20. 悪役令嬢お勉強会
イケメン揃えてお勉強会。
ミルキィベルは、冷や汗をかいていた。
この応接室は広い。とても広い。
だが、地位も顔面偏差値も半端ない方々がこれだけ揃うと、圧迫感がすごい。
そして、そんな方々の前に立たされて、自分は今から悪役令嬢について解説しなくてはいけないらしい。
不安を紛らわすためにファーヴァを胸に抱きかかえているが、落ち着く効果はあまりない。
「ミルキィベル様、頑張って!」
ニッコニコで両手を握り、ファイト! と応援してくれるエリクシーラ様。よーし頑張るぞー。
じゃない!!
「いや待ってくださいエリクシーラ様! 人ごとじゃないです! 一緒にここに来て、まずご自身についてお話ししてください」
「あら?」
「エリクシーラ様のことなんですよ、今回のお勉強会は!」
「あらまあ、皆様お可愛らしいミルキィベル様のお話を聞きに集まったのではなくて?」
「……はい?」
ミルキィベルは据わった目でエリクシーラを見つめる。
「……その、わたしを無駄に褒めるのやめてください」
「あら、無駄だなんて」
「エリクシーラ様のほうが超美人ってわかってます? そんな方に可愛いって言われても、めちゃくちゃ居心地悪いだけです」
「まあそんな……」
とエリクシーラは照れる。
「お可愛らしいミルキィベル様にお褒めいただくなんて……光栄ですわ」
「そういうとこです!」
「えっ?」
キョトンとしたエリクシーラに対して、ミルキィベルは一気にまくしたてる。
「いいですか? エリクシーラ様のほうが高位で美人で知的で有能で魔力も高く、作法も完璧な上にお心までお綺麗で素直でお優しいんですよ? わたしなんか新参成り上がり貧乏伯爵家の、ザコでモブな、本来お友だちも名乗れないような木っ端令嬢なんです! これは謙遜ではないです、厳然たる周知の事実です! ここに無駄褒めは要りません!」
その通りだ、とひとり頷く公爵や、いや木っ端令嬢とまでは思っていないが、と呟く王太子、褒め合っているようだがこれは喧嘩なのか? とシルヴァに問うレオンなど、一同サワッとざわめいたが、一番ショックを受けたのはエリクシーラだった。
「お友だちじゃない……? 絶交……、と言うことですか……?」
「そこですか!? そうじゃなくて……」
ミルキィベルは、頭痛を抑えるようにこめかみに指先を当てた。テーブルの向こうで、「絶交だと!?」とか公爵が怒ってる声がするが、聞かなかったことにする。
困った様子のミルキィベルを心配してか、ファーヴァがニャーンと鳴いた。
「……そうだねファーヴァちゃん、お姉ちゃんがんばるよ」
いつの間にかお姉ちゃんを名乗りつつ、ミルキィベルは雰囲気を切り替えるようにパン、と手を打ち合わせる。
「もういいです! はいっ、ではまずエリクシーラ様のお話を伺いましょう! そのお話に出てくる用語をわたしが解説します!」
エリクシーラは躊躇いがちにミルキィベルを上目遣いで見る。
「……ちゃんとお話できたら絶交しません……?」
「そもそも絶交するとか言ってませんが、そうですね、私をムリにヒロインに仕立てて、自分は客席に座って見ているみたいな態度じゃなければ絶交はしません」
「え……、わたくしもちゃんと舞台に立っていますよ、悪役令嬢という役割がありますから……」
「舞台とか役割とかアウトです」
「ええーっ……??」
「まずその、ここが舞台だと思うようになったきっかけからお話しください」
ミルキィベルに促されて、戸惑いながらもエリクシーラは話し始める。
「ええと……、どこからお話ししたら良いかしら……まず婚約破棄のときに前世の記憶が蘇って……」
そこから、ここが乙女ゲームという物語の中であることに気づいたこと、自分が悪役令嬢であり、ヒロインに意地悪をする使命があること、ヒロインの幸せのためには自分が断罪されなくてはいけなかったこと……、などを説明していく。
