27. 悪役令嬢、訓練中!
「あーらごめんなさい、下にいるなんて気づかなかったわぁ」みたいなやつ。
本日2話更新の1話目です。
「いきますわよ、レオンお兄様!」
日差しの明るいテラスから、下に向かってエリクシーラが笑顔で声をかける。
「おう、来い」
地上からテラスを見上げて、レオンが答える。
「行くよエリィ、せえのっ!」
「はいっ!」
シルヴァに手伝ってもらって、エリクシーラはバケツをテラスの手すりから下へ向けてひっくり返す。
中の水が飛沫を散らしながら一気に流れ落ち、バシャーッと大きな音を立ててレオンの頭に掛かった。
「キャーッ失敗してしまいました! すみませんレオンお兄様!」
敢えて結界も張らずただ水を被ったレオンは、濡れた髪を掻き上げて、テラスを見上げる。水を散らして金髪がキラキラと輝く。
「大丈夫だ、もう一回いいぞ」
「ど、どうしましょう」
オロオロとするエリクシーラに、シルヴァはケロッと笑いかけた。
「レオンがいいって言うんだからいいんだよ、大丈夫大丈夫」
「は、はい、じゃあもう一回! レオンお兄様、ちょっと待っててくださいね」
シルヴァが魔法で水を出し、テラスの丸テーブルに置いたバケツに溜める。
「……ところで、なぜ直接水魔法で狙わないんだい?」
「お掃除で汚れたお水を掛ける意地悪だからですわ!」
「うわ……、それは酷いね」
「はい、なので、綺麗なお水でやるのです!」
「……?」
下で聞いていたレオンが首をひねる。
「エリィは意地悪がしたいのかい、優しくしたいのかい?……いや水を掛ける時点で優しくはないのか……」
シルヴァも論理が理解できずにいる。
「悪役令嬢として意地悪は義務なので! そしてバケツは様式美です!」
「……………???」
レオンはさらに首をひねる。シルヴァも首をひねったが、
「……まあいいか。はい、水溜まったよ」
と、エリクシーラの手を取ってバケツに添え、その手を包むように自分の手を重ねる。
「いま水面にしか結界張らなかったよね、そりゃ溢れるよ。全体をくるまなきゃ」
シルヴァの言葉に、エリクシーラはハッとする。
「それはそうですね! わたくしったら、なんて迂闊な……」
「いいかい、集中して……、不定形な液体を包むのは難しいからね……、何か具体的な形を思い浮かべて、その器の中に水を満たすような気持ちで……」
「んん……」
バケツの中で水がブヨブヨと波打つ。
一箇所が固まりかかったと思えば反対側がパチャッと音を立てて崩れ、なかなかひとまとまりにならない。
「難しいですわ……」
「うーん、具体的にイメージが出来てないのかな?」
シルヴァは一回手を離し、ひゅっ、と指を振ったと思うと、バケツの中から水が生き物のように立ち上がる。
「これは水魔法で水を操作しているだけ」
もう一度、今度は円を描くように指を振ると、水が球状にツルッと固まる。
「これが結界で包んだ状態」
さらにもう一度指を振る。
フワッと宙に浮いた水球が不意に弾け、エリクシーラに降り注ぐ。
「キャッ」
思わず首をすくめたエリクシーラの周りで、風がビュウと渦巻いたと思うと、水は風に吹き散らされて霧状になった。そして、見る間に小さい丸い粒になって、彼女を濡らすことなくパラパラパラッと音を立てて床に落ちる。ピンピンと小さい珠が跳ね回り、コロコロとテラスの端に転がっていく。テラス一面がキラキラした粒で埋め尽くされた。
「……これが風魔法で細かくして、小さく結界に包んだ状態。こういう事をやりたいんじゃない?」
パチン、と指を鳴らすと、粒が全て弾け、さあっとテラスを濡らした。
「……そうです! シルヴァお兄様、すごいです!」
エリクシーラが目をキラキラさせてシルヴァに尊敬の眼差しを向ける。
「できそう?」
「わからないですが頑張ります!」
シルヴァが再びバケツを水で満たし、エリクシーラは真剣にそのバケツに向き直る。
その時、テラス下から「あっつ!」と小さい声が聞こえた。
シルヴァが見下ろすと、レオンが慌てて炎を消しているところだった。ラフな白いシャツが濡れてぴったりと肌に張り付いている中、肘まで折り返してある袖の端が少し焦げている。
「あれは、服を乾かそうとして火魔法の操作に失敗したねえ。……レオンに似たタイプだと細かい操作は苦手かもなぁ、エリィはどっちに似てるかな」
シルヴァは苦笑いをして、テラスから下へ手を振りながらレオンを温風で包んでやった。
* * *
応接室では、エリクシーラに害をなしていた令息令嬢のリストアップ中だった。
まずリアムが名前を紙に書き出し、挙がった名前と神殿への相談内容を突き合わせていく。
