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新たな闖入者はあまりにも予想外で……


「……さすがにそれはダメだろう」


「でも静かにさせるにゃ最適だぞ」


……何の話だろうか?


顔は正面を向かせたまま耳だけそばだてる。

背後でジョンソンとフィーズが小声で何かを話しているが声が小さいのでよく聞こえないのだ。


正面では未だに不快な光景が広がっている。

出来ればさっさと処分したいのだが、未来に一欠片でも憂いを残さない為にも今のうちに徹底的に潰しておかねばならない案件なのがムカつく。


ちょっと目線を下げれば、姫が、ヴィクトリアがその不快な物体に心配そうな表現を浮かべて見つめているのが分かった。……余計にムカつく!!


あんなモノを見たら君の目が穢れてしまうよと言いたいが、彼女は心優しい女性だからそんな言葉は却って彼女を傷付けてしまうだろう。

どう言えば納得してくれるだろうかなぁ?


「そもそもそれは魚の漁だろう?!」


「同じ生物なんだから何とかならない?」


「……身体の構造は同じなんだろうか?」


……魚……?ホントに一体何の話だ?!


背後の意味不明話と、すぐ横の愛しい存在の温もりのお陰で幾分か不快さが和らいだ。彼女は元々だがまさかアイツらがそんな効果を発揮するとは……正直驚きだ。気安い幼馴染み感覚は侮れない。

実際の所、フィーズはともかくジョンソンとの会話はグダる結果の方が多いからな……。


前に誰かが言っていた。

『男同士なんてそんなモンだろう』と。

そう言ったのは宰相だったか?

何でそんな相談したのかすら曖昧だな。実際考えても仕方なさそうなのでもう止めておくか。


ふと微かな身動ぎを感じて下を向く。

……次の瞬間、何故だか背筋がゾッとした。

隣に居るのは私の最愛の婚約者……の筈。

なのに何故寒気など?!あり得ないだろう!?


が、そんな私の混乱を余所に、身動ぎを激しくした彼女は腰に回されていた私の腕をその小さな両手で引き剥がそうとまでしている。


………………え"?ちょっと待って!?!



☆☆☆☆☆



「……あーもう鬱陶しい!!力強過ぎ!!」


「えっ……と、姫……?」


「その姫止めて!呼ばれる度に心臓に鳥肌立つなんて謎現象が自分の身に起きてる哀しさが貴方に分かる?一度自分が体験すりゃイイのよ全くっ!!」


「え?は?えーー……っ!?…………」


「あ、殿下が壊れた?」


「目ぇ見開いて気絶してません?もしかして」


婚約者に振り払われた手を空中に止めたままピクリとも動かなくなった王太子殿下。

訳が解らぬまま近付いたジョンソンとフィーズが両脇から覗き込んで上司の様子を確認している。


2人とも随分と落ち着いてる……のかと思いきや。


「えーと、首に腕を回せば……」


「シメてどうする、殺す気か!?」


「じゃあお前ならどーすんのさ?」


「腹を殴ればもしかしたりする?」


…………いや、2人とも十分に混乱中だった。


固まる殿下とそれをもて余して騒ぐ側近2人。

そんな3人に構う事なく、それどころか放置で階段を降り始めたお嬢様のアシュリフィス。


「あーもう歩き難いわねっ!」と小さな呟きを拾った者は幸い誰も居なかったが、少なくとも普段の淑女たる彼女を知る者達には違和感を感じる所作だったろう。長いドレスのスカートを鷲掴みにしながら歩く様はただただ荒々しい。


「……“私”も出て来るつもりは無かったんだけどね。あまりにも見苦しいから引導渡す意味でも口を挟まないと貴女も納得しないでしょうし」


先程までの、心配していた表情は一切浮かべず。

むしろ呆れ果てた……いや、小馬鹿にしたかの様な物言いとそれに見合う表情で床に引き倒された少女を見下ろすアシュリフィス。腕組みしての仁王立ちがその表情に似合っている。


