12. マスコットキャラ!?
聖獣(?)登場
三人はそのまま雑談をしながら庭園を進む。
「にゃーん」
何処かからネコの鳴き声がした。
(えっ……?)
その声を聞いた時、エリクシーラの記憶の中の何かが弾けた。
王家の庭園。
子供の頃の王子様たち。
小さな王太子が振り返り……。
そこへ、ミルキィベルの明るい声が響く。
「あれっ、ネコちゃん?」
ハッとしたエリクシーラは、そのまま記憶の中の何かを掴み損なって、軽く目を瞬く。
そして、花壇の中からミルキィベルが抱き上げた小さい黒ネコに目を移し、その何かは再び記憶の中に埋没していった。
「こんなとこで何してるのー、ネコちゃん!」
ミルキィベルは黒ネコを頭上まで抱き上げて楽しげに話しかける。
それを見て、リアムが黙って剣を抜いた。
「ギニャッ!?」
「待って待って待って待って!! なんで?」
無言で剣を向けられて、ミルキィベルが慌てて子猫を抱きしめる。
「背中と尾に特異な形状が見られます。魔獣かと」
「まあ、本当ね」
エリクシーラが後ろから覗き込む。
確かに、よく見ればすんなりと長い尾の先端に、わかりにくいが少しだけ色がついている。先端は青みがかったガラスのようで、尾の動きに合わせて時折日を反射してキラッと光る。
背中は、肩の後ろほどのところに毛に紛れてトゲのようなものが並んで生えているが、刺さるほどの硬さや鋭さはないようだ。
「ほんとだ、絶妙にネコじゃない……」
ミルキィベルも不安そうにネコ……のような獣を両手で持ち上げて、しげしげと姿を観察する。
「討伐しますのでちょっとそのまま押さえていてくださいね」
「ニャッ!?」
「えええええっ!?」
「ほら、ちゃんと押さえててください」
リアムが剣を振りかぶる。
「やだやだやだ無理無理無理!」
ミルキィベルは涙目で獣から手を離す。
獣は放り出されそうになって慌ててミルキィベルの袖口に爪を引っ掛け、そのままバリバリと爪を立ててミルキィベルの肩口まで駆け上がった。
「いたたたたたっ、こらっ、ちょっと!」
リアムが剣を構えて追うのに合わせ、獣はミルキィベルの肩やら背中やらを爪を立てて逃げ回る。
「リアム! ダメよ! ミルキィベル様が傷だらけになってしまうわ」
「お嬢様が無事なら問題ありません」
「なにその身びいき発言!?」
「家所属の騎士ならそんなものですよ」
あははは、と笑うミルキィベルは、髪の毛に爪を引っ掛けて動けなくなった獣をやっと捕まえて頭の上で押さえていた。
「お、止まりましたね、ちょっと動かないでください」
「頭の上で!? やめてー!!」
「リアムー!!」
エリクシーラに怒られて、リアムは渋々剣を納める。
エリクシーラは爪に絡んだミルキィベルの髪の毛を外してやり、そっと獣を抱き下ろした。
「お嬢様、お持ちします」
「さりげなく言ってもダメよ!」
「ちっ……」
リアムは不満げに舌打ちする。
「主家に対して気安すぎない!?」
「しょせんお嬢様ですからね……」
「不敬ー!!」
と言ってやってもリアムは反省もなくクックッと笑っている。そしてふと真面目な顔に戻して、
「冗談抜きで、魔獣は良くないのでこちらにお寄こしください」
と手を差し出した。
「え……、本当に渡さなければダメ……?」
「ダメです」
「逃がすのは……」
「余計ダメです」
仕方ない、と、獣を差し出す。
急に持ち上げられて怖かったのか、獣が尾をエリクシーラに巻きつけるような動きをした。
その時。
エリクシーラに触れた尾の先端の、色の変わっているところが静電気のようにパチッと光を放った。
「きゃっ」
とエリクシーラが悲鳴をあげて思わず手を放す。
同時に、リアムが剣を抜き、獣に躊躇なく斬りつけた。
が。
カキンッ!
