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25. 不穏な気配

そろそろ事件でもいかがですか。なんて。

本日2話更新の1話目です。


「ああ、エリクシーラ、大丈夫か、すまん、つい」

 思わず机を叩いてしまってから、公爵は慌ててエリクシーラを気遣う。

「大丈夫ですわ、ちょっとびっくりしただけです。この程度で怯みませんわ、わたくし、」


「「悪役令嬢ですので」」


 ミルキィベルが声を合わせてきた。

 驚きに目を見開いて、エリクシーラはミルキィベルと視線を合わせ、次いでふたりで声を立てて笑い合った。

「いやですわミルキィベル様」

「だって、エリクシーラ様の決め台詞になっているんですもん」

 楽しそうに笑い合うふたりにホッとして、公爵は肩の力を抜く。


 そんな様子には一切構わず、神官長はメガネを外してファーヴァをじっと見つめた。ファーヴァは不安そうに身を捩るが、消滅させると言われたことが分かっているのか、攻撃的な行動は取らない。ただ居心地悪そうに、神官長に捕まえられていた。


「……ミルキィベル殿と同様に、この魔獣も内側からエリクシーラ殿の聖力を感じますね。内側から強化されているので、結界が解きにくいのだと思います」

「は……? どういうことです猊下」

 言葉を丁寧に戻して公爵が問う。

「どういうこともなにも、言葉のままの事象です。原因の究明はこのあとの話ですね。神殿の研究棟に連れて帰っても良いですか」

「ダメです」

 間髪入れない公爵の返事に、むう……、と不満げな顔をして、神官長はメガネを掛け直す。

「……まあ、仕方ないですね。魔獣をホイホイ連れ出すわけにいかないのはわかりますので」

 そして、ファーヴァをミルキィベルに渡して席を立つ。


「ではまた、明日か明後日、時間が取れたら参ります。最近ちょっと忙しくて、隙を見て抜けて来ますね」

 公爵も見送るために席を立つ。

「お忙しいですか。ご無理なさらない程度に一刻も早くスイートベリー伯爵令嬢を治してください」

「気遣ってくれているのか急かしているのか、どちらかにしてもらえませんか」

 神官長は苦笑する。

 エリクシーラとミルキィベルも立ち上がったが、神官長にここで良いと言われ、その場で礼をして神官長を見送った。


「……そもそもクレイ家のせいで忙しいんですよ。公爵の不興を買ったと、執り成しを頼む貴族が次々と訪ねてくるんです」

 玄関に向かう廊下を進みながら、神官長が愚痴る。

「ああ……、放っておいていいですよ、子の躾も出来ない家門です」

「ほう……」

 神官長はちらりとエリクシーラのいる部屋の方を振り返った。

「そういえばエリクシーラ殿と同年代の子がいる家ばかりですね、なるほど、そういうことですか」

 ふう、と困ったようにため息をつき、神官長は声をひそめる。


「……親から罰せられた子どもたちが不満を溜め込んでいるようですよ。くれぐれも身の回りにご注意を。子どもというのは、何をしでかすか分からないものですからね」

「……ご忠告ありがとうございます。警戒を強めます。……このに及んでまだ反省もせず、ですか……。親へももう一度圧力をかけておきましょう」

「それはやめてください、また訪問客が増えるじゃないですか」

 

 そのまま、車寄せまで同行し、神官長を乗せた馬車が神官専用の門の外へ去るのを見送って、公爵は不審げに眉をひそめる。外から様子を伺っていたらしい誰かの影が、門の向こうにさっと隠れるのを見て、うんざりしたようにため息をつき、門のあたりに結界を張り直した。


