16. 悪役令嬢、試行錯誤中!
わちゃわちゃとお城に集まるメインキャラ。
「というわけで! 一緒にお城で暮らしましょう!」
「なんで!?」
ミルキィベルが獣を抱いたまま驚きの声を上げる。
かくかくしかじかと説明され、さらに驚きの声を上げる。
「わたし必要なくないですか!?」
だが、みんなの視線はミルキィベルに、いや、ミルキィベルにしがみついて離れない獣に集中する。
「もうっ、離れてくださいネコちゃん!」
「ネコではないです」
リアムが冷たくツッコむ。ミルキィベルがリアムを睨んだ。
「騎士様ずっといじわる! 優しさはないの!」
「リアムは優しいですよ?」
エリクシーラが首を傾げてサラッと言うと、リアムは、ぐっ、と何かが喉につかえたような声を出す。
公爵がひどく殺気を帯びた目でこちらを見ているが、気のせいだろう。きっと気のせいだ。
(だって公爵様、俺ついさっきまでお嬢様に認識すらされてなかったんですよー!!)
心の中で叫びながら、威圧に震えそうになるのを耐えて公爵に背を向け、リアムはミルキィベルに言う。
「……名前をつけてあげればいいのでは?」
「そっか! お名前!」
「あっ、ミルキィのネーミングセンスは……」
アレイズが止めようとする。
「『ネコちゃん』でどうですか!」
「まんまかい」
リアムがツッコみ、アレイズがうーんと苦笑する。
「え、今までネコちゃんって呼んでたんだからネコちゃんで良くないですか?」
「固有名詞を一般名詞と一緒にしては混乱の元なので却下です」
リアムが冷たく言う。
「ちぇー」
「伯爵家のご令嬢なんですか本当にミルキィベル様は」
「本当だもん! 騎士様ひどいよねーネコちゃん」
ミルキィベルは獣を抱き上げて話しかけ、じっと目を合わせてふと黙る。
「ファーヴァ」
少しの沈黙の後、不意に、ミルキィベルがつぶやく。
「ファーヴァちゃんってどうですか? 急に思いついちゃった! なんかこの、ふわふわ―っとした可愛さをよく表してると思うんですが!」
「へえ……」
リアムはちらりと獣を見、
「まあいいんじゃないですか?」
と肩をすくめる。
「その子はふわふわーっと可愛いというよりは、背中のトゲとかカッコいい感じだと思うんですけど、さすがミルキィベル様、ファーヴァちゃんは良い名前ですね」
エリクシーラも賛同する。
「……なあ公爵、エリクシーラの、『好きになったら全肯定』の性格を矯正しないと今後また問題が起こらないか……?」
「アレが諸悪の根源な気はしますね……」
王と王太子がそっと公爵に囁く。
「エリクシーラはまったく何も悪くない」
「お前はまたそんなことを言って……! 逆に無責任だぞ!」
公爵と王でそんな話がコソコソと交わされているとは知らず、エリクシーラは元気よく胸を張る。
「さあ、ミルキィベル様、一緒にお城に参りますわよ! ミルキィベル様の意見は聞きませんわ、わたくし、悪役令嬢ですので!」
* * *
数日後。
エリクシーラとミルキィベルは、王都郊外の王城でのんびりとティータイムを楽しんでいた。
ミルキィベルが長期休みを公爵令嬢とともに王城で過ごすと聞いた伯爵家は大騒ぎだったが、アレイズが護衛騎士として付くと聞いたらサラリと許可が出た。幼馴染の信頼度はとても高いらしい。
ファーヴァは大人しくミルキィベルに抱かれている。首には、王家と公爵家で半々に魔力を組み合わせた、魔法のロックを掛けた拘束用の首輪をつけている。逃亡防止と追跡の魔法付きだ。
ミルキィベルがカチカチを超えてカリッカリに緊張してしまうので、公爵とレオン、シルヴァは別棟へ追いやられ、用のあるときにしか顔を出さない約束だ。……なぜか頻繁に何かしらの用が発生しているが。
また、王から護衛団が派遣されたが、同様の理由で遠巻きに護る形を取ってもらい、近くにはミルキィベルの護衛としてアレイズだけが付き添っている。エリクシーラの護衛はもちろんリアムだ。
今も、給仕のメイド数人と、各々の後ろに護衛が立っているだけの静かなティータイムである。
「リアム、このシュークリーム美味しいですよ、はい、あーん」
「なんでですか。護衛を餌付けしないでください」
「アレイズ様! わたしも! はいあーん!」
「オレ仕事中なんだけどな?」
「じゃあファーヴァちゃん、あーん!」
「にゃーむ」
差し出されたクッキーをパクンと一口で食べたファーヴァは、満足げにペロリと口もとを舐める。
「あっ丸呑みしちゃったんですか? 体に悪いですよ、ちゃんとモグモグしましょうね」
「肉食系の牙をしてるから、基本は丸呑みなんじゃないかな」
「そうなんですか? お腹痛くなったりしない?」
「ワンコたちもそうだったろ? 丸呑みについては大丈夫だとは思うけど……、クッキー食べていいのかどうかはわからないな……」
