溺愛執着パワーを舐めると怖い?
一般市民は当たり前だが、上位貴族はまだしも下位貴族は王太子である眉目秀麗な第一王子殿下を垣間見る機会など本来ならばそうあり得ない。せいぜいが建国記念の祝賀の際に遠目に豆粒姿を拝するか、稀に招かれる王城の夜会でやはり豆粒姿を拝するかな程度だ。見えるだけマシ……なのだろうか?
近寄るどころか実際には顔すら知らない。
一応、絵姿や王城玄関に飾られた肖像画を見てはいるが実物拝見は無いので知らないと同義だろう。
だが今年の学園ならば見放題状態だったりする。
その理由はただ一つ、殿下自らが婚約者との顔合わせを兼ねた昼食会へと出向く為だった。
基本的には貴族が通う学園だけあって昼食兼休み時間はかなり長く取られている。その為、殿下の来訪と生徒の休み時間が重なる事も少なくない。
自身の公務の合間を縫っての事なので当然毎日という訳にはいかないが、出来得る限りその優秀な能力を遺憾なく発揮して時間を拵えていたりする。
もちろんその大変さは決して表には出さないが。
そして隙あらばイソイソと、愛しい婚約者との昼食会の為に学園へと足を運んでいる今日この頃。
外出先では王族特有のアルカイック・スマイルを浮かべる事が殆どな殿下だが、この学園に来園する際のみその笑顔は麗しさが増し増しなのだ!と密かに女子生徒の間では評判であり楽しみだった。
それにあわよくば、側室や妾でも!と意気込む猛者も居る。将来の国王の愛人枠に収まれば王妃が居ようと恐る恐るにたりず!!と考える愚か者も一定数は居るものだ。愚かでしか無いが……。
その傾向は主に若い下位貴族の少女に多い。
幼い時分より自分の目や身内からの噂で実情をよく知る立場の高位貴族のご令嬢方にとっては、そんな事は夢幻を通り越し、魔王を倒す勇者に選ばれるかの如く遠いモノであったのだから。
ちなみにだが見物人は女子だけでは無い。
殿下が来訪される度にベストポジション最前列で鈴なりになるのは女子だけだが、その後方から毎度ではなく時たま程度に男子生徒達も覗く事はあるが時間としては秒に満たない。麗しかろうと美形だろうと男は論外なしょっぱい理由からだ。
けれども、殿下の視線がそんな見物に鈴なりな彼女達に向かう事はまず無かったし、社交用の笑みも浮かべられてはいてもそれ以上崩れる事も無かった。
殿下の視線は婚約者と過ごす先にのみ向けられていたし甘い笑みも彼女にしか向けられない。
そして本日もまた、学園の王族専用区画に向かう婚約者の元へと足取りも軽く出向いている最中の殿下と呆れ顔でその後に続く側近ジョンソン。
これももう日常風景になりつつあったりする。
☆☆☆☆☆
「あぁ……来週からは暫く此方には来れないのだったな……くっ!何とかならないものか?!」
「無茶言わないで下さい。隣国への訪問は前から決まっていた事ではありませんか。本当ならば学期が始まる前には終わらせていた筈なのに、延ばした理由が婚約者の夜会のエスコートの為だなんて自分のせいだとしか言い様無いしー?」
今日“も”予定より早く待ち合わせ場所へと着いてしまった二人。そこで殿下の唐突な駄々捏ねが始まった。幼い子供ならばともかく、イイ歳した大人の遣る行為では無い。婚約者が居なければ、そして人目が無ければ世に言う『完全無欠の王太子』など夢幻か?と思ってしまう有り様だった。
あまりの呆れ理由に思わず言葉に素が出てしまう。
この時ばかりは忠誠心も何処かへと姿を消すのだ。
駄々を捏ねる殿下にはいつもの凛々しさがゼロなせいもあってジョンソンの宥め方も適当になった。
一国の公務と個人の用事。
そもそも普通だったら天秤に掛ける要素すら無い。
なのにこの殿下は平気で天秤を後者に振り切って公務を延期させたのだ。苦笑でそれを赦した現国王は大物と評価すべきか親馬鹿と笑うべきか……?
だがさすがに一度決められた公務を日程変更は出来ても中止にする事は出来ない。いや、本来ならば変更すら何度も出来るものでも無い為、今度こそは必ず向かうように!との国王の厳命も用意されていた。つまりもう変更は不可なのである!!
