14. ヒロインと聖獣
近所のほんにゃりお兄ちゃんキャラ。
(はっ、そんなことよりミルキィベル様!)
エリクシーラはミルキィベルの様子に目をやる。
公爵の掴んだ獣の下、騎士の構える剣の輪の中から、赤髪の騎士アレイズがミルキィベルを素早く連れ出していた。
エリクシーラはパニック状態のミルキィベルに駆け寄り、頭に触る。
「かっ、カッパになってない? なってない?」
「大丈夫ですわミルキィベル様、全然わかりませんわ」
と慰める。
「良かった……、ありがとう……」
幼いような顔でミルキィベルはアレイズを見上げる。
「カッパのミルキィも見てみたかったけどね」
「いっ、いじわる……!」
「カッパでもミルキィなら可愛いかなって」
アレイズはへにゃっと笑う。ミルキィベルの頬が染まった。
「お、おにいちゃんはもう……!!」
目を泳がせたミルキィベルは、アレイズの手に目を留める。
「あっ! おにいちゃん、手が傷だらけです!」
「ああ、たいしたことないよ、ちょっと噛んだり引っ掻いたりされただけだから」
「ダメですよ! 膿んだら大変! そういうことは早く言って!」
「ごめんごめん」
へにゃへにゃと笑うアレイズを叱りつけて、ミルキィベルは治癒魔法を使う。アレイズの手が白い光に包まれ、みるみるうちに傷が治る。
「ありがとう、ミルキィ」
「しっかりしてください、おにいちゃん!」
「お兄様?」
その会話にエリクシーラが疑問を差し挟む。
「あっ、違います、昔から交流のある子爵家のご子息です! おにいちゃんって呼ばないようにしてたのに、つい。ごめんなさいアレイズ様」
「やっぱり幼馴染キャラですのね!」
エリクシーラは目をキラキラさせて二人を見る。
「キャラ……? うん、そうですね幼馴染ですね」
アレイズが答える。
エリクシーラが続けて何かを問おうとした時、ホール中央でわっと声が上がった。
見れば、見えないロープでグルグル巻きになったかのように、ネコのような獣が、ごろりと床に転がされていた。
口も開けられないようで、にゃあと鳴けずに、「んぬぅ………」と唸っている。わずかな抵抗として、尻尾の先だけが、ピコピコと動いていた。
公爵はふう、とため息を吐いてエリクシーラに問う。
「やっと固めた……。エリクシーラ、どういうことだか説明しなさい」
「あっ、はい!」
と言ってもエリクシーラにもよくわからない。
経緯と合わせてその旨説明すると、公爵は眉根を寄せた。
「エリクシーラ、自分で意識して結界が張れるか」
「いいえ、そもそもうちが結界を得意とすることすら存じませんでした」
「そうだな、そのはずだが」
「そのはずだが、ではない!!」
王が横から口を挟む。
万一にも危険が及ばないように引き離されていた王は、遠く騎士の壁の向こうから錫杖を振りかざしながら叫ぶ。
「逆に危なっかしいのだ、ちゃんと教えるべきところは教えろ!」
「ふむ、お前が結界を張ったのでないとすると……」
王をまるっと無視して、公爵は考え込む。
「この魔物がお前の力を使った結界を張っていたのだが、心当たりは」
「いえ、全く。……あ、ミルキィベル様が、聖獣だからではないかと」
その言葉に、王宮騎士たちがザワっとする。
「聖獣……?? おとぎ話の……?」
「聖女が呼び出すとか、聖女の力が形をなしたとか言われている、あの聖獣?」
「それならエリクシーラ様のお力で結界を張っていたのもわかるが……」
「いやしかし、あれはおとぎ話だろう」
「ではこの生き物はどう説明する」
「このような醜悪な魔物が可愛いエリクシーラの聖獣などであるものか!」
公爵が騎士たちに向かって怒鳴る。
「迂闊な噂をもっともらしく話すな!」
「「「「はいっ! 申し訳ありません!」」」」
カツッ! と踵を合わせ、騎士たちが一斉に敬礼する。
「王宮騎士は権威と信頼があるからねぇ、あまりいい加減なことを気軽に口にしてはダメだよ?」
シルヴァも渋い顔で苦言を呈す。
「はいっ、ご指導ありがとうございます。頂いたお言葉、帰ったらこいつらの性根に厳しく叩き込ませていただきます」
騎士団長が答え、騎士たちは直立不動のまま揃って遠い目をした。
「……お兄様って、もしかして偉いんですの?」
