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2. 泣き虫エリィ

 説明回。グダグダしててすみません。

 少しだけ暴力描写あり。ご注意ください。

(本当は殴ってませんが、主観で殴られたと感じたら殴ったようなもんだ……)

 小さい頃は泣き虫だったように思う。

 とはいえ3〜4歳くらいの頃のこと、記憶も曖昧である。

 その頃に母が亡くなり、エリクシーラは部屋に籠もって泣いてばかりいた。青い髪の乳母が優しい黒い瞳でエリクシーラを見つめ、

「エリィ様は泣き虫さんですね」

 と、愛称で呼んで抱きしめてくれたのを覚えている。


 エリクシーラは、泣くと体調を崩す。


 泣いては寝込み、また泣いては寝込みで、その時期は乳母に見守られながらほぼベッドの上で過ごしていた。


 目を覚まして乳母がいないと、乳母を探して泣きながら屋敷内をウロウロし、それでまた体調を崩して寝込むので、乳母はエリクシーラに付きっきりだったと思う。当時の朧げな記憶の中全てに青い髪と黒い優しい瞳があった。


 次のはっきりした記憶は、母を失った悲しみもやっと少し薄れ、父と外へ散歩に出たときのことだ。

 その頃にはなぜか乳母も居なくなり、家でも外でも、父かふたりの兄、誰かがいつでも必ずそばにいた。


 5つ上の双子の兄は、亡くなった母によく似た美しくも柔らかい雰囲気を持っていた。父に似てキツめの印象を与えるエリクシーラと大違いだ、と少し自虐気味に思う。


 ゆるくウェーブのかかった金の髪、笑うと緑の瞳が金色がかった暖かい光を帯びる。そんな兄たちは、エリクシーラにとても甘く、二人揃ってよく手をつないで自邸内の庭園に散歩に連れて行ってくれたものだった。


 だが、記憶の中のその日は、兄ではなく父と2人きり(メイドや護衛は付いてきているが)の散歩だった。


「泣いてはいけない」

 転んでべそをかいた幼いエリクシーラに、父は厳しく言った。


 エリクシーラと同じ黒髪で、瞳は深い紫色。冷たいほど整った顔立ちは真剣な顔をすると威圧感が増す。


「泣かずに自分で立ち上がるんだ」

 慌てて手を貸そうとしたメイドたちを片手を上げて止め、父は淡々と言う。

 その声の冷たさに、さらに涙が浮かんでくる。


 そこへ、父の平手打ちが飛んできた。


 今思うと音ばかり大きくて大した衝撃もなかったので、驚かせるのが目的の平手打ちだったようだが(なんなら目の前で父が自分の手を打ち合わせただけだったかもしれない)、あまりの驚きにヒクッと一息吸い込んで、そのまま硬直してしまった。


「立ちなさい」

 再びの命令に、恐怖に震えながらエリクシーラはギクシャクと立ち上がった。涙はすっかり引っ込んでいた。


「よし」

 と言われ、父は小さく微笑んで頭をなでてくれたが、幼いエリクシーラの心には強く恐怖が刻まれ、父の前では泣いてはいけないと、表情を固めるようになった。


 前後関係はよく覚えていないが、もしかするとその後から自分は父との散歩を嫌がり、兄たちが散歩に連れて行ってくれるようになったのかもしれない。

 皆で散歩するときにも、エリクシーラは父から離れ、兄ふたりに挟まれるように隠れながら歩いていた覚えがある。


(こうして思い返してみると、お父さまはいつも寂しそうな辛そうな顔をしていたわね)


 だが、父は泣くなという命令を撤回はしなかった。感情を制御しきれず泣きべそをかいてしまうと、いつでも父から厳しい叱責が飛んできた。


 叩かれるようなことは二度となかったが、それでもあの記憶は心に強く残り続け、強めの声を出されただけで叩かれたと同じ衝撃が体に走り、涙は溢れる前に止まった。


   *   *   *


 エリクシーラが7歳となったとき、王家との婚約を結ぶことになった。


 政治的婚約なので当人同士の気持ちはどうでも良かったのだが、仲が良いに越したことはないだろうと、三人の王子たちと一緒に遊ぶことになった。


 10歳の王太子、8歳の第二王子、6歳の第三王子。

 この年齢で相性の良い悪いなどわかるまいが、それでも少しでも幸せな結婚ができるようにという配慮だったのだろうか。


 子どもたちはよくわからないままワイワイと遊び始め、やがて打ち解けて王宮の中庭の芝生の上で走り回って遊ぶようになった。


 大きい男の子たちの遊び方にはなかなかついていけなかったが、ひとつ下の第三王子だけは、エリィ、エリィとちょこちょこ付いてきて、とても可愛かったのを覚えている。


「きれいな花が咲いているよ、こっちにおいでよ」

 遠くから王太子がエリクシーラを呼ぶ。返事をして走り出そうとしたとき、


「にゃーん」


 どこかから、猫の声がした。

 それに気を取られた一瞬、足元に駆け込んできた第三王子ともつれ合うように転んでしまい、とっさに彼をかばうようにして抱え込んだエリクシーラは顔から芝生に突っ込んでしまった。


