24. 神官長は研究がしたい
神官長は研究者気質。
本日2話更新の2話目です。
「……うーん、急に聖なる力に目覚めたせいなのか、魔力の回路が絡まってしまってますね……。初めて見る症状なので、治癒まで少し研究のお時間をいただいていいですか?」
少し首を傾げて、神官長は公爵に向かって言う。
「構いません。その娘は聖女ですか?」
「まだわかりませんが、その可能性はありますね」
「ああ、でしたら是非急いで治してやってください」
憮然と言う公爵に、神官長はプッと吹き出した。
「まだエリクシーラ殿が聖女候補であることが不服なのですか? 聖公家当主ともあろうお方が!」
言葉は強いが顔は面白がるようにニコニコしている。公爵は、む……と唸ったきり口を噤む。
「聖石を生み出す奇跡をお持ちのお嬢様が、他の聖女が出たからといって聖女候補から外れることはないと思いますよ?」
「……だが他に聖女が居ればエリクシーラは領地に連れ帰れる。聖石だけたまに神殿と王家に献上すれば文句はなかろう」
うーん、と神官長は苦笑し、
「まあ、このご令嬢の聖力がどのくらい強いかによりますね」
とミルキィベルを振り返る。
「……おや?」
見れば、ミルキィベルはアレイズに隠れるように掴まって、青い顔をしている。
「…………、ああ、すみません、恐ろしかったですか」
神官長は、グラスコードで首から下げたメガネを急いで掛け直す。
「……えっ」
「すみません、こんな変な色の瞳を間近でお見せして。裸眼でないとどうしても魔力の流れが良く見えなくて」
「えっ……、あっ! いえ! そ、そんな意味では」
単に聖女認定されたら怖いと思っていただけのミルキィベルは、その誤解に慌てたが、神官長は笑顔で片手を上げて彼女の言葉を制す。
「気を使わなくて大丈夫ですよ、気持ち悪いと言われ慣れていますので」
「そんな……、そんなことは」
「幼い頃のエリクシーラ殿にも大泣きされましたからね」
神官長はいたずらっぽくエリクシーラに笑いかける。
「まあ!」
急に話を振られたエリクシーラは驚きの声を上げる。
「わたくしったら、そんな失礼を? あら……まあ……、覚えておりませんわ」
申し訳無さそうに神官長を見上げたエリクシーラは、不思議そうに頬に手を当てる。
「……でも、猊下の瞳はこんなにお美しいのに、わたくし、なぜ泣いたのかしら?」
「おやおや」
今度は神官長が大げさに驚く。
「あんなに怖がって泣いていらしたのに、今は美しいと言うのですか?」
「えっ?」
その言い方になにか引っかかって、エリクシーラはきょとんと神官長を見る。
神官長は本当に楽しそうに、ただニコニコと笑っていた。
* * *
「とりあえずこのご令嬢を神殿に連れていきますね」
「えっ」
ミルキィベルが目を丸くする。
「待ってください神官長猊下、ミルキィベル様を連れて行ってしまわれますの?」
「この症状を改善するためには先ず聖力の状態を細かく観察しなければいけませんからね、大神殿の研究棟に連れて行かなければ」
「あの……、どのくらいの期間そちらにお連れになります? 一日? 三日? まさか一週間?」
「さあ……? 研究が終わるまでですかね」
「お待ち下さい猊下、それは一生という意味ではありませんよね?」
エリクシーラと神官長の会話に、慌ててレオンが口を挟む。
「あー……」
と神官長は一瞬困ったように目を逸らしたあと、
「……いえ、まさかまさか。そんなわけないでしょう」
はははは、と取り繕った笑顔でレオンに答える。
「それに、どうせ聖女になったら神殿に住むことになるんですから、それがちょっと早まるだけだと思っていただければいいですよ」
「一生閉じ込める気満々じゃないですか!?」
シルヴァが言い、うわあああん、とミルキィベルが泣き声を上げた。
* * *
「一生とは人聞きが悪いですね……。神殿は出入り自由ですし、結婚して出ていく聖女もおりますよ……」
ぶつぶつと言う神官長を無視して、皆でミルキィベルを慰める。
結局、ミルキィベルはファーヴァの世話があるから『聖女の城』を離れるわけにはいかないという公爵の判断で、神官長のほうが城に通うことになった。
「助かりました……」
と言いながらも半べそのままアレイズの背中にしがみついて離れないミルキィベルを、アレイズは引き剥がすでもなく受け入れている。
「良かったねえミルキィ」
ほのぼのと寄り添い合うふたりを見ながら、エリクシーラは首を傾げる。
(本当に、幼馴染騎士様ルートはないのかしら……)
頑張って記憶を辿ってみたが、そこに何も引っかかるものはなかった。
* * *
なし崩しに悪役令嬢勉強会は解散となり、王子たちと双子の兄は王宮へ向かい、その他の皆は応接室に戻った。
公爵は、エリクシーラたちが神官長に無礼のないように……、という建前で、本音は神官長が無茶をしないよう、見張りとしてこの場に残っている。
ミルキィベルの聖力が確認できるまでは内密に、ということで、新しく茶器を整えさせたあとメイドたちは退室させ、再びリアムがお茶を淹れる役割を引き継いだ。
今度はきちんとお茶菓子付きである。エリクシーラは嬉しそうに焼き菓子をいくつかミルキィベルの皿に乗せ、満足げに微笑んだ。
「……親鳥ですか? 餌付けですか?」
ぽそりとミルキィベルが呟き、背後でアレイズが笑いをこらえてぐぅっと変な声を上げた。