硬質な音を響かせて、剣が弾かれた。
「結界……!! お嬢様!?」
「えっ!? わたくし?」
「……いや、お嬢様ができるわけはないですね……」
「何かバカにされた!?」
「違います」
リアムはパタパタと片手を振る。そして、もう一方の手に持った剣の切っ先を、指差すように獣に向けた。
「お嬢様は結界を張る訓練をしてないでしょう。なのに、この魔獣に結界が張られてるんですよ」
「えっ?」
「手応え的にはクレイの結界なんですが……、なぜだ……?」
剣に弾かれた獣は放物線を描いて少し離れたところに着地し、だが逃げもせずそこからこちらをじっと見ていた。
「聖獣なのではないですか?」
獣を見ていたミルキィベルが、パチンと手を叩いて言った。
「聖女様に付き従う聖獣の伝承があるじゃないですか! 魔獣と言うような怖い感じじゃないし、と言うか可愛いし、斬りつけられても逃げようともしないし、なにより結界で守られてるなんて!」
「なるほど、そうね!」
エリクシーラは納得したというように手を叩く。
「ミルキィベル様に懐いているし、ヒロインにマスコットキャラのいる設定なのね!」
「なんでわたしなんです!?」
「魔獣の危険度に可愛い可愛くないは関係ないです」
ミルキィベルとエリクシーラののんきなやり取りに、リアムが冷静に口を挟む。
「しかし、結界は本当におかしい。
俺では割れないし、かといって放置もできないし……。
仕方ない、連れて帰って当主様か魔導師に見てもらいましょう」
リアムが捕まえようと手を伸ばすと、獣はその手を避け、くるりと走り込んでミルキィベルのスカートをバリバリと登り、またミルキィベルの頭の上に乗った。
「いたたたたた!」
「あら、ほらやっぱりミルキィベル様が聖女では?」
「舐められてるだけだと思いますぅー!」
「まあ、逃げないならちょうどいいので、そのまま連れてきてもらえますか?」
「騎士様もひどい!」
涙目で叫ぶミルキィベルを無視し、リアムは考え込む。
「当主様は多分まだホールにいらっしゃいますね。ホールに戻りますか」
「えっ、王宮騎士様や金緑のお兄様方に会っちゃうの!? この格好で!?」
ミルキィベルの会いたくない相手が妙に限定的である。
「陛下が怖いとかじゃないんだ……」
ボソリと呟くリアムに、ミルキィベルはカッと頬を赤くした。
「だ、だ、だって、あの王子殿下のせいでこの2年間恋もできなかったんですよ! わたし卒業してからどこに嫁げばいいんですか!」
「あら、婚約者いらっしゃらないの?」
エリクシーラが不思議そうに尋ねる。
「エリクシーラ様ほど上流じゃないんですよウチ! 子爵から伯爵に陞爵したばっかりで、わりと自由に結婚相手選んでいいって言われてるっていうか選ばなきゃならないっていうか……!!」
「王子殿下なんかいい候補だったのでは?」
リアムが口を挟む。
「あんなのだけは絶対イヤ!! エリクシーラ様がどれだけ酷く扱われてたか見てないんですか!?」
「ミルキィベル様が捕まえといてくれればお嬢様が解放されていいなって見てました」
「ひどい!!」
「それはそれとしてホールに戻りましょう」
「ネコ乗せたこんなよれた髪の毛で?」
「はい行きますよ」
「聞いてくれない!!」
「どうせ王宮騎士もお坊ちゃま方も高望みなんですから変わりませんよ」
「本当にひどい!!」
「リアムも攻略対象かしら……」
ふたりの様子を黙って見ていたエリクシーラがぽつりと呟いた。
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