 火のついたように泣き出す第三王子を抱きかかえ、大丈夫? 大丈夫? と声をかけながら、額を強く打っていたエリクシーラもポロリと涙をこぼしてしまう。


 そこを、駆けつけた第二王子に見られてしまった。


「ご、ごめんなさい」

 泣くのは悪いことと強く心に刻んでいたエリクシーラは、慌てて顔を俯ける。王子はエリクシーラのこぼした涙を手のひらで受け止め、

「キレイだ…」

 と呟いた。


 エリクシーラは、その言葉に胸の中の霧が吹き飛ばされるような衝撃を覚えた。


 その後すぐに王太子も父も駆けつけ、ケガの確認だのなんだの大騒ぎになって、エリクシーラはそのまま父に連れられ、帰宅の馬車に乗せられた。


   *   *   *


「どれ、額を見せなさい」

 馬車の中で父はエリクシーラの怪我を確認する。小さく切れていたようで、父はケガから赤い血の粒を拭い取った。次いで、エリクシーラの目尻に小さく溜まった涙を見つけ、それもそっと拭い取る。


「これならあとも残らず治るだろう。……泣いてはいないな?」

 冷たい声で問われ、エリクシーラは身を固めて嘘を付く。

「はい」

「ならいい、ケガなどしないよう気をつけるんだぞ」


 言いながら父は、エリクシーラから拭い取ったルビー色の血と、エリクシーラの瞳の色を映したアメジスト色の涙を、そっとハンカチに包んだ。


   *   *   *


(……って、よく考えたらおかしいですわよね。なんで血と涙が固形のキラキラした粒になってるんですの?!)


 なぜか不思議なほど当たり前のこととして受け入れていた。そして、不思議なほど誰からも指摘されなかった。

 学校では目立つケガもしなかったしもちろん泣きもしなかったし………まあ、誰もエリクシーラに関心を向けていないというだけのことなのかもしれないが。


 つまり、これがエリクシーラの特性なのだろう。これを隠すために、エリクシーラに泣くなと厳しく躾けたのだ。


(いやわかりますわよ? それが何かはわかりませんけれど、何かとても珍しく貴重なもので、わたくしの命が狙われかねないとかそんな話ですわよね? でもね? わたくし結構辛かったわよ!)


 エリクシーラだってワルモノに捕まってジワジワ血を抜かれるような怖い目には遭いたくない。でも、感情を殺すように生きたくなかったとか、父に優しく愛されたかったとか、言いたいことは色々ある。


 ぐるぐると考えて、結論、父はエリクシーラのために厳しくしたのであって、それはちゃんと愛情で。


(ああ、もう!!)

 つまり、悪いのは自分の特性であり、加えて、劣等感と恐怖の源であった涙をキレイだと言われただけで、コロッと第二王子に落ちた自分の単純さである。


 そう、あのあと帰宅して、王子たちはどうだったと聞かれ、第二王子がいいですと答えたのはエリクシーラだ。


 そのせいで、今のこの惨状である。


 カルル第二王子は優しくはなく、エリクシーラの涙がもう一度見たいという理由で泣け泣けと意地悪をしてきた。父に怒られるのが怖いエリクシーラはなかなか泣かなかったが、それでも最愛の王子に意地悪をされるのは辛く、たまにひと粒ふた粒涙を落とした。


 王子はアメジスト色の涙を手にし、ひと粒とはいえ泣いたせいで心身ともに辛そうなエリクシーラを見て満足げに笑った。


 そんなことを繰り返すうち、王子はただ意地悪を楽しむようになってきたように思う。

 それでもエリクシーラは、自分の涙をこんなに愛してくれているのだと間違った解釈で、カルルに執着した。


 その数年後、兄がふたりとも寄宿制の学校に入ってしまったことも、カルルに対する執着を強くした。


 カルルに言われたことは泣くこと以外何でも叶え、言われないことも先回りして尽くし、カルルのために生きてきた。

 カルルは飽きたのか、滅多に泣けと言わなくなっていたが、それでも時々、思い出したように泣けと言われることがあった。


 カルルの前で怪我をしなくてよかった。どんなに意地悪でもさすがに王子と公爵令嬢である。怪我をするようないたずらはされなかった。


 血も結晶することに気付かれていたら、血をよこせとも言われかねなかったんだなと、エリクシーラはちょっとゾクッと身を震わせた。


(愚かでしたわねぇ、さっきまでのわたくし)

 色々と一気に理解が進み、スイッチをパチンと切るように王子への気持ちが消え失せた。


(消えたというか、軽蔑だけが残りましたわね)

 ふぅ、と深くため息をつき、顔を上げて王子たちに向かい合う。


 カルル・バード・ヒースフィールド第二王子と、ミルキィベル・スイートベリー伯爵令嬢。


 このスチルはたしか第二王子ルート。


 優秀な王太子にどの分野でも敵わず少しひねてしまった第二王子と、明るく心優しく癒やしの魔力を持つ典型的なヒロイン。


 意地悪な悪役令嬢エリクシーラに虐められているヒロインを助けることで、正義感を目覚めさせ、歪んだ心を正して王族としての道を歩み始める王子。


 エリクシーラの断罪を経て悪に毅然と対処する覚悟を得た彼は、やがて現れる魔王との戦いで王太子らが次々命を落とす中、ミルキィベルと力を合わせて魔王を討伐して国を救い、伝説に残る英雄王になる。ミルキィベルは救国の聖女となり、ふたりは永遠に仲睦まじく……。


 あれっ!? ずいぶんストーリーからズレてしまってません!?

 しかもこれ、よりによって魔王が出てくるルートではないですか!


 こことは違う世界の、前世で遊んだ『乙女ゲーム』の内容を大まかながらに思い出し、エリクシーラは狼狽えた。


 どうしましょう、わたくし、ちゃんと悪役令嬢をやっていないわ!!

 ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


 次からテンポ良く話が進んだら……いいなあ。

がんばります!


 ご評価、ご感想、いいね、ブックマークなど、頂けたら嬉しいです。励みになります!


 次もよろしくお願いします!

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