15. 聖獣? 魔獣?
王の侍従もイケメン枠に入れたいけど、全然目立たないところでの有能が萌えなので悩みどころ。
ミルキィベルの怪我は、結界に触れた右手の指の細かい切り傷だった。爪も2枚ほど割れ、指先に火傷のような損傷もあった。
「ダメだよ、危ないよミルキィベルちゃん!」
シルヴァが焦ってアレイズからミルキィベルの手を取り、何かの魔法をかけて血を止めた。
「ありがとうございます閣下……!」
アレイズのほうが泣きそうに感激し、本当に大事そうにミルキィベルの手を自分の手で包み込む。
「結界の応用で薄く傷を押さえただけだから、すぐ治療してもらって! 僕らも出来なくはないけど、ちゃんと治癒術師にやってもらった方が良い!」
「あっ、これくらいなら自分でできますぅ……」
「自分ではダメ! 専門の人にちゃんと診てもらって。専門の人じゃないとこの結界剥がすの大変だから。シルヴァの薄膜結界って伝えてね!」
「は、は〜い……」
片手でしっかりと獣を抱き、ミルキィベルは警戒しながら後ろに下がろうとするが、アレイズがその肩をガッチリと捕まえた。
「ミルキィ、魔獣を公爵閣下にお返ししなきゃ」
「やです! 殺されてしまうんですよ!」
「ダメだよ! 魔獣は危険なんだ!」
「魔獣かどうかすらわからないじゃない! なんかこういう生き物かもしれないじゃないですか!」
「さすがにそれは無理があるよ……?」
「お父様、あの子はどうしても殺さなければなりませんの……?」
ミルキィベルとアレイズのやり取りを眺めながら、エリクシーラは父に問う。
「いや……」
公爵は顎に拳を当て、少し思案する。
「……うちで監督するなら……」
公爵の言葉に、リアムが驚いたように公爵を振り返る。
「魔獣をですか!? エリクシーラお嬢様のおそばに!?」
「ミルキィベル様のマスコットなのに!? うちに!?」
エリクシーラはエリクシーラで、違うところに驚いている。
「エリクシーラの結界がまだ破れてないからな……、あの小さい生き物は結界を割ろうとすると本体も潰れそうだ。
クレイの結界を纏った魔獣なんぞ、危険すぎて外には出せないし、殺さないならうちに置くしかない。
ちょうどそこに国王陛下もいらっしゃるし、許可がもらえるならだが」
「あーーー、王都に魔獣なぁ……」
王が、相変わらず遠くから、困ったように首をひねる。
うーーーん、と一同で唸り、結局、王家とクレイ家の魔法で拘束首輪を付けて、クレイ公爵家に連れて帰ることになった。
エリクシーラが結界魔法について勉強し、獣の結界が解けるようになったらその時点で改めて対応を考える、と言うことで結着した。
* * *
「ミルキィベル様、ではこちらにその子をくださいな」
「はい。ほら、エリクシーラ様のもとへ行くのよ」
「にゃー!!」
獣はミルキィベルにしがみついて離れない。
「あらあら……どうしたらよいでしょう? ……あ、それならミルキィベル様にうちまで連れてきていただきます?」
「そうだな、よければそうしてもらえるか、スイートベリー伯爵令嬢」
エリクシーラの言葉に頷いて、公爵が言う。
「無理に引き離して万一エリクシーラが引っ掻かれるなど、あってはならないからな」
余計な一言まで追加する。
「おお、では王太子を見届人として付けよう。ジョエル、魔獣の収容の確認を命ずる。ついでに公爵家まで令嬢がたを送っていくといい」
突然、王が口を挟む。
「はい、陛下!」
ジョエルは目を輝かせて返事をする。
ヒッ、とミルキィベルが小さく声を上げたが、その声は続くシェインの声に打ち消された。
「父上、いえ陛下! ボクも! ボクも行きます!」
はーいはーいと手を挙げ、主張する。
「ああ、ではお前も付いて行け」
「やったー!!」
「……まだ居たんですか、陛下」
和気あいあいとした王家を横目で睨み、公爵が冷たく言い放つ。
「政務はいいんですか?」
「お前がゴタゴタ巻き込んできてるんだろうが!」
「それは失礼、ではどうぞお帰りいただいて。殿下がたのご同行も不要ですのでご一緒にお戻りください」
「なんでだ!!」
「またエリクシーラを嫁に、などと言い出されたら迷惑ですので、王子殿下がたは当屋敷には永久に立入禁止です」
「えっ……!?」
王家一同の空気が一瞬固まる。次いで、
「なんてことを!」
「それは困る!」
「えーっひどーい!」
カルル以外の王家三人、声を揃えて不満を表明する。
ちなみにカルルは、騎士に囲まれてはいるが逃げる様子もなく、生気のない目で気配が霞のようになっている。
「わたくしもそれがよろしいかと存じますわ」
エリクシーラが賛成すると、王家三人が三人ともひどくショックをうけた顔をした。
「エリクシーラ、未来の我が義娘よ、どうした、義父が嫌いになったのか」
王の言葉に、誰が義父だ、と公爵が怒る。
「いえ、ミルキィベル様が王子殿下がたにひどく怯えていらっしゃいますので……。これから親しくお友だち付き合いしていただこうと思っておりますのに、殿下がたが出入りいたしますと台無しですわ」
「「「そんな理由で!?」」」
王家三人、声が揃う。
次の瞬間、王子ふたりがミルキィベルのもとに駆け寄る。
「弟がすまないミルキィベル嬢、私は下心などないので、どうか怯えないでおくれ」
「ミルキィベル嬢、ボクは怖くないですよっ、ほら、可愛い王子様ですよっ?」
ヒィィィ、と悲鳴にならない悲鳴を上げつつ固まっているミルキィベルの両側から、ふたりはせっせとご機嫌を取り始めた。
あら、ミルキィベル様との交流機会を失くしたくないってことかしら。
でも、攻略対象なら勝手に接点が出来るはず。
どうせなら、綺麗な庭園でロマンチックデートとか、賑やかな街なかでお忍びデートとかしていただきたい。
断罪後の悪役令嬢の家で交流を深めるなんて、全然美しくない。ざまあにはなるかもだけど、麗しくない。
まあ、断罪はされなかったわけですけれど。
そして、ヒロインにはお友達になってもらう気満々なのですけれど。
そして、いまからでもしっかりヒロインに意地悪して、ヒロインの魅力を世界に知らしめなくては!
