《エピローグ1》グダる!周辺!!~主に王都~
「……我々は……どうすべきなのか……?」
「どうするもこうするも様子見しか無いだろ」
「「「「だよな~……」」」」
王都の学園内の一角、寮生ならば自由に使えるカフェと学習室と図書室が併設されている建物の中。
申請すれば予約制ながら試験前には賑わう学習室も今は閑散としている。……筈なのだが、一番広い学習室はその日やけに賑わっていた。
主に人数的に、という意味では。
細長い机と椅子が幾つもあり、最低でも二十人は収容出来るこの大部屋。今この部屋は十数人の男子生徒が集まっていた。だが机の上には本もノートも筆記用具も出されてはおらず空っぽ状態。
どうやら勉強では無く話し合いがなされている様だが、そもそも部屋の中の雰囲気は多少の話し声はするものの静かというよりはひたすら暗い。
……さながら葬式といった空気感がめちゃ強い。
彼らは全員男性。
しかもつい先日成人を迎え、王城でのデビュタントを『済ませる筈だった』一年生の面々。
今この場に居るのは主に下位貴族と裕福な商人の子息達である。爵位は有ってもやや庶民寄りの資産な下位貴族と、平民ながら庶民よりは金持ち資産な商家。生活水準が似たり寄ったりなので存外ウマの合う友人関係を築いていたりする。
別名は、王太子殿下の婚約者、未来の王妃殿下と同じ学年な為に一緒にデビュタントという最高の栄誉を受ける筈が、変なモノの乱入と起こした珍事で台無しにされた云わば被害者同盟の集合体。
ちなみにだが、王家は今回の城での騒動を鑑みて被害者達に救済措置を用意した。一月後、改めてデビュタントの舞踏会を催し、その際に懸かる服飾の一切を国が用意し支払うと。太っ腹にも程が在ろうが、一年の中でも最も重要な式典が台無しになった事実を憂慮すれば当然の処置だろう。
早速とばかりに彼らの家に城から使者が立てられて訪問まで為されたらしい、仕事速いな王城!!
大混乱と化した一部の実家の保護者(主に男爵家と子爵家)から泣きが入り、慌てて手紙を書いたり会いに行く男子・女子生徒が続出した。
学園は現在休校中である。
新年度も数ヶ月が過ぎ、ある程度個人の学力差が見えて来た時期なので調整するにはもってこいだと学園は判断し休校措置に踏み切った。期間は再デビュタントまでの一月余り。暇をもて余す筈が混乱に捲き込まれた生徒達には有難いが迷惑な代物。
取り敢えず仲間同士で集まってはみたものの、有効な手段を持つ者も打開策を思い付く者も特に居ないので出て来るのは愚痴と弱音ばかりなり、だ。
それでも一人よりはずっとマシだ!とばかりに呼び掛けに集まった十数人。そして既に小一時間、こうして「どうする?」「どうにもならん」「どうすべき?」をひたすら繰り返している。
ある者はうつ伏せで机に片頬を付け、ある者は椅子の背に上半身を仰け反らせ、ある者は逆向きに椅子に腰掛けて背凭れに頭を沈め……と、良家の子息にはあるまじき状態だが誰も咎めはしない。
前述した通り、今は気の置けない仲間同士の集まりであり堅苦しさを引き出す仲でも無いので。一人でも高位貴族が居れば話は別だったろうが……。
「……おーい、面会要請が来てるから入るぞ~……って一体ナニが起こったんだッ?!」
いきなりノック抜きで一人の少年が軽い口調で学習室の扉を開けると同時に室内に大音響が響いた。
その原因は、数人の男子の椅子の座り方にあっただろう。なんせただ凭れるだけでなく、椅子の足を片方上げて傾けたりバランスなぞ考えてもいない格好の者が殆ど。慌てた拍子に滑ってひっくり返るのが自明の理というヤツである。余談だが一番の被害者は3つの椅子を並べて寝転んでいた輩だ。
辛うじて机はひっくり返ってはいないが並びは乱れ、床には倒れた椅子と人間がゴロゴロと横たわっている現状に驚く少年。そんな彼に文句は言いたいが、態度含めて自分に原因があるのでそれに関しては全員が口を噤んだ。呼びに来た少年が伯爵家子息だったからでは決して無い。多分?