「ん?……待てよ……!?」
「うわぁ……また変な事を思い付いたよこの人!もういい加減にしてくんないかなあ!?」
「変な事とは失礼な奴だなっ!!そこは主の意を汲んでその願いを全身全霊全力で叶えるのが優秀な側近というモノだろうが!?」
「言うは易し行うは難しって言葉ご存知?!」
行く事そのものの変更は不可。
けれども別視点で考えればそれ以外なら可能。
……………………。
悔しげな身悶えから一転、部屋で凭れかかっていた長椅子からガバリと身体を起こして目を輝かせた殿下。その様子に警戒を強める側近。嫌な予感がビシバシと押し寄せて来やがった!!
殿下が思い付きで自分の希望を最大限に叶えようとするならば、巻き添え喰うのは間違いなく側近な自分だと知っている。いやもう既に体験済みだ。
全身全霊を全力で……ってどんだけだよっ!!
「ははは、大した事では無いさ。姫もそろそろ入学からそれなりに経つし、公務にだって顔を出す年齢に達したじゃないか。デビュタントは今年だ」
「はいはいそうですね、で?」
「来週行く国は特にこれからの友好を深めねばならない重要な相手だろ?それほど危険も無い」
「ええ、一度延期されたので相手が不満に思って無きゃ宜しいのですがねぇ」
熱弁を奮う殿下の言葉に適当に相槌を打ち、ついでに嫌味を練り込んだ回答を寄越すジョンソン。
仮にも相手がその延期に対する不満から八つ当たり襲撃かける可能性だって有るかもなんだし?
で?思い付きとやらは何処行った?!さっさと言わんかッ!!とばかりに半目で睨み付けてもやる。
「危険が無いのならば姫の初公務にピッタリな場所では無いのか?是非連れて行こう!!」
「………………は?!?」
思っていたより低い声が出てしまったジョンソン。
両手を広げて名案だ!とほざく主人をこれでもかとばかりに睨み付けた。目付きが悪くなって女性に嫌われるようになったらどーしてくれるッ?!
ただでさえ激務のせいで婚活の時間が取れず、婚約者すら定まらぬ身なので妻帯など今のままでは夢のまた夢だ。数少ないチャンスを逃したくない身としては外見のマイナス要素は減らしたい!!
まだ二十歳を僅かに過ぎた年齢。
女性と違い、貴族男性の初婚はそこまで早くなくても焦る要素は少ない。だがそれとこれとでは話は別!若い内に味わう恋愛もまた格別で今しか堪能できない代物なのだからっ!!
……と少々思考が脱線しかかるジョンソン。
御歳21歳、王太子殿下と同い年。まだまだピチピチお肌な惑い過多の悩み多き青年であった。
にしても、正に『言うは易し行うは難し』である。
随行員が増えたり減ったりするのはまま有る事。
それ位ならば直前でも何とか調整は可能。
だがそれは『随行員』ならではの話であって、『賓客』では全く別の問題となるのは必死。
けれども、一度言い出したらこっちが何を言おうと聞きゃあしないのは長い付き合いでよく知っている。ならば後は腹を括って前準備に乗り出してしまった方が此方の被害はまだ少ない!!
そう決意したジョンソンは、まずは廊下で待機する護衛騎士に今後の手配をするべく人員の派遣を要請する。王城の関係者と警備の変更を協議し、婚約者の実家への伝言と荷造りの指示を出し、後は公務先の国へも連絡をって……寝る暇あるかなぁ?
遣る事を指折り数えてみて、あまりの多さについそう遠い目をしてしまうジョンソン。
それでも命令と在らばこなしてしまう哀しさよ。
優秀かつ忠実な彼ならばこそ、なのだが。
手っ取り早く真っ先に学園への通達を手配する。
馬車で片道数日は要する隣国への旅路。
学生である姫も殿下と共に向かうのならば当たり前だがその間は休まねばならない。関係者各位への事前通達も丁度良いので済ませてしまう。
ちなみにこの突然の王太子殿下の決定を受け、王城・婚約者の実家・学園の関係者がまず悲鳴を上げた。父親である国王と母親の王妃は報告を受けた際に揃って苦笑で済ませたそうだが。
一番割りを喰ったのが、派遣する使節団の責任者である宰相と警備責任者である近衛騎士団長。
ようやっとな直前のまさかの大変更を強いられる羽目になった代表格の二人だが、その下にも余多の者達が揃って変更への苦労を味わわされた。
その後、王城の関係者を代表して宰相が王太子殿下へ面会を希望してわざわざ嫌味と苦言を呈したそうだが、決定そのものを取り消す事は叶わずにまた嫌味も本人に殆ど堪える事は無かったそうだ。
次に驚天動地の呈に陥ったのは婚約者の実家。
ちょうど当主も夫人も領地に残っていたが為に、家を委されていた高齢の家令が知らせを受けた衝撃で気を失い、残された他の使用人達も上に下にの大騒ぎと相成って収拾に時間を要したそう。
内密の知らせを受けた姫が学園から急ぎ戻らなければその騒動はいつまで続いていたやら……?
