《エピローグ2》グダる!周辺!!~主に王城~
ココで一旦区切りとなります。
ですがまだ続きます。
王都城下のほぼ一部のみが混沌に包まれていた頃。
その城の一角でもちょっとした混沌が発生しようとしていた。正に一部限定厳選された代物として。
「……母上、先日の発言は事実ですか?」
「ん、どの発言の事かしら?」
「アレですよアレ!先日自ら仰っていたではないですか?!ご自身の服飾に対する予算計上やら書類提出やらなアレ!!」
「あぁ本当よ。だってかつて私にそれを指示した上でやらせたのは王太后様なんだから」
「お祖母様が……ですか?!」
ちょっとしたご機嫌伺いを兼ねて……な名目で王妃殿下を訪ねた王太子殿下。だが実は少し前に開催された母親主催の内輪茶会に婚約者が来ていた事を聞き付けて探りに来たのだった。
ただし、バッチリしっかり母親にその思惑は見抜かれている事を王太子本人のみご存知では無い。
そもそも母親のご機嫌伺いに出す話題にしてはお粗末にも程があるでしょうに……。
素直で健気と褒めるべきか、いっそ気持ち悪いと貶すべきか?なかなかに難しい問題だ。
それにしても、日にちも違うのだから最早居る筈も無いのに然り気なく部屋を見回す様子は、居ない筈の婚約者の幻影を見ているのか口元が弛んでいて、我が息子ながら何処かしら狂気じみてて微笑ましさを通り越して憐れみすらもよおす。
「(これはもう独占欲とかそういうモノでは無いわよね……、バカ息子がごめんなさいねアッシュ……)」
この国においても近隣諸国においても『優秀だ』と評判の声が非常に高い王太子殿下。
けれども母親だからこそ彼女は知っている。
この王太子殿下は自身の婚約者が絡むと途端に見事なまでに暴走一直線な事を。
だからこそ今この場には自分達親子しか居ない。
国としては暴走する王太子殿下を簡単に人目に晒す訳にはいかないのだ。
どんなに腐っていてでも王太子殿下なので。
なので今この室内には二人きりだ。
自分付きの専属侍女は勿論、息子が連れて来た側近や護衛すら廊下に出した上で総出で廊下を見張らせている。理由は簡単、他者の目を避ける為。
主に王太子殿下を狙う若い貴族令嬢方は、引きも切らさず日々行儀見習いの名目で城に押し掛けては城内を彷徨く。高位貴族令嬢は王太子殿下の本性をご存知なのでそんな愚は犯さないが、まだ夢見る乙女を気取る下位貴族令嬢はそうでも無かったりする。
本来なら新人が王城の中枢部や王族の居住空間に配される事はまず無いが、王太子殿下に見初められる事を願って無駄に着飾った下位貴族肉食令嬢達が近辺を姿を見せる事が頻繁に起こる。
それを未然に防ぐ為にもこうした見張りは必須。
そんな事情によって前触れで王太子殿下の来訪が伝えられると、その一角は定めされた厳戒態勢を敷くのがこの城の日常風景と化して久しい。
まぁその下位肉食貴族令嬢方も、いずれ城内のあちらこちらで繰り広げられる王太子殿下の婚約者に向ける甘々な態度と台詞を目撃し、現実を悟って目を醒ますのもまた日常茶飯事の一環なのだが。
平和といえば平和、微笑ましい話といえばそれまで……なのかもしれないだろう。
関係者からすれば笑えぬ喜劇の様な代物なのだが。
~閑話休題~
心の中で先日話した少女に謝罪する王妃殿下。
本来の未来の義娘は王太子殿下を普通?に慕って??いるが彼女は決してそうでは無い。
その理由の最たるモノがコレなのだから。
自分が悪い訳では無いのだが、やはりそこは身内であり血を分けた息子なのでこの時までは多少なりとも罪悪感は湧いていた……のだったが。
そう思えたのも一瞬。
そんな罪悪感も早々に粉々に砕け散る事となった。
嫁姑問題はいつの時代も何処の世界でもそれなりに根が深く、身内と言えど他者が簡単に踏み込んではならない領域でもある。若い異性である息子はそれに気付かなかった模様だが、それだけならばまだしもそこに更なる余計な一言が付いた。
「母上はしないで下さいよ、嫁いびり」
……なぜ、かつて王太后が王妃に対して『義母が嫁いびりの為に予算計上やら書類提出をさせた』事を見抜いた癖に、自身の母親に面と向かって『王妃が王太子妃を嫁いびりするかも知れないか心配する』事が失礼に値すると気付かぬのだろうか?