お茶が入るか入らないうちに、神官長はテーブルから立ち、ミルキィベルとファーヴァの回りをウロウロし始める。
「猊下、落ち着かれてお茶でもいかがですか」
公爵の言葉も耳に入らないように、神官長はミルキィベルの膝からファーヴァを抱き上げてジロジロと観察する。不意に脚に手を伸ばされたミルキィベルがヒッと声を上げたのにもお構いなしだ。
「エリクシーラ殿は意識せずこの魔獣に結界を張られたのですよね? まだ解くことは出来ないのですか?」
神官長からの問いに、エリクシーラは深く頷く。
「はい、何度か試しましたが、自分の結界なのに弾かれるような手応えで……。父が申しますには、まだ使える力が弱いのだろうと」
「なるほど……」
神官長は顎に手を当てて考え込む。ファーヴァを空いている椅子の上に下ろし、片手をメガネに掛けてから、あ、と小さく声を上げ、ミルキィベルに向き直った。
「ご令嬢、すみませんがメガネを外してもよろしいですか。気持ち悪いようならば目を瞑っていていただけるとありがたい」
その言葉に、ミルキィベルは飛び上がるように背筋を伸ばす。
「あっ! 全然! 全然気持ち悪くなんてないです! と言うか、鏡のようなお目が青空と太陽を映して、吸い込まれるようにキレイでした! 正面から見たときは自分が映ってゾワゾワしましたけど! いやあの、つまり、どうぞお気遣いなく!」
わたわたと手を躍らせて、ミルキィベルは一所懸命に悪感情がないことを伝える。
「ゾワゾワ……」
神官長がそこだけ復唱する。
「あっ! いえ! 神官長様にゾワゾワしたのではなく、ものすごく近くに自分の顔を見たのが気持ち悪いと言うか、あっ、神官長様の瞳が気持ち悪いのではなく!」
「ミルキィミルキィ、落ち着いて」
「あっ、も、申し訳ありません……」
ミルキィベルの座る椅子のすぐ後ろに立っていたアレイズに小声で取りなされて、ミルキィベルはハッとして神官長に謝る。
神官長が苦笑して頷き、メガネを外してファーヴァに向き合ったので、ミルキィベルはホッと胸をなでおろす。
「アレイズ様ぁ……」
と小声で呼びかけながら、上半身だけ振り向くようにして、アレイズの腹あたりに顔を埋めた。
「礼儀作法……無理ぃ……」
「よしよし、頑張ろうな」
小声でやりとりするさまが微笑ましく、エリクシーラはニコニコとその様子を見つめる。
一方、神官長は、メガネを外して瞳を煌めかせつつ、ファーヴァに目線を向ける。
だが、ファーヴァはそのチラチラと光る目を嫌がってか、ぴょいと椅子から飛び降り、部屋の隅へテテテッと走っていってしまう。それを追いかけて神官長が足を踏み出し、椅子に思い切り躓く。
ガタン! と大きな音がした。
「猊下! 大丈夫ですか、メガネを外すとほとんど見えないんですから、お気をつけください」
慌てて公爵が駆け寄り、その腕を支える。
そのまま神官長を椅子に座らせ、
「私が捕まえて来ますから、じっとしていてください」
と、ファーヴァを追っていく。
「あはは、恥ずかしいところをお見せしましたね。この瞳はキラキラと光を反射してしまうので、前がよく見えないのですよ」
メガネを一旦掛け直してから、エリクシーラに話しかける。
「えっ……」
「ああいや、空気中の魔力の流れは見えますので、その動きで障害物の在処も大体わかります、それなりに不自由はありません。今はちょっとファーヴァくんに意識を取られすぎましたね」
口を開いたエリクシーラを止めるように、神官長は微笑んで言う。
「そして、このメガネは魔法がかかっていて、瞳の反射を抑えてくれるのです」
「そうなのですね」
エリクシーラは頷く。そこで、意味ありげに神官長が声を潜める。
「……エリクシーラ殿が聖石をくだされば、もっとよく見えるようになるのですが」
「えっ?」
神官長はテーブル越しに、エリクシーラに向かってぐっと身を乗り出す。
「覚えていませんか? 初めてお会いしたとき、この目を見て、怖いと大泣きされて。祝福のためにエリクシーラ殿を掲げ上げていた私の顔に涙が散って。
その瞬間私の視界が、今まで感じたことのないほど明るくクリアに開けたのですよ」
懐かしむようにほう、とため息を吐く。
「世界がひっくり返るような衝撃でした。数日もしたらもとに戻ったのですけどね。
是非ともエリクシーラ殿には聖女になっていただき、神殿で過ごしていただきたいものですが……ぐえっ」
「……だから結界の応用でメガネを作ってやっただろうが!」
怒った公爵に後ろから神官服の襟を引っ張られ、神官長は息を詰まらせる。
「エリクシーラを泣かせようとするなら、二度と神殿に聖石を提供しないからな!」
「いえ涙でなくとも……ゲホッ、血でも……」
ゲホゲホと咳き込みながら、神官長が言う。
「なお悪い!」
どん、と神官長の胸に、捕まえてきたファーヴァを押し付けて、さっさとエリクシーラの隣の自分の席に戻る。
「……お父様、猊下ともお親しいのですか?」
「……別に」
「冷たいですね、神官長になる前はクレイ家専属の神官だったではないですか」
「……忘れたな」
「あんなに奥様を診させていただきましたのに」
ガンッ!
と公爵が机を叩き、神官長は、おお、怖い怖い、などとふざけた調子で肩をすくめた。
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