルは、従僕に案内されて2階の部屋に入ったところで呆然と立ちすくむ。


「ミルキィベル様! ご診察は終わりましたの? 魔力の具合はいかがでした?」

 ニコニコと笑いながらテラスから戻ってきたエリクシーラは、頭から水を被ったようにびっしゃびしゃだ。

「楽しかったねえー」

 とテラスで笑うシルヴァもびしょ濡れだ。

「何してたんですかシルヴァ様……」

「水遊びかな?」

 と答えて、あはははは。と笑う。

「遊んでませんわ! わたくし真剣に悪役令嬢の練習をしてましたのに!」

「そうだな、エリクシーラは頑張った」

 レオンも階段を上がってきて、話に加わる。こちらもびしょ濡れで、髪を掻き上げたせいでオールバックになっており、それがまた様になっている。

 シルヴァはテラスから部屋に戻る前にブルブルッと頭を振り、水を切る。乱れた髪が頬に貼り付き、鬱陶しそうにサイドの髪を耳の後ろに流す。

 水滴が光を弾き、キラキラとその顔を彩る。


 兄ふたりは、普段すらっと痩せて見えるのに、こうして白いシャツが体に張り付いているのを見ると、綺麗に筋肉が割れているのがわかる。レオンのほうが少し筋肉が厚いが、シルヴァもしっかり鍛えられた体付きをしている。

 エリクシーラは、豊かなパニエと胸元の張りのあるレースとフリルのおかげで、体の線が出すぎることもなく、上品さを保っている。


 あんなに濡れねずみになっていても誰も見窄みすぼらしくないのはなぜなのかしら……、と公爵家の格の違いにミルキィベルが遠い目をしていると、エリクシーラがワクワクと彼女を呼んだ。


「ミルキィベル様、ちょっと見てください!」

 エリクシーラはテラスに駆け戻り、テーブルの上のバケツを両手でえいっと突き飛ばす。倒れたバケツから水が溢れると同時に風魔法を発動し、ゴオッという音を立ててテラスに小さい竜巻を作る。