階段下で蠢く醜悪な態度と姿を晒す『ヒロイン』。

そんな『ヒロイン』に向かって溜め息と共に語りかけ始めたアシュリフィス。あまりの驚きに誰もが彼女を止められずただ見つめるしかなかった。


「前世の記憶を持っていて、『ゲーム』の世界にそっくりな場所で『ヒロイン』と同じ名前に産まれて、だから自分が主人公だと思うのはそりゃ自由よ?“私”だって最初はそう考えたからね」


肩を竦めて一度言葉を切ると、徐に『ヒロイン』の側にしゃがみ込んでまた話し出す。


「……まぁ、“私”の場合は『悪役令嬢』と同じ名前だって気付いた時点で絶望したけど」


ドレスのスカートで見えないが、どうやらしゃがんだ際に曲げた膝の辺りに肘を置いて頬杖をつく形で話しかけている。『ヒロイン』を取り押さえている形の近衛騎士の姿など目に入っていないのか、淡々と女に向かって話している。声の大きさを抑える気は無いのか周囲に聞こえても全く気にしてない。


「でもさぁ……それだけなんだよね」


ちょっと自嘲的な言葉の後、今度は一転してまた淡々とした話し口に戻った。


「貴女は『ヒロイン』、“私”は『悪役令嬢』。世界観と名前は同じだけどでも何処か違う。前に生きてた所では確かに流行っていた『異世界転生』。でもよく観察してみたら違うのよ、色々」


「…………何なのよアンタはっ?!?」


話しながらアシュリフィスが手を伸ばして口元の猿轡をずらした途端に怒鳴られた。唾まで飛ばされたので溜め息を一つついてまた女の口に猿轡を元に戻す彼女。嫌そうな表情が浮かんでいる辺り手元に飛んだのかも知れない。想像だが。


「元気だねー。こんな状況になってもまだ自分が『ヒロイン』だと疑わずにあんな王太子殿下を誑かせると信じるだけはあるわぁ。そんなヤツをあげつらう系の小説も流行ってたよね~、確か『御花畑ヒロインに逆ざまぁする』ってヤツだっけ?」


会場はシン……ッと静まり返っている。

そんな中でアシュリフィスの声は良く響く。

誰もが耳を澄まし息を呑んで見つめる中、彼女と彼女が『ヒロイン』と呼ぶ取り押さえられたままの女との、一方通行な会話は続けられていた。


アシュリフィスに反論したいのか、足元の女はウーウー唸るが猿轡のせいで唸り声のみだった。

彼女ももう外す気は無いらしく、唸り声にやや眉をひそめはしたがそのまま続行する模様。


「んで、取り押さえられて要注意人物から国家反逆罪容疑者になった自称『ヒロイン』さん。本来の、『攻略対象者』じゃなくても誰もが助けようとしたアリィならばともかく、偽物でしかない今の貴女には何が出来るのかしらね?楽しみだわ」


それまでにも色々と、屈んで一部の者以外には全く理解出来ない話を続けていたアシュリフィスがようやく立ち上がり、床に付いていたドレスのスカートの裾を軽く叩きなからそう言い見下ろす。


何が語られたのか聞こえていても一切周囲には理解出来なかったが、それでもアシュリフィスが話すにつれて床に押さえ付けられた女が静かになって行ったので多少の状況は理解出来ていた。どうやら女の自尊心を粉々に砕くナニかだったのだと……。


でなければ、あれほど成人男性3人に取り押さえられていながらずっと暴れまくっていた女がこんな静かになる筈が無い。呻き声は未だに漏れてはいるがどちらかといえば泣き声に近い感じだし。


ちなみにだが、その聞こえてしまった内容を理解出来てしまった極一部に含まれたモブ転生男子の同級生の顔は真っ青だったりする。……ホントにナニを言ったんだ?アシュリフィス!!


それをチラリと横目で確認した辺り、アシュリフィス……と思われる『誰か』は彼の存在もきちんと認識しているのだろう。会場内でその事実に気付いた者は誰も居なかったが……。


で、結局、この存在は一体何なんだろうか?


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