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23. ヒロインと神官長

なんかいろいろ説明が長くなった……すみません。

本日2話更新の1話目です。


「案内も待たずにすみませんね公爵、呼ばれて来てみたら強い力を感じたもので、取り急ぎ駆けつけました」

 神官長は少し色のついたメガネの奥から、公爵ににっこりと笑いかける。

「いえ、ここは聖女の神殿でもありますから、猊下のお出でになんの障りもありません」

 公爵も丁寧に返す。


 この城は、聖女不在の今は王家の別荘のような王城として扱われているが、聖女が居る間は聖女の居城として使われる城だ。聖女のいない今でも『聖女の神殿』や『聖女の城』と呼ばれている場所である。

 そして、王家管轄とは言え、神殿でもある以上、神官長の出入りは自由で、実際、いつ聖女が現れてもいいように、年に1〜2度は城の浄化に訪れている。


 ちなみに、エリクシーラを小さい頃からここへ連れてきたり今ここに住まわせたりしているのは、聖女の確度が高い彼女を囲い込みたい王家の思惑だ。公爵がずっと不機嫌な理由である。


「……と申しますか、誰かが猊下をお招きしましたか? お出迎えもせず失礼いたしました」

「ええ、大神殿の方に、口の固い医療師の依頼がありましたもので、私のことかなと思い参上いたしました」

「ああ……」

 公爵は先刻執事に指示した内容を思い出した。口の固い、精神医療に詳しい医師を呼んでこい、と言ったはずだが、手配を頼まれた者が、治療と言えば大神殿、という発想で連絡してしまったのだろう。


「それは……、大変失礼いたしました、猊下を呼びつけるような無礼なお願いをするつもりはなく、誠に申し訳ありません」

「いやいや、大神殿からひとりで抜け出す口実に利用させてもらっただけなので、お気になさらず」

 ふふふ、と愉快そうに笑いながら神官長は言う。

「相変わらずですね……」

「たまには呼んでくださいよ、公爵家のお呼び出しくらいの理由がないと自由が利かないんですよ」

「またそんな……。ちょくちょく夜中にお忍びでお出かけと聞いていますよ、何処にお出でなのですか」

「おや、バレていますか。行き先は、内緒です」

 立てた人差し指をちょんと唇に当て、いたずらっぽく笑った神官長は、ぐるりと視線を回して、エリクシーラに目を止めた。

 目線が合ったエリクシーラは、その目をすっと伏せる。

「神官長猊下、ご無沙汰しております、クレイ家が娘、神の血潮のひとしずく、温もりの小さな欠片、エリクシーラでございます」

 心臓の位置で両手を重ね合わせ、国教の教えに従って挨拶をする。


 神は自らの血を分け与えて人を造ったと国教神話にある。人は死ぬと一滴の血に戻り、神の御許に帰って神を温め、またいずれ再び人として生まれてくる。

 神の許へ戻るその時、神に愛と温もりを届けるために、人は心温かく幸せに生きなければならず、他者の幸せにも気を配らなければならないのだ……、という教義である。

 ちなみに、神の血の一滴を授かって子を成すことを忘れぬよう、女性は子を産めるようになると毎月一度、数日間、神の奇跡の証として血を流すようになるのだそうである。

 神聖な期間として労られ、大切にはされるのだが、しばしば腹痛その他諸々の不調を伴うそれに、もう奇跡は分かったからそろそろ勘弁してもらえないものかと言うのが、女性だけで集まったときの愚痴の定番である。


「ああエリクシーラ殿、お久しぶりです。小さな欠片などと……、エリクシーラ殿は神の恩寵の象徴でしょう」

「とんでもないことでございます」

「いや今の強い力はエリクシーラ殿でしょう? 聖女として目覚められたご様子、誠にめでたく、お祝い申し上げます」

「あ、それはわたくしではなく」

 ぱ、と振り返ったエリクシーラは、ミルキィベルを探してキョロキョロとする。

「……あら? ミルキィベル様? ミルキィベル様!」


 ミルキィベルが見当たらない。エリクシーラが首を傾げていると、

「……………は、はいぃ………」

 遥か遠くから小さく返事がある。

 見れば、演習場のはるか向こうの岩陰で、小さく震えながら頭を下げている。護衛騎士として離れすぎてしまったアレイズが慌てて駆け寄っていくのが見えた。


「ミルキィベル様! そんな遠くで、どうなさったの?」

「も、申し訳ありません、申し訳ありません……」

「なにがですの!?」

「お騒がせしてしまい……し、神官長猊下、誤解を招き、あの、私の、魔力が、ちょっと暴走したらしく……」

「にゃーん……」

 ミルキィベルを庇うように前に立ったファーヴァも、神官長に向かって申し訳無さそうに鳴く。

 神官長は少し眉を上げ、片手でメガネの位置を直してから、堂々とした大股で、滑るようにミルキィベルのところまで歩み寄る。裾の長い神官服をばたつかせることもなく、優雅に歩いているだけなのに早い。スタスタと、あっという間にミルキィベルのそばへ到達した。


「ヒッ……、すみませんすみません!」

「ああ、そんなに恐縮しないで。頭を上げて。お顔を拝見させてください」

「いいいいいえそんな畏れ多い……」

 頭を下げたまま後退あとずさるという器用な動きで逃げていくミルキィベルに、流れるようにするりと近づいた神官長は、ミルキィベルに手を伸ばした。

 ファーヴァが、ミルキィベルの肩に飛び乗って、フーッ!! と威嚇した。


「おや、こんにちは魔獣くん。攻撃的だと消滅させなくてはならないけれど、大丈夫かい?」

「ニ゙ャッ?!」

「ええっ!」

 ミルキィベルは慌てて頭を起こし、胸元に飛び降りてきたファーヴァをガシッと抱きとめた。


「申し訳ありません! わたしが怯えたから守ってくれようとしただけで! 今まで誰かを攻撃したことはありません! ね、ファーヴァちゃん、ごめんなさいしなさい、ごめんなさい!」