 水は強風に煽られて細かい粒となり、

「それっ!」

 という掛け声とともにテラスの手すりを越えて階下へと雨になって降り注ぐ。ドッシャア、という音が響き、近くの木々の葉が水滴を受けてバタバタバタッと音を立てて揺れた。


「どうです!?」

 と胸を張るエリクシーラは、自分の起こした小さな嵐に吹き乱され、より一層ビシャビシャになっている。

「なにがどうですなんです……?」

「ヒロインに2階から水を掛けるやつです!」

「あー………」

 ミルキィベルは指先でこめかみを押さえる。

「なるほどね……。でも、ご自身が一緒にビシャビシャになっちゃったら意地悪が成立しなくないですか?」

「あれっ? そうですね?」

 エリクシーラは不思議そうに首を傾げる。

「シルヴァお兄様、わたくし、なんだかどこかで間違ってしまったようです!」

 その言葉を聞いて、シルヴァは笑い転げる。

「霧状にしたあとに結界で包まなきゃでしょ? でもそんなに暴風雨にしちゃったらどうしようもないよね」

「確かに!」

「でも粒にまでできたのは頑張ったよね。次はもうちょっと細かくするのと、その粒に結界が張れるように練習しようね」

「はい!」


「…………まあエリクシーラ様が楽しいならいっか……」

 ミルキィベルは諦めたようにため息をついた。


 ずぶ濡れの絨毯じゅうたんを見つめて悲しそうにしている従僕に謝り、シルヴァが温風で人も絨毯も乾かしてから、皆で本館に向かった。


   *   *   *


 話を聞いた公爵は、風邪を引いたらいけないと、急いでお風呂の用意をさせた。

 三人がそれぞれの部屋で入浴している間に、簡単な昼食を用意するよう言いつける。


 その待ち時間に、ミルキィベルと公爵は庭に出て、ふたりでお茶をとっていた。

 メイドもアレイズも居るが、シーンとしたお茶の席は気まずいことこの上ない。


「……エリクシーラはどうしてしまったんだろうな」

 気まずさを誤魔化すように、公爵がミルキィベルにぽつりと小声で愚痴る。

「遊んでただけですよ、心配ありません」

 ミルキィベルは、ファーヴァを手元で遊ばせながら軽く答える。

「あの年齢としになって水遊びだぞ? 神官長には心身ともに異常は見当たらないと言われたが、だがあの様子は……」

 続く言葉を飲み込んで、公爵は目を伏せる。


「……本当に問題ないと思います。エリクシーラ様は自分で何とかしようとしているんです」

「……自分で?」

「婚約破棄で全否定されてしまったここまでの人生を、悪役令嬢という役を作ってやり直してるんだと思います。

 友だちと一緒に他愛のないお喋りをしたり、お兄様方と遊んで騒いで大笑いしたり。そうやって、駆け足で子どもからやり直して、それで人生を立て直そうとしているように見えます」

「そう……なのか……?」

 公爵が驚いた顔でミルキィベルを見る。ミルキィベルは、ファーヴァに目をやったまま優しく笑う。


「さっきの神官長様のお話で分かりました。

 公爵様もお兄様も、国境の結界を維持するのに精一杯で、あまりエリクシーラ様を気遣う余裕がなかったのではないですか?

 エリクシーラ様はお寂しくて、それを今取り戻しているのだと思います。お兄様方もわかっていて付き合っているようです」

「そ……」

 そうなのか、と言おうとしたのか、そんなことはない、と否定しようとしたのか。公爵はそのまま言葉を止め、呆然とミルキィベルを見つめる。


「ただ見ててあげればいいと思いますよ。と言うか、あんなに可愛く笑うエリクシーラ様を見ておかないともったいないです!」

 ぱっと顔を上げて笑いかけてくるミルキィベルと正面から目が合い、公爵は目をしばたたかせる。

 その瞬間、ミルキィベルは、ハッとした顔をした。


「……そんな気がするだけですけどね! 間違ってたらごめんなさい! というか、生意気な口をきいて申し訳ありません!」

 踏み込みすぎた! と気づいたミルキィベルが、慌てて謝る。

「いや……」

 公爵が表情を緩め、小さく頷く。

「……君がエリクシーラの友だちでよかった、スイートベリー伯爵令嬢」

「いっ、いえ、あの、すみません、ありがとうございます……?」

「ずっとエリクシーラの友だちで居てくれたら嬉しく思う。……そうだ、なんならうちに養女に入るか?」

「シルヴァ様みたいなこと言い出した! いえ、ご遠慮いたします! 公爵令嬢なんて務まりません!」

「シルヴァがそんな事を……? そうか、ならばシルヴァの嫁になるのも良いな、どうだ」

「エリクシーラ様みたいなことも言う! いえ本当に絶対にわたしではムリですので!」


 その時、不意にアレイズがミルキィベルを椅子の背もたれ越しに後ろから抱きしめる。

「公爵閣下、ミルキィベルは……」

「あ、アレイズ様?」

「シャーッ!」

 ミルキィベルが驚きの声を上げると同時に、ファーヴァがアレイズを威嚇する。

 その声にハッとして、アレイズは慌ててミルキィベルから手を離す。

「あ、ごめん、つい。閣下、お話中失礼いたしました」

 深々と頭を下げるアレイズに、

「いや……」

 とだけ返す。


「こらっ、シャーしないの!」

「ごめんごめんファーヴァ、君の大事なミルキィを取ったりしないよ」

 シャーシャー言うファーヴァを宥めるミルキィベルと、苦笑いしながら謝るアレイズを見て、公爵はハッと気が付く。

「ああ、知らずにすまなかったな、ふたりは恋仲なのか」

「「違います!」」

「ニャーッ!」

 ふたりと一匹で声を揃えて否定する。声の揃いっぷりにミルキィベルは思わず笑って、ファーヴァの頭を撫でた。


「アレイズ様は兄みたいなものなので、心配してくれているんです。この間の騒動で再会してから、過保護がひどくなったみたいです」

 笑うミルキィベルに、アレイズは情けない顔をする。

「あんなに元気だったミルキィが見る影もなく萎れてべそべそ泣いてたからオレはショックだったよ……、領地にいる伯爵様よりずっと近くに居たはずなのに、何も気付かず助けてあげられなかった……」

