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26. スイートベリーさんちの事情

ミルキィベルがわりとあっさり公爵家に受け入れられた事情。

本日2話更新の2話目です。

「えっえっ、あのポヨポヨのほえほえのお父様が? 魔族と戦ったんですか?」

 ミルキィベルが目をまん丸にして言う。


「ポヨポヨのほえほえ……」

 小柄で小太り気味でいつもニコニコしている、無害な小動物のようなスイートベリー伯爵を思い浮かべ、ぶっ、とアレイズが吹き出し、公爵は咳払いをして顔を整える。

「……たしかに穏やかな雰囲気をお持ちの方だが、国を守る意思は強いお方だ」

 そこで一回目を伏せ、戦いを思い出しているのか一瞬暗い眼をする。が、すぐに表情を消して目を上げた。


「先の魔族との大戦の折、豊かな農地を持つスイートベリー家が、手元にあった農作物を全て無償で前線に提供してくれたのだ。領民が飢えないギリギリを残して、販売分も、備蓄もすべて。

 税も徴発も厳しかったろうに、借金を抱えることになってまで、領民とともに荷車を押して、前線近くまで運んでくれた」

「ええっ!? 前線まで?」

 心底意外そうに声を上げたミルキィベルに、シルヴァが、

「ミルキィベルちゃんはまだ生まれてなかったろうからねえ、知らないよねえ。まあ僕らも小さい頃噂で聞いただけだけど」

 と笑う。


「でも……、でも前線なんて」

 ミルキィベルが青ざめたので、アレイズがその背中に手を置いて、小声でそっと話す。

「大丈夫だよ、前線の後ろの補給基地までだ」

 そして、縋るように目を上げたミルキィベルに笑いかける。

「スイートベリー家の領民は強いからね。みんな自主的に行くと言って聞かなかったそうだし、実際誰にも被害は出なかったって」

 そこでアレイズは、いたずらっぽくニッと笑う。

「うちの領民も負けてないけどね。今度、領地対抗雪合戦でもやろうね」

「雪合戦で強さが分かるんですか?」

 ふふっ、とふたりで笑い合う。

 ミルキィベルが笑顔になったのを見て、公爵が続ける。


「そうだな、スイートベリー殿も領民たちも、本当の意味で強い。

 あれは本当に助かった。戦いが思いがけぬほど長引き、疲弊した前線に笑顔で届けられた大量の糧食が、どれほど士気を引き上げたか。

 ただ腹を温めたというだけではない。疲れ果て、だんだん戦う意義を見失ってきていた騎士たちの心に染み入り、胸の奥から熱くなった。

 あれのおかげで勝てたと言っても過言ではない。前線で剣を振るわなくとも、国を守ることが出来ると示した立派な例だ」

 公爵がミルキィベルに目を合わせて真摯に言う。


「そのせいで貧乏になってしまい、一部貴族からは見下されていたようだが、スイートベリー家は王家ですら一目置く家だ」

「ええええっ!?」

「王は報奨を与えようとなさっていたのだが、スイートベリー殿が固辞されてな。戦後の復興を優先してそちらに資金を回してくれと。それで遅れて十年も経ってから陞爵しょうしゃくということになったのだ。それすら遠慮されていたが、王が押し切った」

 ふ、と公爵が笑う。


「小柄な身体で恐縮しているスイートベリー殿に、笑顔でかるようにして陞爵しょうしゃくを承諾させた王の姿は、タヌキを丸かじりにしようとしているライオンのようだったと、後に噂になったものだ……、あ、申し訳ない、陰口ではないのだ、伯爵本人がそう言っていたので広まってしまってな」