エリクシーラが妙な決意を固めていたとき、王が拳でぽんと手のひらを打った。
「いいことを考えた! 郊外の王城に魔獣隔離施設を作ろう!」
「……なんとおっしゃいました?」
王が突然大声を出し、侍従が驚いて聞き返す。
「ほら、エリクシーラとの交流をしていたあの王都外れの王城のことだ! あそこならエリクシーラも慣れているだろうし、王都中央部からは離れているから万一の時の被害も防ぎやすい」
もっともらしい理由をつらつらと述べていく。
「そもそもあの王城はエリクシーラが第二王子と結婚したら新居にする予定だったからな。王家と婚姻を結ばずとも聖女の居城として提供する分には構わんぞ」
「陛下! クレイ家をそこに住まわせるということですか? お断りです!」
公爵が怒る。
王は、白々しく困ったような顔を作る。
「いやぁー、クレイ公爵家の屋敷は王宮に近すぎるからなぁー。魔獣を置いておくにはちょっと問題があるなぁーと思っておったのだ。うむ、いいことを思いついたなー」
そして、にやりと笑う。
「おう、そうだ、婚約破棄の詫びのひとつとしてこの城を渡せばどこからも文句は出ず、むしろ王家がこれだけのことをしたということで、エリクシーラの名誉も守れるなぁー」
公爵が、うぐぐ、と悔しげに唸るが、王は無視して続ける。
「王家所有の城だから王宮からの魔法転移ゲートも設置してあるしな、王宮からいつでも様子を見に行けるし、万一の時はすぐに王宮騎士団も駆けつけられる。うむ、これはよい案ではないか?」
「それいいですね!」
シェインがすぐに食いつく。
「ボク魔力高いので! 魔獣管理に協力しますっ。毎日様子を見に伺います!」
「私も!」
王太子がすかさず言う。
「シェインより私のほうが魔力制御は得意だし、剣の腕もある! 役に立てるぞ!」
「大兄様は政務がお忙しいでしょー?」
「お前も学業があるだろう!」
「卒業式が終わったから長期休みに入りまーす。様子を見に行くくらいの時間は余裕でありまーす」
「私だって、その程度の時間、いくらでも捻出できる!」
そして、ふたりで公爵の方を振り返る。
「「公爵家の屋敷ではないから、王族立入禁止にはできないですよね!」」
「……いや! そんなところにエリクシーラと魔獣を置けはしない……」
公爵がキッとして言いかけたところに、
「スイートベリー伯爵令嬢の部屋も用意させるので、休暇の間一緒に過ごしてはどうだ?」
と王がコソッとエリクシーラに提案し、エリクシーラが目を輝かせて、
「いいですわね! わたくしお城に行きます!」
とスッパリ答えてしまった。
作戦勝ち、とばかりに王はにやりと公爵を見やり、公爵はうう、と唸って頭を抱えた。
ここまでお読みいただいてありがとうございます!
読まなくてもいい世界観補足。
王宮は王都の真ん中にあって、政務を行う宮廷と、王家の住まう城がくっついてる感じ。
王城は王家の直轄地とかに大小様々あって、その地を管理する王族が住んでたり別荘みたいに使ったり。王家所有のお城は王城と呼ばれる慣習。
エリクシーラ用の王城は、聖女が居る代では聖女の居城として礼拝堂や教会みたいに使う城で、聖女がいない間は王家の管理で王城と呼ばれる感じ。
もともとエリクシーラが聖女に覚醒したらエリクシーラが住む予定だった。
(子供の頃から馴染ませておいて別の聖女が出てきたらどうするつもりだったんだろうね王様。公爵が睨んでるよ。)
国民が通いやすいようにほどほどの王都郊外にある。
みたいな感じです。イメージづくりにご参考になさってください。
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