最後の学園は、前者の方々に比べればだが平和な部類には入っていただろう。婚約者の姫はやはり王太子妃となるべく幼い時分より高度な教育を受けていたし、真面目なタイプなので勉学にも励んでいて成績もかなり優秀な生徒だった。
なので、ある程度休学しようとも学力の低下には結び付かないだろうと教師から太鼓判まで頂いた。
一応、休学中の補習については本人との話し合いを後日……との運びにはなりはしたが。
あちらこちらが悲鳴と怨嗟の声を上げる中。
この日の昼食会で、にこやかに殿下からその旨を伝えられた姫君は可愛らしく首を傾げた後に朗らかに了承した。彼女にとって王家からの命令ならば従うのが当たり前だからだ。まさか殿下の我が儘だとは思いもしない辺り姫は純真でもあったりする。
身近で永らく知る者が相手であれば絶大な信頼をおいてあまり疑う事の無いのが婚約者の姫君。
殿下の無茶ぶりを止めたいのなら、まずは姫を説得して懐柔してその役目を任せるのが一番手っ取り早いのだという事実に、振り回されるのが常な側近のジョンソンが気付くのは遥か先の事だった。
☆☆☆☆☆
隣国への王太子殿下と未来の王太子妃殿下の来訪はほぼ円滑に和やかに終了したと言って良いかと。
『未来の王太子妃殿下』の来訪が直前に決まったが為に混乱も起きはしたが、それも隣国のやや浮かれな不良王族の無知から来る微笑ましい内容。
『ほぼ』なのはあくまでも一部個人による私怨によるモノからだからだ。国の外交としては文句無い程に円満な結果であっただろう。最初の混乱を招いた立場としては文句の言い様も無いし。
「あんの糞野郎!!たかがこの国の王弟に過ぎぬ身で私の姫に堂々求婚するなぞ身の程知らずの分際がっ!!こんな事なら連れて来るのでは……ああでもあの愛らしさを一日見ずには私の心がッ!!いっそもう明日から閉じ込めて私以外の目には触れられぬ様にすべきか……?」
……一部個人による私怨での独り言の抜粋。
この言葉のみで個人が誰か、どんな私怨かが分かる者には分かるだろう。ちなみにだが同室に居た側近は、いつも夜に自身で使う“とある魔術”を最大限に行使して声の漏れを防いだとか。
その甲斐あって、隣室で既に休んでいた婚約者の安眠が妨げられる事は無かったそうだ、めでたし。
☆☆☆☆☆
「ちょっとー!何で居ないのよーーッ?!」
急な決定にも関わらず、関係者各位の相応の努力の甲斐あって王太子殿下と婚約者は隣国への公務へと出発したその翌日。学園の一角で何処か聞き覚えのある怒号が響き渡っていた。
既に噂で知る者は目線どころかその進路に立つ事すら拒否して足の向きを変え、知らぬ者もあまりの異様さに誰も近付かず遠巻きにするのみ。気の利く者は教師へと注進すべく別方向へとその足を早める。人の行き先は様々だが誰一人として声が聞こえた方角へ近付く者は無い。
最初はあまり人目に触れない様にと場所を選んだ筈なのに、自らの叫びで注目を浴びた事に気付かずにそのまま腹立ちを態度と行動に移した結果、注進を受けた教師に目撃され反省の色無しと、更なる謹慎処分を受ける事となった下衆ヒロイン。
前回受けた日数よりも尚長期に渡った謹慎期間により、半月あまりの公務から戻っても尚尻軽チンピラに突撃されない恩恵を受けた殿下と姫君。
実はこの後、毎年のデビュタントにと定められた夜会で少々曰く付きが起こるのだが、本人長らくの不在から脅威を逃れていた殿下も姫君も側近も知るべくも無く日常に勤しむ日々を送るのだった。