「にゃーん……」

 ミルキィベルの腕の中で、ファーヴァは申し訳無さそうに神官長に向かって鳴いた。

 その様子をじっと見ていた神官長は、ふむ、と頷いて、

「懐いてますねぇ」

 と、ファーヴァを右から左から観察して、うんうん、とまた頷く。


「なるほど……。確かにエリクシーラ殿の気配を感じますね、これが結界の張られた魔獣か……」

 ふーむ、と唸ったあと、後ろから追いついてきた公爵を振り返り、

「この魔獣、大神殿の研究棟に貰っていったらダメですかね?」

 と、キラキラした笑顔で問うた。

「私は構いませんが……」

 公爵が答えるのに被せるように、

「いけません!」

「ダメだ!」

 駆け寄ってきたエリクシーラと王太子から、同時に声が上がった。エリクシーラはミルキィベルのためだが、王太子はここに来る口実がなくなったら困るからである。


 思わぬ王太子の鋭い声に、エリクシーラが驚いて黙ったのを横目に見て、公爵は、

「……そうですね、王家が良しとしないでしょう」

 と渋々付け加える。

「うむ、王家と公爵家の共同管理としてここに置く許可が出ているのだ、神殿に連れていきたいのならまず王に願い出るがいい」

 王太子が言う。

 エリクシーラも何か言いかけたのを、

「エリクシーラ、走って疲れたろう、大丈夫か?」

 などと言いながら、レオンが後ろから肩を抱くふりをして口もとを塞いだ。

 聖女の聖獣、などと口走られたら面倒なことこの上ない。


「仕方ありませんね……。では、ひとまず、こちらの令嬢の魔力の確認をしましょうか」

 神官長はミルキィベルに向き直る。

「ご令嬢、スイートベリー家のミルキィベル殿ですね? お顔を拝見させていただけますか」

 言いながら、メガネを外す。

「いやあのその……」

 ミルキィベルはオロオロと目を泳がせて、じわじわ後ろに下がる。

「ご令嬢?」

「あっ、あの……」

 顔を伏せかけたミルキィベルの顎を片手の指先で捉え、神官長はクイっとミルキィベルの顔を上向かせる。

「ヒッ……!」

 驚いて見開いたミルキィベルの目を、神官長がグッと覗き込んだ。

 普段はニコニコと細められている神官長の目が開かれ、銀色の虹彩が光を反射してキラリと輝いた。


   *   *   *


「神官長ルート挿絵スチル………!」

 レオンの腕の中で、エリクシーラが声を上げる。

 もっとも、言いかけた瞬間にはレオンの腕で口をギュッと押さえられてしまい、実際には「しんんーんもごもごもご」としか聞こえなかったので、神官長には内容は分からなかっただろう。分からなかったと願いたい。


(……あまり不敬なことを言うな?)

 ヒソヒソと耳元で囁かれた兄の言葉にハッとし、エリクシーラは

(すみません……)

 と囁やき返す。

(話はあとでちゃんと聞くからな)

 とレオンはエリクシーラに微笑み、ポンポン、と軽く頭を叩いて腕を離してくれた。


   *   *   *


「いかがですか、猊下」

「……聖なる力を感じます……、しかしこれは……」

 神官長は首を傾げる。動くたびにその銀の瞳がきらり、きらりと光り、エリクシーラは綺麗だなあとそれを眺める。

「エリクシーラ殿のお力と同じものを感じますね……。これはどういうことかな?」

「エリクシーラと?」

 公爵が眉をひそめる。


「考えられるとすれば……、エリクシーラの聖石を取り込めば一時的に聖なる力は宿ると思うが……」

「エリィ、ミルキィベルちゃんに聖石を分けたことはあるかい?」

 公爵の言葉を受けてシルヴァがエリクシーラに問う。

「いえ……? そもそもわたくし、聖石が貴重だと知らなかったので、誰かに分けようなどと思ったこともありません」

「ここへ来てからもかい? 来るときにはもう聖石の話は知っていたろう?」

「ああ……、ええ、そうですけど、ピンとこないと言うか、自分の涙やら血やら、人様に嬉々として差し上げるようなものではありませんわよね……」

「なるほどぉ……」

「それはそうか……」

 横で聞いていたシェインと王太子が納得したように頷く。


 そこで、エリクシーラが少し苦笑いをする。

「今思うと、人の泣かせてまで涙を欲しがっていたカルル様は、ちょっと、その……気持ち悪いですね」

「うっ……!」

 ボクは欲しいけどね、と思っていたシェインは、言わなくてよかった! と心の中で叫ぶ。

 王太子は平然としていたが、胸に手を置いて軽く握ったのを見て、シェインは、兄上も同じか、とフッと笑った。


「あっ、御兄弟の悪口になってしまいましたね、申し訳ありません」

「いやいや!」

 慌てて言い足したエリクシーラに、こちらも慌てて王太子が否定する。


「いや、本当に気持ち悪いと私も思う。……本当に」


 胸に当てていた手をさらにぎゅっと握り込み、王太子は自戒を込めて言うと、そっと目を逸らした。

 ここまでお読みいただいてありがとうございます!

 

 お城の説明と宗教の説明が多くなってしまいました。

 なんかうるさくてすみません……。説明ってうるさいよね……。


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 次もよろしくお願いします!

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