…………母は静かに、だが激怒した。
ピシリッ……と音がした気がする。
王妃殿下の、二十歳超えの息子が居るとは思えぬ程にきめ細かいと評判の、その美しく白い額に青筋が浮かぶがまだ息子は気付かない。
表情には一切出さず、けれども微動だにしないまま放たれる空気は極寒の冬山並みに冷たく、口元は弧を描くものの目には光すら浮かべずに見据える視線の先には無神経男の代表格と化した息子。
一瞬で雰囲気を変えた母親に本能的に戦く息子。
ようやく母親の怒りには気付いたご様子。
けれどもまだ彼はその本当の恐ろしさには気付いていなかった。そう、古今東西『女性を怒らせてはならない』原則を、そしてなにより『何故怒らせてはならないのか』という世界の基本原則を、この日王太子殿下は自身の魂に刻む事と相成った。
その後、幽鬼と化してよろめき彷徨う王太子殿下の姿を城内の多数の者が目撃したとの噂が流れたが、噂の主は否定も肯定もせずに沈黙を貫いたのでその真相は闇の中となったという。
☆☆☆☆☆
「なぜこんなに忙しいのだ?」
「……お前のトコの馬鹿息子が先日の騒動を上手く収拾出来なかったのが主な原因だな」
「くっ……確かにその通りだ」
幼馴染みたる宰相閣下に淡々と指摘され、悪いとは思いつつも目を通していた書類に顔を落としてしまう国王陛下。普段から威厳など他人の目の届かない執務室では放り投げているので、特にこうして侍従や護衛すら排して二人きりでの執務の際には国王はダラけるし宰相は容赦無い。
砕けた物言い、崩した態度。
国のトップ3の2を占めようとまずは人間なのだ。
権威が大事?
んなモン見られなければ何の問題もナシ!!
それが彼らの共通認識なのでいつも二人きりでの執務室はこんな有り様だった。それにだが一応、護衛の名目で扉の前に立つ騎士達は実は内情を知っていて、だが口外無用を必須とされた口が堅く信用のおける者達のみが配置されている。
ちなみにではあるが、場所は違えど似たり寄ったりは光景が城内のあちらこちらで繰り広げられている点には今更誰も突っ込みはしない。
国を支えるトップの2人の遣り取りが、こんな子供じみた口調の応酬と貴族マナー違反甚だしい態度であるなぞ公表出来はしない。なので全てを知る騎士団長の配慮で決定した裏人事だったりする。
まぁ仮にも国の中枢の中枢部であるため、防音盗聴の類いは一切出来ない様に最新最強の魔法によって護られてはいるのだが念には念のため……だ。
こうして王国の平和と評判は保たれている。
主に口の堅い忠義の塊であるごく少数の臣下達の努力によって。それは城奥の王族私的空間でも同様の事。護られている側は知らぬ事ではあったがその辺りに不平不満は生じていないので無問題だが。
「……なぁ、アレについてはどう思う?」
「アレとはドレだ?具体的に言え」
器用にも、手元の書類に目を通して内容を把握して問題点に赤インクで指摘した後に再提出の箱へと放り込みながら、国王は幼馴染みへ声を掛けるが戻って来るのは冷たくつれない返答のみ。
そんな宰相の手も一瞬も止まらずに動いている。
本来ならば話をする程暇では無いのだ、二人とも。
だが閉鎖された空間で黙々作業など、しかも気安い仲とはいえイイ歳こいた中年男と二人きりなどそうはやっていられない。ゆえに大抵はこうした雑談をしながらの作業が互いの定番と化して久しい。
「アレがドレなどと今更ナニを素人ぶってんだよテメェ!今すぐ速やかにさっさと吐いて楽になりやがれ!!さあさあさあさあッ!!」
「……忙しくて頭に血が昇ると口が悪くなる癖はまだ直らないのか?お前と息子とはやっぱり親子なんだなとこういう時につくづく実感するよ私は」
ゴスッ!
「~~~~……っ?!!!」
仕事の手を止めるのは少々痛いが、クソ忙しい状況下に国王が暴れ牛と化しても困るので、溜め息をつきながらさっさと冷静にさせるべく早速拳を握り素早く歩み寄って国王へと振り下ろす宰相。
その後、頭上に星を飛ばしながらタンコブに手を当て悶える彼に冷たい目を向ければ、涙目ながらも正気を取り戻した様なので執務を再開させる。
「(全く……、この国王にしてあの王太子ありだ)」
正気さえ取り戻せば優秀な国王。
婚約者さえ絡まなければ以下同文な王太子。
『血は水よりも濃し』とは誰が言ったかすら知らないが、見事に本質を突いた言葉だと宰相はしみじみと思う。特にこの親子を見ていれば尚更だ。
「ほら、さっさと執務を終わらせますよ。無駄話は後にして頂かないと睡眠時間を減らしてでもやらせますからそのおつもりで」
無駄話は終わりだと、ついでに口調も敬語に戻して自分の席に着き直す宰相。目の前には山盛りの書類が幾つもの山を築いているのだ。正に寝る間も惜しんで働かねば終わらない悪夢の量なのである。
鬼ー!悪魔ーー!と喚く幼馴染みを再び視線で黙らせて、手を動かしては国政の書類を処理しながら腹黒閣下は思考に沈む。
さて、王太子殿下の後始末をどう着けようか?と。
☆☆☆☆☆
「う~ん、色々と面倒臭い事になって来たわよね~。婚約破棄するのはアリかしら……?」
極地集中的に混沌が現在進行形で発生中の王都。
その一角で、近い未来ではあるが今現在以上の最大級の混沌が生み出されようとしていた。
その場所は王城の直ぐ横。
この国の、百を超える貴族の館が建ち並ぶ中でももっとも城に近い位置に建つ筆頭公爵家の豪奢な館。
南向きの広い部屋で一人、天蓋のベッドに横たわりながら呟いたある少女によって……。