そんなのんびりした会話を交わすミルキィベルとアレイズを、エリクシーラはニコニコと見守っている。
「仲良しなのですね、おふたりは」
「あ、申し訳ありません、警護中に雑談など」
「構いません、楽にしていてください、むしろどんどんお願いします。ミルキィベル様が楽しそうなのが一番ですから」
「承知いたしました、仰せのとおりに」
「もっと砕けてお話しくださいな、距離を置かれているようで寂しいです。……で、おふたりは小さい頃からのお付き合いですの?」
「そうですね、領地が隣同士で、畜産と農耕で両家協力し合ってましたから。収穫期などは子どもは邪魔なので、まとめてどちらかの家に預けられたりして、本当に兄妹みたいに育ちましたね」
アレイズがサラッと言葉をほどほどに崩し、答える。
「あー、それでネーミングセンスがどうとか……」
リアムが呟くと、アレイズがへにゃっと笑う。
「ファーヴァちゃんの名付けのときの話ですね。つい口に出ちゃいました。
ミルキィの名付けは、例えば領地の犬たちですが、ワンちゃん、子犬ちゃん、ワンコちゃん、ちびワンちゃんでしたからね。筋骨隆々の子犬ちゃんがちびワンちゃんのパパで、最終的にちびワンちゃんが一番でっかくなっちゃったりしてて、みんな大混乱でしたよ」
あははは、とアレイズは笑う。
「うわあ……」
リアムは想像して頭が痛くなる。
その時、遠くから転移ゲートの駆動音が聞こえてきた。
「あら……、またいらしたわね殿下がた」
「わわわっ、わたし部屋に帰ります……!」
「ダメでしょうねぇ、ファーヴァちゃんの管理に来てるのですから」
ファーヴァはミルキィベルのそばを離れない。つまり、ミルキィベルも部屋に戻れない。という話だが。
「そんなの建前ですよ、絶対エリクシーラ様に会いに来てるんですよ……」
「またそんな」
ふふふっ、とエリクシーラは笑う。
「そんなわけないじゃないですの」
言いながら、エリクシーラは立ち上がる。
「本当に、なんでこんなに通じないんだろ……」
「不思議だねえ」
ミルキィベルのぼやきに、あははっとアレイズが笑う。
「さて、今日はなんの手でいきましょうか」
「またやるんですか……」
「もちろんですわ! ミルキィベル様の魅力を際立たせませんと!」
ぐっ、と、エリクシーラは拳を握る。
「今日はついに、熱い紅茶チャレンジしてみます?」
「あー定番ですねえ」
「あなた、ほどよく温かい紅茶を用意してくださる?」
エリクシーラはメイドに声をかける。
「ほどよく温かかったら意地悪になりませんよ?」
「可愛いミルキィベル様が火傷したら大変ではありませんか!」
「意地悪がしたいんじゃないんですか……?」
わちゃわちゃとじゃれているところに、王太子と第三王子到着の報があり、程なくしてふたりが部屋に入ってきた。
「目障りですわ、この泥棒ネコ!」
ふたりが入ってくるのを見計らって、エリクシーラが高い声を上げる。
同時に、床に跪かせたミルキィベルの頭に、ポットに入った紅茶を丁寧に注いでいく。
「なんか違うなあ……」
リアムが呆れたように呟く。
紅茶はミルキィベルの髪の毛を滑り降り、肩を伝ってドレスの上に流れ、床に溜まった。そのあたりですぐに注ぐのをやめる。
ミルキィベルはまったく濡れていない。
「やりましたわ、ミルキィベル様に結界を張るのに成功しました!」
「おめでとうございます」
へにゃへにゃと笑ったアレイズがパチパチ手を叩く。
メイドたちがササッとモップとタオルを持ってきて、紅茶をきれいに拭き取っていく。その直後に、シャボン玉のようにパチンと結界が割れた。
まだまだ薄くて脆いようだ。
「トレーニング中か、熱心だな」
王太子がこちらへと歩きながらにこやかに言う。
「反応が違いますわ殿下!」
「えっ」
「おのれ悪役令嬢エリクシーラ! 可愛いミルキィベルをいじめるなんて、なんて悪い女だ!」
シェイン第三王子が不意に割って入って棒読みでエリクシーラを非難する。
「シェイン様! 流石ですわ!」
「エリィ様のために勉強しましたからね!」
ふふん、とシェインは胸を張る。
「嘘でもエリクシーラ嬢を悪役だなどと呼べるか!」
王太子はシェインを睨むが、シェインは勝ち誇ったように笑う。
「愛する人の要望には何をおいても応えなくっちゃでしょ!」
その言葉を聞いて、エリクシーラは目を輝かせる。
「愛する人? やっぱりシェイン様はミルキィベル様を愛してますのね!」
「違うと思いますぅ……」
ミルキィベルが答えると同時に、
「なんでそうなるの!?」
「ほら、勘違いを生むだろう!」
王子ふたりも叫ぶ。
ファーヴァが、ミルキィベルの椅子の上でふああ、と大きく伸びをした。
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