「ええっ!?」
エリクシーラの素朴な問いに、シルヴァは驚愕の声をあげる。
「うち公爵家だよ? わかってる??」
「はい、でも、弱小公爵家の末娘は小さくなってろとか皆様によく言われていたので……」
「………なんだと!?」
「……………ふうん?」
公爵が眉をしかめ、シルヴァの口角がひくりと引きつったように上がる。近くで聞いていた騎士団長と騎士一同が、一斉に青ざめる。
「『皆様』ねえ……学生は怖い物知らずだねぇ。……まあ、その話はあとで家に帰ってからゆっくりしよう、ね」
シルヴァはちらりとレオンに目配せをする。王の傍に控えていたレオンは、憮然とした表情で小さく頷く。
レオンからチリチリと湧き出していた怒りのこもった魔力が、いったん鳴りを潜める。
ちょっとレオンから距離を取っていた王子たちが、ホッと胸を撫で下ろした。
「さて、父上、この魔獣どうします?」
「結界の起因がわからん……エリクシーラに影響があると困るが、生かしておくのも不安だ。聖獣の噂になっても不快だし、消すか」
ギリッ。
「ン゙ニィ!」
獣を捕らえている結界が締まり、獣が悲鳴を上げる。
「エリクシーラの初結界を割るのは勿体ないが……、こんなのは事故のようなものだからな、あとでまた綺麗な宝飾品にでも結界を張らせて家宝に……いやなにか最強の魔道具でも作って……」
なんだか不穏なことをブツブツ言いながら、公爵は獣の結界を締め上げる。
獣はもう声も出せず、悲痛な目でミルキィベルを見つめた。
「待ってください!」
ミルキィベルが震えながらも声を上げる。
「かっ、可哀想です! こんな小さな生き物を、とりあえず、みたいに殺すのは、良くないと思います!」
そのまま前に出て、獣に触れようとするのを、アレイズが慌てて止める。
「こら、ダメだよ、公爵様にそんな」
「わ、悪いことまだ何もしてないじゃないですか! こんなに小さくて可愛い子に、何ができるって言うんですか!」
ヒロイン。
さすがヒロインだわ!
エリクシーラは胸元でキュッと両手を握りしめた。
なんてお可愛らしいの!!
「小さくて可愛い……? このグネグネした生き物が?」
公爵が心底不快そうに言う。
お父様は犬派だったかしら、とエリクシーラは首を傾げる。自分の父親なのに、そんなことも知らなかったな、としみじみ思う。
ミルキィベルは不快そうに眉をひそめる公爵に怯まず、いや怯んではいるようだが踏ん張って、震え声で抗議を続ける。
「柔らかくても害はないでしょう!」
「爪も牙もある。敵意がある魔物だった場合、いまここで逃がすとスルスルとどこにでも入っていって捕まらず、どこから襲ってくるかわからない。生徒たちに危険だ」
「てっ、敵意のある魔物だったらわたし、とっくに殺されてるんじゃないですか!?」
「そうですわね」
エリクシーラは頷く。
「魔物がその気なら、カッパの危機より前に命の危機があったはずですわね」
急に意気消沈して「カッパの話はもういいですぅ……」と泣き声で言うミルキィベルは無視して話を進める。
「わたくしたちが来たときにはここは隙だらけでしたので、国王陛下に襲いかかる事も出来たはずなのに、その気配もありませんでした。
危険性は低いのではなくて?」
「王宮騎士団を見くびるな。そう簡単に王が襲えると思うなよ」
「それはそうかも知れませんが……」
エリクシーラと公爵が押し問答をしている間に、ミルキィベルはそっと獣に近づく。
「ダメだミルキィ、危ないっ……」
アレイズが気づいて声をかけたときには、ミルキィベルはもう獣に指先を届かせていた。
バキィン!!
「きゃあっ!」
結界の弾ける音とミルキィベルの悲鳴が重なる。
公爵が慌てて結界を解き、獣はその瞬間に飛び上がって、指から血を流しているミルキィベルの胸元に飛び込んだ。
「公爵閣下の拘束結界に触れるなんて、なんて無茶を……!」
アレイズがポケットからハンカチを取り出して、ミルキィベルの指を包んで抑える。
「いっ……たぁぁ……。でもこの子は助け出せたわ」
ミルキィベルは、痛みに耐える顔で、しかし明るく笑ってみせた。
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