「こちらと……、こちらの家は本気で謝罪してきていましたね、ご子息も一旦領地に下がらせ、厳しくしつけ直し中のようです。そちらはご令嬢自らが神殿にいらして、懺悔に生きるので修道院を紹介してくれと。親から切り捨てられたようですね」
神官長が神殿で得た情報を伝える。ミルキィベルは、リストを指さしながら学園での様子を話す。
「この方はいじめグループには居ましたが、むしろ仲間を諌めてました。家格が低いので聞いてもらえなかったようですが」
「こっちのこいつらはどうだ? こちらも家格が低いが」
「そいつらは、嬉々としてエリクシーラ様をいじめてましたね。頭が悪い分、性質が悪くて、足をかけて転ばせるとか並んで行く手を塞ぐとか、チンピラみたいな絡み方してました」
「……よし、潰そう」
「いやいや公爵様、簡単に潰さないでやってください」
リアムが口を挟む。
「物理攻撃をしてきた奴らは俺が陰でシメときましたから」
「そんな事してたんですか騎士様……。どうりでだんだん直接攻撃が減ってたんですね」
引くかと思いきや、ミルキィベルは笑顔でグッと拳を握ってみせた。
「貴族は潰されても自業自得かもしれませんが、領民がかわいそうですねえ……」
アレイズも口を出す。
護衛騎士ふたりとも、この場は無礼講ということで、自由な発言が許されている。ミルキィベルが萎縮して話せなくならないようにという配慮だったが、ミルキィベル本人は怒りに燃えていて萎縮どころではない様子だ。
「こう言ってはなんですが、カルル殿下の側近たちが一番、性質が悪かったです。頭の悪い方々も相当でしたけど、頭の良い方々の陰湿で非道な精神攻撃は、本当に見ててムカつきました!」
「ほう……」
「ここからここまでの方は、その側近方に言われて、書類を隠したりムダなクレームで呼び出したりしてましたが、たぶん逆らえないでやってただけで、罪悪感でいっぱいの顔をなさってました。この中には学園に来なくなっちゃった方も何人かいますので、一律に罰しては可哀想だと思います」
「うーむ……」
公爵は難しい顔をする。
「面倒になってきたから、まとめて潰してしまえばいいかと思っていたが、なかなか難しいものだな……」
「系列や派閥まで考えたらほぼ全貴族ですよ! 国政が滯るどころじゃありません!」
神官長が慌てて言う。
「わかっている、冗談だ」
「公爵が冗談……!!!!」
神官長が青ざめる。
「公爵、頭は痛くないですか、心臓は? ソファに横になってください、いま診ますからね」
「お前は私をなんだと思っているのだ」
「クソ真面目の堅物」
「ちょっと地位が上がったと思って、随分と言うようになったな」
「私は実際いま偉いんです」
ふふん、と胸を張る。
次いで、安心したように笑う。
「……張りつめていたのがだいぶ緩みましたね。ご令息方とお仕事を分担できるようになりましたものね」
「……ああ」
「四六時中、寝ている時も、常に国境の結界を維持管理するなんて、クレイ家はどうなっているんですか。いつ精神が焼き切れるかとヒヤヒヤしてますよ」
「先祖が少しずつ塗り固めてきた結界だ、うっすらと重ねて、見ていれば良いだけだ」
「それにしたって範囲が広すぎて、人間業には思えないですよ……」
「そういうお前も、ずっとクレイ家に治癒を送り続けているだろう」
「ああ、これは専属の頃からの癖になってるだけですね、無意識に発動しちゃってるんです、お気になさらず」
「そんなわけがあるか」
不機嫌に言う公爵に、神官長はふふっと笑う。
「まあ、たまに聖石をいただければ」
「……仕方ないな」
ふう、と公爵がため息を吐く。
「さて、そろそろ神殿に帰らないとまずそうな気がします」
神官長が渋々腰を上げる。
「一応、身分を問わずが原則の学園内で起こったことです。内容が内容だけに王も怒ってますし、ある程度の処罰は仕方ないと思いますが、子どもたちにも更生の機会を与えてあげてくださいね」
それだけ言って、扉へ向かった神官長は、ふと振り返る。
「あ、リアムくんを借りていっていいですか? ちょうど面会日なので」
「ああ……」
公爵は複雑な顔をして、リアムに目で合図をする。
「……行ってまいります。昼過ぎには戻ります」
リアムは頭を下げて、神官長と一緒に出ていった。
「面会?」
不思議そうに問うミルキィベルに、
「……あいつの母親が神殿に来るのでな」
渋い顔で、公爵が答えた。
ここまでお読みいただいてありがとうございます!
レオンは、結界に包まれた水がぶつかるとエリクシーラの嫌いな音が出るので、敢えて結界を纏ってない。
決してびしょ濡れのイケメンを書きたかったわけではない。濡れた髪を掻き上げるのが萌えとかは関係ない。たぶん。
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