「アレイズ様のせいではないです! それに、気づいたとしても王家が良しとしているものを覆すのは無理ですよ」

「いや、王家が良しとしていたわけではないが」

 ごほんと咳払いをして、公爵が頭を下げる。


「あの件は本当にすまなかった。学園に同行していた王子の側近からの報告では、カルル殿下と令嬢は両思いで、楽しそうに仲良く過ごしていると言う話だったのだ、それで……、私も君を少し不愉快に思っていた、本当に申し訳ない」

「ええっ!? どんな節穴……、いえすみません……」

「その節穴は降格の上前線の砦に送られた。安心してほしい」

「前線!?」

「いや、心配はいらない。今は平和だからな、単調すぎて暇なのと、昇進ルートから外れたのが辛いだろうが」

「ああ……、なるほど……、いえ……、でも……」

 ミルキィベルは眉をひそめて考え込む。


「ミルキィ、なにか不安かい?」

「アレイズ様、その方を前線に置いておかないほうが良い気がします……」

「なぜだ?」

 聞き咎めた公爵が不審げに聞き返す。

「あっ……、なんでもないです、なんかうっすらゾワゾワしただけで、なんの根拠もないので!」

「ゾワゾワ……」

「す、すみません本当に。父も災害とかに対してゾワゾワとか言うんですけど、うちのゾワゾワは3割くらい外れるのでお気になさらず……!」

「……7割は当たるということか。念の為確認させよう」

 ひええ大ごとにしてしまった……とミルキィベルは首をすくめて紅茶を一口のんだ。

 ファーヴァが、不安そうにニャアニャアと膝の上で鳴いていた。


   *   *   *


「ファーヴァ! なんで庭にいるんです?」

 神殿から帰ってきたリアムは、使用人門から入って本館に向かって庭の横を抜けようとした時、駆け寄ってきたファーヴァに気が付いた。

「にゃー!」

 飛びついてきたファーヴァを抱き上げ、目を上げると、ファーヴァを探しているのだろう、庭の向こうでキョロキョロしているミルキィベルが見えた。。

 リアムはファーヴァを抱いたまま、彼女の元へ向かう。

 頭の中では母との面会の場面を繰り返し思い出していた。


   *   *   *


「リアム、公爵様はお元気? エリィ様は? ああ、お会いしたいわねえ」

 母は寂しい目でひたすらこの言葉を繰り返す。

 神殿の奥の部屋で、神官長の治療を受ける母とともに、ただ時を過ごし、ただ別れて帰ってきた。

「お母様のご体調を思えば、元領地の近くに帰ることをお勧めしますよ」

 と神官長からは言われている。

 そして、

「……お嬢様がいたほうがお母様のお気持ちは鎮まるのかもしれませんけどね」

 と意味ありげに囁かれる。


 分かっている。


「そろそろ……、ですね」

 独り言のように呟いたリアムに、返事をするようにファーヴァがニャア、と鳴いた。

 ここまでお読みいただいてありがとうございます!


 細マッチョ萌え回。……になっているか? この心の中の熱い情景は伝わっているだろうか……!!(落ち着け)


 大神殿は聖女の神殿からそんなに遠くない。ちょっとした森を挟んですぐ隣。


 別館で部屋だけでなくレオンの通った廊下から階段まで、せっせと乾かしたシルヴァくん。

 結構大変だったけど、まず間違いなく焦がすレオンとエリクシーラに手伝ってもらうわけにもいかず、ひとりで頑張りました。


 お風呂の支度を3人分。

 3人一度にだもんで、各部屋にマットと猫足の浴槽を持ち込んで、衝立を立ててお湯を張って、それぞれメイドがついて体を洗ってお肌の手入れをしてお着替えをする。

 魔法があるからお湯張りとか大分楽ですが、お風呂はお風呂でメイドさんたちが大変でした。


 ……とドタバタしている間に行って帰ってきたリアムくん。まあまあゆっくりはしてた。


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 次もよろしくお願いします!

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