悲惨な学習室の状況は一先ず置き、呼ばれた生徒は面会要請に対応する為に出て行き、逆に呼びに来た少年は残った面子と一緒に部屋を片付け始めた。
「で、ナニやってたのさ?君たち」
「えー……実は、斯々然々諸々云々……でして」
聞かれた男子が代表して説明する。
家格が上なのでさほどの付き合いは無いが一応同級生で彼の多少の人間性は判明している。特に家柄を誇示する人では無かったので説明する方も気が楽だ。それに、是非とも別の立場からの助言を男子生徒達は切実に望んでいたのだからこのチャンスを逃す筈も無い。むしろ喰い気味に迫った。
「……おぅいやうん、俺もそんなに詳しくは知らんし君らを安心させられる情報も持ってない。が、少なくとも今の王家は理不尽な事を為さる方々では無いと評判だ。我々の舞踏会の配慮の成され方からしても悪い事にはならないと思うぞ。……断言も保証もちゃんとはしてやれないけど」
「いえ!それだけでも十分です!!な?」
「確かに言われた通りだ!全く無知な俺らなんかよりよっぽど説得力持ってるし」
「そーだよなー……、俺らしがない下位やら一般庶民よりゃよっぽと心強いぜ!!」
「「「おうッ!!」」」
単純にも程が有るが世の中こんなモノ。
言い種もどうかと思うが、言われた少年も一瞬顔を引き攣らせはしたものの、生来の人の良さを発揮して気にせず笑顔を見せた。仲の良し悪しは別として、頼られるのは(伯爵位は力としては微妙だが)下の身分の者達に悪い気分では無いのだから。
『偉いヤツの言葉には巻かれろ』。
アッシュなら「オイ!」と突っ込みそうなこの言葉だが、誰がいつ言い出したかは不明ながら世間に浸透し、実は主に低位貴族の間では家訓になっている所すら有るかもしれない名言なのである。
そしてその名言の通り、デビュタント直後の彼らは迷わずその言葉に従うのであった。
☆☆☆☆☆
王都では毎日何処かしらで茶会が開かれている。
低位も高位も爵位や規模も様々ながら、『茶会を開かぬ者は貴族では無し!』との暗黙の了解の様な雰囲気が存在する為、金と時間を莫大に消費する事を厭わずせっせと茶会を開き、招待したりされたりとご婦人方はそれなりに忙しい日々を過ごしている。
そんなご婦人方の今一番の話題と言えばやはり先日の城での騒動について、だろう。
あの日は特に年に数度と少ない王家主催の舞踏会で、しかも毎年恒例の学園新入生の子息令嬢の成人デビュタントを祝う大事な式典を兼ねたものであった。なので国内の貴族は殆どの者が出席していたし庶民の一部も保護者として参加を許されていた。
ただ、そこで行われた『狂女による三文芝居』の目撃者は多数居たのだが、その後がどうなったのかを知る者は実は居ないのだ。
出席者にしてみれば、騒ぐだけ騒いだ狂女は早々に退場させられ、壇上の国王陛下と王妃殿下と宰相閣下によって後日の舞踏会やり直しが伝えられはしたものの、いつの間にやら狂女と対峙していた筈の王太子殿下も婚約者である令嬢も姿を消しており、会場に居た者達はほぼ現状把握出来なかった上に詳細は何一つ判明しないままその場を後にした。
……というのがあの場の出席者にとっての舞踏会の真相に近いと言えるだろう。
なので目撃者達は真相に飢えていた。
あの日の後に行われた茶会で真相を探る者達が続出したが、そもそも誰も知る筈も無い事なのだから誰も真相など辿り着ける筈も無く、噂と言う名の無責任な妄想だけが場を飛び交う有り様。
王城から正式な発表はまだ無い。
おそらくは一月後に開催される『王家主催の舞踏会』に於いて正式な発表があるのだろう。が、そんな悠長に待ってなどいられない状況下で、けれどもどうしようにも手段が無くグダもだとモヤる日々を皆は送っているのだった。
「……貴女はどう思いまして?」
「いぇ貴女のお考えこそ……」
貴族のパーティーは基本腹の探り合い。
少しでも相手より有利な立場を披露して優越感に浸る事が貴族のステータスだと信じている女性が大半な貴族社会。なのでこうして意味の無い、出席女性達の間での会話がこれまたウダぐだ延々と続く光景があちらこちらで展開されている。
「そう言えば先日、新しいドレスを注文した際に隣国で流行りのデザインを薦められて~……」
「王都で評判だとか紹介されたお菓子なんですけどわたくしはもう少し甘い方が好みでして~……」
とまた、話題は幾つか挙げられては移ろうが、これといった決定打も無いままにズンブラコッコと見えぬ大河に投げ入れられは流れて消えていく。
無駄に牽制しあって、これまた無駄に時間だけが過ぎて行く、とあるお茶会の風景でありました。
☆☆☆☆☆
こんなグダもだに悩まされているのはごく一部。
国を支える大半の国民、いわゆる一般庶民には全く縁も関係も影響すら無いお話し。『騒ぎが有った事を城の関係者から愚痴として聞かされても、その内容にはあまり興味は持たない。
せいぜいが(へーお偉い方々は大変なんだな~)と思って流してそのまま忘れるだけだ。
特にここ100年程は平和が保たれている王国。
国同士でも領地でも争い事は生じておらず、内政に力を入れて国力を充実させた上に外交努力で戦争を回避する現王家の姿勢に、安定した生活を送れると感謝すれど不満など何一つ持たないのが平民だ。
笑い話であれ深刻な話であれ、一般庶民が城で起きたこの騒動の詳細を知るのはまた大分先の話となるだろう。
平和が一番!!
だがそれを実感しているのは現状では一般庶民では無く、気の毒にも振り回された一部の少年少女達。
彼ら彼女らの平安を願わずにはいられないが、果たしてどうなりますことやら……?