ミルキィベルは、転生モノ、人生逆転モノなどの物語について解説をし、悪役令嬢についても以前の説明を繰り返す。
「……ただ、その乙女ゲームとか攻略対象とかの用語はわからないんですよね。不遇なヒロインが素敵な人に見初められて……などの物語では、結ばれる相手は女主人公と対にして男主人公って呼ばれますしね」
「乙女ゲームは、そのヒーローが複数いるお話で、ヒーローごとに違う結末がありますの。好きなヒーローと仲良くなって、その方と結ばれる結末を迎えたら成功ですわ。ヒーローを選んで攻略するお話なので、ヒーローたちを攻略対象と呼びます」
「え……、同じ主人公で何冊も本があるってことですか……? 王子様編、騎士様編、魔法使い様編、みたいな?」
「そうですわね、大体そんな感じです。で、その中で選択肢が出て行動が選べて、それ次第で結末がグッドエンド、ノーマルエンド、バッドエンドに分かれますの。あとね、一番正しい結末はトゥルーエンドって呼ばれますのよ」
「えっ……? 本の結末が変わるんですか?」
「そうなんですのよ、不思議でしょう? でも、本の上の文字じゃなくて、こうやってみんなが生きてるなら、ありえますわよね」
「いやもう、ここが物語ってことがそもそもありえないんですけど……」
ミルキィベルの戸惑いを横において、エリクシーラは説明を続ける。
「で、断罪のときのお姿が、第二王子様編の挿絵とそっくりのシーンだったので、これが第二王子様編だってすぐ気がついたんです!
けれど、わたくしが物語通りに行動できなかったから、結末がおかしくなってしまったんですの……」
「なるほど……?」
ミルキィベルがちょっと首を傾げる。
「納得はできませんがお話の流れはわかりました。それで、エリクシーラ様の前世って、どんな世界だったんですか?」
「……それがよく思い出せなくて……。こことは全然違う世界だった、という印象だけ……」
「王子様編以外のお話はどんなのだったんです?」
「それもよく思い出せなくて……。王子様編だ! って思った瞬間、他の選択肢は消えてしまったのかもしれないですね」
「うーん……」
ミルキィベルは片手の拳を口に当て、考え込む。
その腕の中で、ファーヴァが心配そうにニャーンと鳴いた。
「うん。考えてもわからないですね。……ということで、わたしが解説できるのはここまでです。あとは皆様で対策などをお話し合いください」
失礼いたしました、と頭を下げ、ミルキィベルはトコトコ席に戻ってぽふんと椅子に座る。ファーヴァを膝の上に置きなおし、紅茶を一口飲んでやっと深く息をついた。
男性陣はお互い目を見交わし、困ったようにうーんと唸る。
「物語の中と言われてもな……」
王太子が呟いたのをきっかけに、各々思ったことを発言し始める。
「エリィが心の底から信じている様子なのが気にかかるね、なにか洗脳のような魔法がかかってない?」
「洗脳が攻撃と認識されれば結界が弾くはずだからその線は薄いと思うが」
「王子様ならボクでもよかったのに……ボクならヒロインに浮気なんかしないよ」
「シェイン様、論点はそこではありません」
「でもヒロインがカルルと結ばれなくて良かったよ、結ばれてたらどんな結末だったんだい?」
王太子がエリクシーラに問う。
「わたくしは処刑されて、カルル様とミルキィベル様で力を合わせて魔王を倒します」
「「「はっ!?!?!?」」」
「あら、わたくしは修道院送りでしたっけ国外追放でしたっけ……? 何にしろ断罪されて表舞台から姿を消します」
「「「は……??」」」
「それで、魔王を倒した功績で、カルル様とミルキィベル様が王と王妃になって、末永く幸せに暮らしました、めでたしめでたし、ですわ」
「「「はぁぁぁあああ?」」」
「待ってくれ! 私は! 王太子の私は!?」
「あ……、あの……、申し上げられません……、すみません……」
エリクシーラが目を逸らして伏せる。
「これは、なにかしらの不幸が待っている気配!?」
