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19. 悪役令嬢、練習中!

悪役令嬢の練習第二弾。執事もこっそりイケじじ枠。

 王城の広い玄関ホール。

 吹き抜けになった広間の中央から、大きい階段が上に延び、ホールを見下ろす回廊に続いている。

 その階段の途中で、エリクシーラはミルキィベルと向き合って立っていた。

 ミルキィベルは、エリクシーラより一段下から、不安げに彼女を見上げている。


「さあ、ミルキィベル様、行きますわよ」

「はっ…………、はいっ……!!

 どんっ、とミルキィベルはエリクシーラに突き飛ばされる。

 身を縮めて固く目をつぶり、ミルキィベルは背中から階段を落ち……

 ……ようとする瞬間にはアレイズが抱きとめる。


 階段は三段くらい上がったところ、階段下にはアレイズを先頭にリアムや他の騎士たちがぞろりと揃って待ち構えている。


「お上手ですわミルキィベル様! 手足を縮めて顎を引いて、丸めた背中から落ちる。完璧です! じゃあ次は五段目のところから……」

「これは何の茶番だ?」

 玄関ホールに声が響く。

「お父様!」

 開かれたドアのところに、クレイ公爵が立っていた。騎士たちが一斉に敬礼の姿勢を取る。

 エリクシーラは階段を駆け下りて……、とはいえ三段だが……、父親のもとへ駆け寄った。


「お父様、お仕事は?」

「休んだ。エリクシーラのための勉強会と聞いてきたのだが、なにをしているんだ?」

「悪役令嬢の練習です。ミルキィベル様のご協力をいただいて、階段落としに挑戦中です!」

「どういうことだ」

 公爵は騎士たちに楽にするよう合図をしたあと、リアムに尋ねる。

「悪役令嬢の意地悪の定番のようです。基礎をきちんと踏襲してからバリエーションに挑戦する予定だそうです」

「わからん、説明しろ」

「ミルキィベル様の協力を得て、ミルキィベル様にお嬢様の結界を張り、階段から落ちても無事かどうか検証しております」

「……なぜそんな危ないことを」

「なぜかまでは存じません」

「違いますわリアム、逆です。ミルキィベル様を階段から突き落とすのが目的で、その際ケガをしてはいけないので結界で守っているのです」

 エリクシーラが訂正を入れる。公爵が、彼女を見下ろして恐ろしいものを見たような顔をする。


「友人を……? 階段から故意に落とす……?」


 公爵はバッと顔を上げると、執事に叫ぶ。

「医師を呼べ! 口が固く精神医療に詳しいものを厳選しろ!」

 そして、エリクシーラを抱きしめる。

「大丈夫だエリクシーラ、父が守ってやる。父のせいだ、父が全て悪かった、お前は何も悪くない」

「お、お父様?」

「もしも悪評が立つようなら公爵の地位も何もかも捨てて山奥にでも行こう、そうだ、最初からそうすればよかったのだ、誰もいないところで家族だけで……」

 戸惑うエリクシーラに構わず、公爵はブツブツと言葉を続ける。公爵がこんなに取り乱して話すのを聞くのは初めてだなと周囲一同ぼんやりと思う。


「体力はあるから畑仕事は教わればできるだろうし、村の警備や子どもたちの教育など出来ることはたくさんある。どこの地域にしようか、この国からは出たほうがいいか、いや追手が来ても面倒だ、結界を維持することを条件に不干渉を……」

 すごい喋るし、だんだん具体的になって怖いな……、と思っても口には出せず、騎士たちも含め使用人一同遠い目をして嵐が去るのを待つ。


「待ってください父上!」

 そこへ、レオンが飛び込んでくる。

 一同ホッとしたところで、

「ここは王城です、使用人は王家の所属ものです。そのような計画を口に出しては後々実行する時困るのでは」

 えっ待って本当に実行する気なの!? とは思っても声に出せない。

「そうか、そうだな、すまないレオン、冷静さを失っていた。ではまずここの使用人の始末からか」

「「「えっ」」」

 きちっとした姿勢で気配を消して沈黙を守っていた使用人一同は、ついに声を上げてしまった。


「待って待って父上、レオン。冷静に冷静に!」

 レオンに続いてシルヴァが飛び込んでくる。

 助けを求めるように一同の視線を集めたシルヴァは、二人……正確には抱き潰されかけているエリクシーラも合わせて三人……の前に立ち、両手を突き出して、どうどう、と落ち着くように促す。

