どんなナニ事も始まるのは突然に
彼が登場した途端、会場中の女性の吐息で温度と湿度が急上昇したとしてもジョンソンは驚かない。
婚約者へのアレコレを知っていたとしても、その言動にいくらドン引きしていようとも、そのミステリアスな色合いの絶世の美貌には目を奪われるし、纏う仄かな色気を含んだ独特の雰囲気に呑まれるのは女性の本能の様なモノだから……かも?
生憎と男なのでジョンソンには分からない。
……いや、訂正しよう。
自分には分からなくともそれなりの効果は有る。
頬を上気させて熱っぽい視線が一部から向けられているのに気付き速攻で考えを改めた。
ついでにゲンナリとしてしまう。内心でだが。
この世界もこの国も同性同士のアレコレを肯定はしていないが忌避もまた特にはしていない。
『他人に迷惑掛けなきゃ好きにしろ』な方針だ。
もちろん無理強いとか犯罪が起これば厳正な対処をするが、好きなモン同士がイチャコラしようと風紀限度を越えなきゃ基本的に放置だし、微笑ましい付き合いをしてようともせいぜい独り身が滅べ!か捥げろ!と呟く程度。可愛らしいモノだ。
同様に、ただただ熱い視線を送る位なら害もナシ。
たとえ頭の中で酷ぇ妄想が繰り広げられてようが実際に起きなければ問題なぞ無いのだし。
……一部の腐ったご婦人方から、王太子殿下との絡みだとどちらが攻め受けなら萌えるか、あるいはホントにデキているのでは無いか?!などを議論する茶会が存在すると知ったならば、はたまた考えを改めさせられた上で弾圧に乗り出しそうだが、知らないのだからまぁ問題無いだろうか。
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前にも述べたかもしれないが、この国の王太子殿下はとにかく評判が良い。見目麗しい容姿だけでなく頭脳明晰で剣の腕もたつ正に文武両道。
幼い頃に決まった婚約者が居ながらも未だに近隣諸国からのが縁談打診が後を絶たない。話が来た途端に即断即決で却下されていたが。
『一目見ればどんな淑女でも恋に堕ちる』。
そう評されてまでいるのだが、国の中でもほんの僅かにしか知られていない実態が有ったりもする。
実はこれは縁談を即断即決で却下されても諦めない愚か者向けだ。主に相手は近隣諸国の重鎮や王族血縁に連なる者が大半な為、場合によっては丁寧にお断りしたにも関わらず権力のゴリ押しで抗議に押し掛けて来たりする。ホント愚か者。
この国は大陸の覇者と呼ばれた先祖が建国した。
故にたとえ戦争を仕掛けられても簡単に撃退出来るだけの戦力を有しているし、肥沃な平原に穏やかな港、そして良質な木材の生える広大な森に険しいが豊かな鉱石産出する鉱山と、国として栄えたいのならば持つべき要素を全て兼ね備えいるという稀にみる大国でも有った。
まぁだからこそ縁を結びたいのだろうが、思惑はともかく手段が下衆過ぎる。なので手返しも相応で良かろうとある時宰相閣下は決断した。
裏評判、というモノもちゃんと存在する。
単に知る者が限られてしかも滅多には話さないだけの代物に過ぎないのだが、常々『千年の恋も一瞬で醒め果てる』とまで言われる遣り方なだけあってそのこうかはばつぐんだ。
どんなモノかと言えば、普段の婚約者同士の様子をその愚か者に見せる、ただそれだけだ。
自分の膝に乗せて彼女の腰に手を回して支えた上でその肩に頭を乗せて耳元で常に甘い言葉を呟く王太子殿下と、5歳からごく当たり前にその体勢なのですっかり慣れて特に気にも甘えもせず表情も変えずに淡々と会話するお嬢様の姿。
……見た者はその場でまず固まりドン引く。
次に自分の目が可笑しくなったのか?!と慌てて目を擦り頬をつねり……、目の前のモノが現実である事を知ると思考を放棄して呆然とした後に一周回って我に還る。要は一種のショック療法。
意外にもだがこれが案外上手くいく。
全員とまではいかないのは仕方ないかもしれない。
なので、あまりのショックに帰国後にヘンな道に迷走爆走する者も存在したとかしないとか。犯罪者増やす様なマネするな!と抗議が入り、宰相閣下は呆れと侮蔑の混じった視線を投げつけながら鼻で嗤ってその場で叩き出したとかしなかったとか。
……依然真偽は闇の中。抗議した相手もそれなりに高位な者達なのでまぁ当然だろうが。
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同じ金色とでもその時によって随分と印象が変わるらしい、と忠実だが同時に気易い仲の側近が気付いたのはいつ頃だっただろうか?
鉱石としての金ならば光の当たり具合によるただの印象に過ぎないが、感情を持つ人間の瞳の場合はやはりその人間の心情が反映されるモノなのだろう。主の王太子殿下がそうだし。
婚約者であるお嬢様には蕩けた蜂蜜の如く甘い輝きを宿すが、それ以外に対しては正に鉱石の如くな無機質色。いや、自分やフィーズや親である陛下達に対しては少しは違うが。それでも甘さは無いしそもそもんなモン頼まれても要らないが。
だとしても、ここまで冷たく見えるのは初めてだ。
ナニに対しての怒りなのかは分からない。
時たまキレる事もあるが、その時に似ていて、けれどそれ以上の怒りを抱いている様にも見える。
「殺す……」
ただ一点を見つめ、形の良い唇から発せられたその言葉を耳に拾ったのはジョンソンただ一人。
けれど結局一体ナニが原因なのかがさっぱり不明。
(誰か教えて偉いヒトー!?と叫ぶべきか?)
余談だが。
彼より偉いのは国王陛下と王妃殿下で両親でもあるのだが、でも分からなくて速攻で手を上げる羽目になるなど助けを求めたジョンソンが知る由も無い。




