阿鼻叫喚が案外日常です?
「姫は謙虚でそこがまた愛らしいのだがどうやらそれだけではなさそうなのです……」
「毎日……とまではいきませんが、それでも事ある毎に殿下が囁かれておられる、此方の耳の腐りそうな甘いお言葉すらどうやらただの冗談かお世辞だと思われているご様子でして……」
「オイ待てやコラ!?」
「今のままではお嬢様はただの政略結婚だと思ったまま婚姻なされてしまうでしょう」
「「「どうすれば良いと思われますか?」」」
一部に不穏かつ乱れた言葉は有ったものの、それでも断っておくが全員が真面目そのものだ。最後など見事に声まで揃った辺りにも深刻さが窺える。
特に王太子殿下などは、普段から度の越した茶目っ気ぶりを発揮する性格もあってか軽い言動が目立つが、婚約者が絡めば真面目に倍速で拍車がかかりこの世の終わり如くな思考回路と化す。
のではあるのだが。
問われた側にしたらにわかには信じ難いモノだ。
思いの丈をぶつけるのは殿下・側近・護衛組。
問われたのはクソ忙しい政務の中で緊急招集された国王陛下に王妃殿下と宰相、正に国のトップ3。
さすがはその美貌が広く知れ渡る王子の両親。
濃い金髪に金色の瞳の精悍なお顔立ちの国王陛下は、既に四十を越えられても尚長身痩躯な外見は日頃より鍛えられていらっしゃるからでしょう。
黒髪に青い瞳をお持ちの王妃殿下は、二十歳過ぎの王太子を筆頭に3人のお子様をお持ちとは思えないほど若々しくていらっしゃいます。
宰相は既に老齢に入り、今は長男が補佐をしながら次期宰相としての教育に励み後顧之憂も無い所。
けれども孫が成人するまでは現役を貫く!との強い信念の元、歳を思わせぬ働きぶりを見せて国王陛下を裏から支える縁の下の力持ち仕様。
そんな3人がそれぞれに思う事。
うん、確かに問題ではあるかも知れない。
けれども何故問う側の全員が自らの命に関わり兼ねぬ程に必死な形相なのだろうか……?
我々は一体ナニを聞かされているのだろうか?
国のトップ3としては戸惑いでしか無い理由だ。
「いやその分からなくは無いのだがそれは我らに聞かねばならぬ程に深刻な事、なのか?」
「あの娘が純真であるのはむしろ喜ばしいではありませんか。王妃の資質としては弱点にもなり得ますが、だからといって流される娘でもありませんし」
「殿下方が悩ましい事は理解致しますが政務を止めてまで話し合う内容なのですかねぇ?」
国王、王妃、宰相の順に正直な感想が漏れる。
彼らとしては正に首を傾げるしか無い。
未来の王太子妃の性格も能力も把握した上での言葉だ。むしろ問題なのは山積みな政務を止める事なのでは無かろうか?この措置により一体何人の文官が嘆いて崩れ落ちただろうか……?!
阿鼻叫喚の地獄絵図と化しているであろう己の執務室を思い浮かべ、それぞれが遠い目となってしまうのが国王と宰相。実は国を揺るがす一大事が?!と騒ぐ女官を鎮めて此方に出向いた王妃。
3人が3人共に、この後の収束をどう図るべきかを脳ミソを高速回転させて悩み始めた。既に若いからと笑い飛ばせる範囲を大幅に突き抜けている。
さて、自身の足元の騒動の宥めと同時にどう叱り付けるか悩ましい限りではあるが……。
「ですが!先の隣国での愚王弟の寝惚けた世迷い言はそれとしても、私の言葉までもがそんな風に捉えられているだなんてあまりにも愚かしく哀しい最悪な出来事ではございませんか!?」
親の嘆きも知らずに尚吠え立てる王太子殿下。
他の二人は黙りはしたものの、不安と焦燥を綯交ぜにした表情で此方を必死に見つめて来る。
痛む頭を押さえ、溜め息を吐く国王。
同様の仕草をしながら黙って夫に任せる王妃。
長年国を守る者として側で支えて来た宰相もその役目を父親たる国王へと委ねるべくただ頷いた。
「愚かしいのはお前だ!この馬鹿息子がッ!?」
「……ち、父上?」
「あのなぁ!お前が婚約者にベタ惚れなのも婚約者が絡むと途端にポンコツになるのも、ましてやそんな馬鹿げた理由でいつ逃げられやしないかと我らがハラハラドキドキさせられているのも、城内の者全てが知っていると言っても過言ではない」
一旦言葉を切り息を整える国王。
重々しい口調とは裏腹に、語られる内容は嘆きを通り越して可笑しさすら纏わり付いている。
この際だからと自分達を含めた現状を知らしめるつもりのようだ。気遣い?ナニそれ美味しいの?