   *   *   *


 その日の夜中。

「……ん?」

 人気のない門のあたり、影がふたつ通りかかり、泣き声に気づいて木陰に隠れる。

 門の前は深い森になっており、その泣き声は他の誰にも気づかれる気配はなかった。


「……良いねえ、種を蒔くにはちょうどいい」

「お嬢様に危険のないようにしてくださいよ」

「お前はそればかりだな。多少の危険は仕方がない。お前が守れば良いだろう」

 言いながらトコトコと泣き声の主に近づく。

 驚いたように泣き声の主がこちらを見た時、ちょうど月に雲が掛かり、辺りが闇に包まれた。

 夜闇の中でも光る目を向け、悲鳴と化した泣き声を無視して、その影は術を発動した。

 影のもうひとつ、リアムは、木陰に隠れたまま、悲鳴がやがて恨みを込めたうめき声になっていくのを、ただぼんやりと聞いていた。


   *   *   *


「おはようござ……」

 次の朝、玄関ホールに降りてきたエリクシーラは、その景色を見て階段の途中で動きを止めた。


 見覚えのある男子が、ホールの真ん中に座り込み、まわりを公爵と双子の兄が囲んでいる。公爵はきちんとマントを付けた宮廷服、兄ふたりはラフな格好だ。

 男子は仕立てのいい服を着ていたが、なぜかびしょ濡れで、へたり込んだままべそべそと泣いている。


「……ケニー副会長?」


 エリクシーラの声に反応して全員が階段を見上げる。

 副会長と呼ばれた彼はびくりと身を縮めるように自分の泣き顔を隠し、公爵は慌てて前に出て、

「早かったなエリクシーラ。見なくていい、こんな穢らわしいものを視界に入れるな」

 とマントを広げた。


「そんなことをおっしゃいましても、もう見てしまいましたわ。学園の生徒会副会長ですわよね?」

 優雅に階段を降りてきたあと、カツンとヒールの音を立ててホールに降り立ったエリクシーラは、公爵を見上げて、

「何がありましたの?」

 と聞いた。


「エリクシーラ! お前のせいで私は学園を辞めさせられることになったんだぞ! 新学年から会長になる予定だったのに! 私の将来が台無しだ!! この悪女が!!」

 涙の跡の残る顔で、噛み付くように叫んだケニーは、次の瞬間分厚い結界に閉じ込められる。

 強い圧力のかかるレオンの結界の中で、ガラスに閉じ込められた標本のようになったケニーは、助けを求めて目だけをギョロギョロさせた。


「……お兄様、これ、ケニー様、息できています?」

「エリクシーラと同じ空気を吸わせたくないのでな」

「さすがによろしくないのでは……。ケニー様は侯爵家のご子息ですし……」

「別にいいだろう、エリクシーラをいじめた男だ」

 のんびりとそんな会話をしているうちに、ケニーの目が徐々に血走り、表情が恐怖に染まっていく。

「まあまあ、そこまでしなくてもね」

 シルヴァが軽く結界に触れると、ザラリと結界が崩れて消える。

 ケニーはドシャリと音を立てて床に倒れ込み、胸を掻きむしるようにして息を吸う。ヒイヒイと声を立てて呼吸を続けるケニーを見下ろすように首を傾げ、エリクシーラは、

「こんな早朝から、なぜこちらにおいでですの? なにかわたくしにご用でしたでしょうか。あ、生徒会の書類に不備などございました?」

 とのんきに聞いた。


「こいつはさっき学園を辞めさせられたと言っていたろう……」

「あら、あれは本当ですの? あんまり本当のことを伝えてくださらない方でしたので、また何かわたくしに苦情を言うための嘘かと思いました」


 その瞬間、ぶわっ、と玄関ホールに殺気が満ち、びくりとケニーが身を縮める。


「……やっぱりレオンの結界に閉じ込めたまま、侯爵家に送り返そうかな」

 シルヴァがニコニコしながら、平坦な声で言う。

「死んだらまずいからな、全裸にして頭だけ結界から出して、荷車で王都をひと回りさせて送り返そう」

「全裸? なぜ?」

「暖かい時期とはいえ、びしょ濡れで風邪を引いたら気の毒だからな、脱がせて結界にはめ込んだほうが寒くない」

「なるほどですね!」

「ふざけるな!」