「一旦待って! ふたりが冗談を言うような性格じゃないのはよく知ってるからガチガチの本気なんだろうけど」

「「「ええっ?」」」

「こんなにあからさまに始末するなんて言ったら、準備が整う前に王家に報告が上がっちゃうでしょ」

「「「えええっ?」」」

「こういう時は先に」

 シルヴァはヒュッと指を振る。同時に、その場の使用人全員の首に細い糸のようなものが巻き付くのが見え……、皆が息を飲んだ瞬間、掻き消えた。


「いつでもなんとでも出来るように対策しておかなくちゃ」

「「「何をしたんですかシルヴァレッド様ぁぁぁ!」」

 使用人一同の大合唱が玄関ホールに響き渡った。


   *   *   *


「いやー、冗談冗談、場を和ませようと思ってさ」

「和まないですお坊ちゃま」

 クレイ家に仕える老齢の執事が淡々と答えた。


「和まないかぁ……。まあ、やろうと思えば、今の話を誰かに喋った瞬間に、その場で話を聞いた連中もろとも瞬殺することも出来るんだけどさ」

「「「ヒッ」」」

「まさか王家に仕える優秀な騎士や使用人たちがそんなに口が軽いわけはないしね」

「「「は……あはは……っ」」」

「今首に巻いたのがそのセンサー&トラップだったなんてことはまあ多分ないから、心配しなくていいよ、話さなければいいだけだしね」

「「「多分っ!?」」」

 一同全員首を押さえて涙目である。


「大丈夫です、お坊ちゃまはお優しいので」

 執事の言葉に縋り付くように振り向いた皆は、続く

「ええ、話さなければいいだけです」

 の言葉を聞いて、瞳を絶望に染めた。


   *   *   *


「……だから、大丈夫なんですのよ、ヒロインは階段から落ちても攻略対象の誰かが助けてくれるものなのです」

 応接室に場を移しても、ソファの上で公爵にがっちり抱きしめられたまま解放されないエリクシーラは、その腕の中から一生懸命説明をする。


 室内には他に、兄ふたりとミルキィベルが席につき、護衛としてアレイズが戸口に立つ。そして、他の使用人を下げてしまったので、リアムが紅茶を淹れている。

 ミルキィベルの膝には相変わらずファーヴァが乗って、ご機嫌よさそうに丸くなっていた。


「階段落としは、ヒロインが幸せになるために必要な儀式なんですのよ、でも万が一おケガでもされたら大変ですので、結界を張ったうえで練習をしてましたの」

「そうかそうか、大丈夫だぞエリクシーラ」

「聞いてくださってます? お父様!」

「聞いてるぞ可愛いエリクシーラ、本当にすまなかったな」


「父上の反省への舵の切り方が急角度すぎてエグいな……」

「エリィが壊れたと思ってるからねえ、僕も若干疑ってるけど」

「お嬢様は壊れたと言うより、はっちゃけたのではと俺は思います」

 兄弟の会話に、リアムがテーブルにカップを並べながら参加する。


「もうっ! お離しくださいお父様!」

「……父に抱きしめられるのは嫌か、エリクシーラ……。そうだな、今さらだな……」

「そっ……、そういう、話では、ございません……」

 言葉を詰まらせながら、エリクシーラは白い頰を赤く染めて、公爵の腕の中に隠れるように下を向く。

「嫌では……、ないのですけど……」


「エリィ様がお可愛らしいっ!」

 不意に声が聞こえ、飛び上がるように振り向けば、開いたドアの向こうでシェインが両手で頰を覆って身悶えている。

「なんですかそのお可愛らしさは! ボクを萌え殺す気ですか!!」

 その言葉に、エリクシーラは慌てて公爵の腕から逃れ、ソファにきちんと座り直す。直後、

「エリクシーラ嬢が可愛いって!?」

 と王太子がシェインを押しのけて戸口から顔を出す。


「兄上残念、可愛いターンは終了しました」

「なんだって!? エリクシーラ嬢、もう一回!」


 騒ぐふたりの前に、影が落ちる。

 目をやれば、いつの間にか戸口を塞ぐように公爵が立っていた。


「うちの娘に見世物のように芸をさせようというのですか、殿下」

 ヒュッ、と王子ふたりは息を呑む。


「しかも案内より先に部屋に入ってくる、挨拶もなくおはしゃぎになる。王宮の礼儀作法の講師にきつく抗議を上げておきます」

「待って! 公爵、ごめんなさい!」

「すっ、すまん公爵、気を緩めすぎた。申し訳ない」

「……加えて王家の一員たるものが気安く謝罪の言葉を口にする。王に直接抗議を申し上げたほうが良さそうですな」

 謝罪まで塞がれ、王子ふたりは魚のように口をパクパクするだけで言葉が出ない。


「父上、そのあたりで。今日はエリクシーラについての話をしなければならないので」

 レオンの言葉でその場は収まり、皆でテーブル周りに椅子を並べて勉強会を始めることになった。


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