それにしても何処で教育を間違えたのかなぁ?
息を整えながらついそう思ってしまった国王だが、実は王妃も宰相も全く同じ事を考えていた。
「その優秀さ故に幼い頃より普通とは違う事を密かに嘆いていた折に婚約者を見出だし、ようやっと人間らしき一面を見つけたと我らが安心したのも束の間、その後の異常な奇行によって糠喜びとして終わらせてくれる始末。全くどうしてくれよう……」
「愚かしく哀しく最悪なのは貴方ですよ……」
「王宮専属魔術師と錬金術師の一番の仕事内容ご存知ですか?城内に暮らし勤める者達向けの頭痛薬と胃腸薬の生産と新薬開発ですよ。まぁ一番世話になっているのは我々ですけど……」
国王に任せはしたがそれでも言いたかった王妃と宰相がそれぞれ付け加える。国内はおろか遠い国に至るまでと『完璧王子』と政務評判なこの王太子の、唯一とも呼べる欠点がまさしくコレだ。その暴走ぶりの犠牲者は彼の側近だけでなく城内全てに及んでいると言ってもよい現実だった。
「お前らも一体何をやっているのだ?!王子を止めるべき側近も、しかも令嬢の護衛となった身のお前までその彼女を守らずに一緒になって迷走暴走!!まずは全員自分の職質を思い出せ!!」
「あまりにも暴走するようでしたら婚約者から離して頭を冷やさせますよ、全く……」
「それは宜しいですな、学園に向かわれる様になってから殿下直属の文官達の負担もかなり増しております。止めるのもやむを得ないかと」
国王は王子だけでなく側近と護衛を責め、王妃は王子の所業を嘆いた上での釘刺しに走り、その言葉に宰相が便乗した。さすがは長年共に国を支えてきたトップ3だけに息もピッタリである。
「な……っ!私に死ねと仰るのか?!」
「死なん死なん、せいぜい干からびるだけだ」
「そうですね、ヘンな要素が抜けて少しは大人しくなるのではないでしょうかしら?」
「萎びても調理次第では旨くなりますからなぁ」
しまいには王子を野菜扱いなさっているトップ3。
悲嘆に暮れる王子を軽く往なしてらっしゃいます。
けれども、今の内に王子のこの若さという悪要素の根源を多少なりとも抜かなければ、今後も変な被害が国に広がる可能性が高いのだ。いずれはその役目は婚約者へと引き継がれるだろうが今は自分達が頑張るしか無いだろう。
現時点で一緒くたに騒ぐ側近と護衛は除外されているがこればかりは仕方なかろう。コイツら纏めて自ら再教育したるわッ!とは宰相の熱い決意。ついでに人払いを願われて扉の向こうで待機している騎士団長も捲き込もう、そうしよう!!
主を支えるべき立場を逸脱したばかりか共に迷走爆走状態なのだからそれも仕方なしか……。
こうして殆どの者には知られないまま、国の根幹(主に人間)を揺るがしたこの騒動は開幕と同じく密やかに終幕を迎えた。得る物は多かった。その殆どが悲惨な結果で在りはしたものの、だ。
……そう思わねばやってられんわッ!!
大国に属するこの国のトップ3が心を一つにした歴史的に貴重な瞬間でも有ったが、語られる事も記される事も無く闇に葬られる事となる。