「あ! でももう物語からズレてしまったので、殿下は魔王と闘わなくてもよくなるかもしれませんし! そうしたら……、あの……」
「あ、分かった……、魔王にやられる未来だ……」
王太子はシュン……となる。
「ジョエル、私たちがいる限りお前を殺させはしないぞ」
レオンが言う。
「クレイの結界があれば魔王とやらも入ってこられないだろうし、平気だよ」
そう言ってシルヴァも王太子の肩を叩く。
「……いや待て」
公爵が不意に眉をしかめる。
「エリクシーラが断罪とやらをされて、我々が国を守り続けるとは思えない」
はっ! と全員が目を見開く。
「それはそうだ、物語どおりに進んだらクレイは国を見捨てる!」
「そうしたら魔王に国が滅ぼされかけてもおかしくない!」
「妙に辻褄が合っているのが気持ち悪いな……」
「エリクシーラに何かしらの予知能力があるとは考えられないか?」
「選択によって未来が変わるというところが予言っぽいよね」
「それを物語として認識しているのか……。ありえなくはないな」
ワイワイと盛り上がる彼らを横目に、エリクシーラはミルキィベルを労っている。
「ミルキィベル様、大丈夫ですか? お疲れでしょうか」
「はいー、こんなに緊張したのは学園の入学式以来ですぅ……。あの時も周り全部雲の上の方々で、吐きそうなほど緊張してましたぁ……」
「お疲れには甘いものですわ。あら……、リアム、お茶菓子が足りませんわ、厨房に声をかけてきてもらえる?」
「いや俺一応護衛騎士ですよ、お嬢様の側を離れられません」
リアムの言葉に、エリクシーラがコロコロと笑う。
「お兄様たちが居るのに護衛なんていりませんわ」
「いや仕事なんですよ……」
リアムは困り果てた顔で頭を掻く。
「……仕方ありませんわね、じゃあ紅茶のおかわりを、お砂糖たっぷりで」
「はいはい、それなら承ります。お待ち下さい」
リアムは魔法ポットに魔力を流してお湯を沸かしながら、茶葉を入れ替えて新しいお茶の準備を始めた。
お茶を待つ間に、ミルキィベルはファーヴァを撫でながらエリクシーラに話しかける。
「結局エリクシーラ様の物語って何なのでしょうね」
「前世ですごく遊んだ覚えはあるのですが。分厚い本ではなく、薄膜を通して絵本を見ているような……。
選択肢で次に現れる絵や文字が変わるんです。何度も何度も読み直して、選択肢を変えて。より良い結末になるように」
「その中には、エリクシーラ様が断罪されない選択肢もあったんじゃないですか?」
「王子様編ではわたくしは100%断罪されますね」
「なんで!?」
「そうしないとお話が進まないからですわ。わたくしとカルル様がそのまま結婚して、ヒロインが何もなく卒業して終わり、では物語にならないでしょう?」
当たり前のことをなぜ? と言うように、エリクシーラは首を傾げる。
「いやまあ物語としてはそうかもですけど……、てか、ヒロインの相手を王子に限定しなければ良いんですよ! そうしたらエリクシーラ様関係ないじゃないですか!」
「関係ない……? そんな……、やっぱり絶交になりますの……?」
「違う違う違う違う! えっと、つまり、婚約者の取り合いをしなければ、普通にお友だちになれるってことじゃないですか」
「そんなの無理ですわ……。こんなことでもなければ、ミルキィベル様とお知り合いにすらなれませんもの……」
うっ、とミルキィベルは言葉に詰まる。確かに、最高位の貴族令嬢と、上級貴族の中では最下位の自分とでは、目すら合わせてもらえなかった可能性が高い。
「……わたくしのようなつまらない女に、ミルキィベル様のような魅力的な方がお声をかけてくださるはずがありませんもの」
「逆ぅ!!」
思わずファーヴァを撫でる手に力が入る。
ファーヴァが、ニ゙ャーッ!!と悲鳴を上げた。
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