「お父様ったら……」

 ミルキィベルが恥ずかしそうに頬に手を置く。


「凶作の際には、他領にも惜しげなく備蓄を放出するのでいつまでも貧乏と言われるのだろうが、尊敬している貴族も多いぞ」

 レオンも言う。

「あのお父様が……、いやぁ……、そうなんですね……びっくりです」

 思いがけず持ち上げられて、ミルキィベルは照れながら困惑する。

「お父様も……、そういう事をちゃんと話してくれたらいいのに……」

「おじさんは当たり前のように自然体でやってるからねえ、説明する必要も感じてないんだろうねえ」

 アレイズがミルキィベルに言い、公爵も頷く。

「本当に稀有なお人柄だ」

「流石、素直でお可愛らしいミルキィベル様のお父様ですね!」

 エリクシーラもニコニコと言う。


「いや褒めすぎです、こないだご飯食べすぎてお腹壊して、お母様に叱られてましたよ、普通の人ですよ」

 慌てて謙遜したが、ミルキィベルは照れつつもちょっと嬉しそうだ。その様子を皆で微笑ましく眺めながら、

「いやいや、聖人と言うのはああいう方を言うと思うな」

 とシルヴァも続ける。そこへ。


「聖人をお呼びになりましたか」


 ばーん、と扉を開けて、神官長が唐突に登場した。


「呼んどらん」

 即座に公爵が不機嫌そうに否定した。


   *   *   *


「朝っぱらから家族水入らずの食堂へ乗り込んでくるとは、なんのご用ですか猊下」

 急いで応接室を整えさせて神官長を案内し、不機嫌に公爵が言う。

「ひどいですね! 暇を見てミルキィベル殿の魔力回路の解析に来ると言っておいたではないですか!」

「こんな朝から暇なんですか」

 冷たくあしらう公爵に、神官長は据わった目を向けた。


「……どこぞの公爵がどこぞの侯爵家のご子息を拉致監禁したと早朝から大騒ぎだったので逃げてきました」

「ほう、それは大変でしたな」

「……東門の外に穢れがこびりついてましたので浄化しておきました」

「おや、掃除はさせたのですが」

「掃除では消せない恐怖と不安と怨嗟がこびりついてましたよ、よりによって神官長わたし専用の門の横に……。なんの嫌がらせかと思いました」

「それはそれは、申し訳ありませんでした」


「申し訳ありませんじゃないですよ! 気をつけろと言った矢先に問題を起こして!」

「気をつけていたから気がついたんです、ご忠告ありがとうございました」

「そんな強硬手段に出ろなんて言ってないですよ……、穏便に済ませてくださいよ……」

「勝手に結界に挟まれたものまで責任は取れませんね」

「わざとのくせに!」


 そんな会話を続けているうちに、他の者たちも慌てて食事を済ませて身支度を整え、順次応接室に集まってきた。


「……全員集まる必要など無い、スイートベリー伯爵令嬢と魔獣だけで良い」

 公爵が不機嫌に言う。

「ええっ、ミルキィベル様がここに残るならわたくしも……」

 エリクシーラが不満を言いかけたが、

「承知しました」

「よし、エリクシーラ、あっちに行こうか」

「アレイズは残れ」

「はい!」

「俺も残って良いですか、お茶も淹れます」

「そうだな、リアムも残れ」

「はい」

「では神官長様、失礼いたします」


「あらあらあら……?」

 エリクシーラはあれよあれよと言う間に応接室から連れ出されてしまった。

 ばたん、と応接室の扉が閉じられ、エリクシーラと双子の兄だけが廊下に取り残される。

「あの……、お兄様?」

「はいはい、何して遊ぶ?」

「えっ?」

「待ってる間暇だからね、悪役令嬢ごっこをしようか、ミルキィベルちゃんの代わりにヒロイン役付き合うよー」

 シルヴァの言葉に、エリクシーラは目を輝かせる。

「じゃあ、じゃあ、2階から水をかけるのをやってみたいです!」

「おっけーおっけー、そしたら別館の方に行こうか、あっちの南向きのテラスが見晴らしがいいんだ」

 キャッキャとシルヴァに付いていくエリクシーラの後ろを歩きつつ、レオンは不安げに応接室を振り返った。


   *   *   *


「さて、話を聞こうか、神官長」

 腕を組んで公爵は椅子に深く掛ける。

「え、私、ミルキィベル殿を診察に来ただけですが」

「そんなことはどうでもいい、侯爵家は何を言ってきた」

「あー……、その話ですか」

 そこへ、ミルキィベルが噛み付くように口を挟む。

「侯爵家ってことは、ケニー様ですよね? あの方、家格が上のエリクシーラ様に意地悪して自己肯定感上げてるとこありましたから、今回のことでめちゃくちゃ逆恨みしてきそうです! 害虫には早め早めの対応です! 状況を教えてください!」

「侯爵家ご令息を害虫って……」

「例えですよ、ただの例え!」

 アレイズがたしなめようとしたが、ミルキィベルはプンプンしていてろくに聞いていない。


「状況……。私が聞いたのは、公爵家が娘の婚約破棄を逆恨みして王家に反旗を翻そうとした、それに気づいて探りを入れに行った侯爵家の子息を拉致監禁した、勇敢にも戦って逃げ出した子息が父の侯爵にその事実を訴え、大神殿にその旨を報告に来た、という…………、私が言ったんじゃありませんよ! 殺気を向けないでください!!」

 淡々と説明していた神官長は、公爵の怒りに悲鳴を上げる。


「へえー、面白い創作話ですねーえ、どこの劇場で公開かしらー、売れなさそーう」

 ミルキィベルが怒りを滲ませた笑顔で言う。

 にゃっ……、とファーヴァが怯えたような声を上げた。

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