 懲りないケニーが叫び、公爵に睨まれて泣きそうな顔で目を逸らす。


「……此奴こやつは昨日、この城の東門のあたりでウロウロしていてな、不審者かと思い結界を強化しておいたんだが、どうやらうっかりその結界に挟み込んでしまったようだ」

「東門は神官しか使わないからな、神官長が帰ったあと父上が結界で塞いだというから、衛兵の巡回ルートからも外してしまってな」

 公爵とレオンが淡々と説明する。

「そのまま一晩放置してしまうなんてねぇー、いやー、父上は本当にうっかりだなぁー」

 シルヴァも、棒読みで言う。

「一晩!」

 エリクシーラが素直に驚きの声を上げる。

「それでびしょ濡れですの? 雨でも降りましたか?」

「いや、私の板状結界プレートにぴっちり挟まってしまっていたようでな、身動きの取れないままトイレにも行けず……」

「それ以上言うなあ!」

 ケニーが顔を真っ赤にして叫ぶ。


「……家格が上の当主に対しての口のきき方を習わなかったのか?」

 公爵が青筋を立ててケニーを睨む。

「まあまあ、父上、男の子のプライドがあるんでしょう。せっかく外でじゃぶじゃぶに水をかぶせて誤魔化してあげたのに、またらしては台無しですよ……、あっ言っちゃった、ごめんねボク」

 シルヴァの言葉に、ただパクパクと口を開け閉めするだけの機械のようになったケニーは、真っ赤な顔で再び目にいっぱい涙をためていた。


   *   *   *


 朝食の席でその話を聞いたミルキィベルは、

「えっ……、それって……」

 と、公爵の顔色をうかがった。


 今日はこれからまた悪役令嬢勉強会をやる予定なので、朝食から公爵家が揃っている。ミルキィベルも公爵家にだいぶ慣れたので、一緒に食事を取っている。

 朝の騒ぎで大分遅い時間になってしまったが、急ぐこともないので、皆でのんびりと食事をしながら、朝の出来事を笑い話のように話題にしていた。


「アレはうちの屈強な騎士をつけて送り返した。侯爵にも丁寧に挨拶するように言いつけてな」


 それだけ言って、しらっとした顔で食事を続ける公爵に、ミルキィベルは何かを確信し、

「……エリクシーラ様、もしどこかにお出かけになるときはわたしにもお声をかけてくださいね、一緒にお出かけしましょう、絶対ですよ、ひとりで出かけたりしないでくださいね」

 と強めに約束させた。


「出かけますか? 一緒に? どこに? いつ?」

「そうですねえ、行き先はゆっくり考えましょうね。あ、ひとりで下見とかに行ったら怒りますからね、一緒に行くのが良いんですから」

「まあ、そうですわね、じゃあー……」

 空気を察せずワクワクと言うエリクシーラを上手くいなしているミルキィベルを見て、シルヴァは

「ミルキィベルちゃんって世間知があるよねえ……。エリィよりよっぽど世渡りが上手そうだ」

 と感心している。

「うむ、エリクシーラはいい友だちをもった」

 と、レオンも頷いている。

 ミルキィベルはぴょこんとふたりへ振り向いて、

 「ほぼ庶民の末端貧乏伯爵家の娘ですからね、生きる力はありますよ!」

 と、自虐なのか自慢なのかわからない返事をする。

 そして、目の前の食べ物を口に運びながら、

「子爵のままのほうが楽だったのになぁー。貧乏子爵家が貧乏伯爵家になったって、いいことなんてない気がするのに、なんでお父様は伯爵なんかになったんだろう……」

 と、何気なく愚痴った。


「……知らんのか?」

 聞き咎めて公爵が驚いたように片眉を上げる。

「へ? なにをです?」

「スイートベリー家が伯爵に上がった理由だ」

「えっ?」

 きょとんとしたミルキィベルに、公爵は眼前の食べ物をどけ、椅子にしっかり座り直してミルキィベルと向き合う。


「スイートベリー家は、先の魔族大戦の勝利に寄与した影の立役者、いわば騎士たちの命の恩人だ」

「ええっ!?」

 ミルキィベルは心底驚愕した声を上げた。

 ここまでお読みいただいてありがとうございます!


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