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いぇ、いっそ精神安定剤を寄越しやがれ!か?


進捗は現在3分の2、といった所だろうか?


一人一人の家名と名が朗々とした声で読み上げられ、男爵家から順にデビュタント予定者が特別な扉から会場へと入り、中に居る招待客達へ顔見せを兼ねた挨拶を行うのだ。時間も掛かる。


この国には下位貴族が意外に多い。

第二王子殿下の年齢に近しいこの歳のデビュタント予定者の数は、かつて王太子殿下の時ほどでは無いもののそれなりの人数が揃っていた。なのでようやく爵位は下位と高位の中間に属すると言われる伯爵家に達した辺りである。


さて、珍妙な空気に包まれた夜会会場。一人を除いた全員が一緒くたに同じ思いだった。


『我々は一体何を見せられるのだろう?』。


そしてもう一つこうも思う。


『さっさと終われ!この茶番劇!!』


とも。

だが残念な事にこれからが本番なのだった。



☆☆☆☆☆



嬉し恥ずかしの心弾む日になる筈であった。

デビュタント予定者の少年少女達は、皆が一様に一点を苦々しく睨み付けて動かない。その睨まれた奴は背を向ける位置に立っているのが幸いしていたかもしれない。さすがに背中に目は無いので。


……有ったとしても誰も驚きはしなかったろう。

それだけヤツの存在はこの世界では『異質』だ。


『異世界のゲームに準えて創られた、自分が主人公であり幸せになるのが当たり前。それ以外の者は動いているだけのただの駒』。


確かに似ているかもしれないが偶然に過ぎない。

それを認めない限り、ヤツは決してこの世界では馴染めない異質な存在だ。人を人だと思わない事すらもう既にお互い様。一度でもヤツと接触したならば全員がヤツに嫌悪を覚え拒否する。


それに視線が物理だったら穴も開いた事だろう。

近くに居る彼ら彼女らのみならず、会場中の視線をも独占しているのだから。それをモノともしない“ヤツ”は正に強心臓と言える。


一番前の真ん中。

両脇には誰も居らず、背後に並ぶ様はまるで彼ら彼女らを付き従えているようで最高の気分。

だからこそか、ヤツは勘違いすら増大していた。


自分が主役であるのだ!と。


だが、視線の全ては憎悪でしかない。

この夜会が終わった時、その命の保証は誰にも出来ないだろう。それすらも、自業自得……。



☆☆☆☆☆



「あ、そうだ。姫、もしかしたら会場でちょっとした演し物が始まるかもしれないんだけどさ。皆演技達者だから迫真迫る演技になるかもしれないんだよね。でも気にしなくても良いから」


「分かりましたわ、殿下」


王太子殿下とお嬢様の軽い遣り取り。

その遣り取りにジョンソンは内心苦笑する。

他人の話を聞いて素直に頷くのは存外難しい。

何かしらの疑問を持つか猜疑心に駆られるか。

自身の欲なり考えなりを抱えて頷くものだ。


何も考えずにただ頷くだけならば誰にだって出来る。だがそれは愚か者たる証拠。けれどお嬢様は違う。天然で一部未発達ではあるが頭脳は明晰。


ちなみにではあるが、姫君の場合は何も考えずに返事をした訳では決して無い。殿下を信じているからこそその行いに疑問すら持たないだけだ。謂わば“無償の信頼”と評すべきか。


異常な会場と甘ったるい空気の控え室。

どちらに居たいかのある意味究極の選択を迫られたジョンソンとフィーズだが、見ただけで不快感が増す会場よりは此方の方がまだマシだろうと鳥肌サブイボを必死に我慢しての待機中だ。


けれども時間的にはそろそろだろうか。


準王族なのでお嬢様は最後の入場だ。

だが元々、王太子殿下の婚約者に選ばれても誰からも文句の出ない高位家格出身。偶然か必然かはこの際置いておくモノとしよう。


そしてその後に主催者である王族の入場となる。

会場へと向かう時間を逆算すればそろそろ侍従が呼びに来ても可笑しく無い時刻だった。


耳で味わう、脳ミソ直撃な拷問に等しい時間がやっと一段落か……と内心喜ぶ側近と護衛。

デビュタントの緊張を実感したのかやや顔が青ざめたお嬢様と、それに気付いて宥める為に軽く頭を撫でながら喜びを隠さない王太子殿下。


…………此方もそれなりにカオスか?


その頃、王太子殿下付き侍従達の間ではちょっとしたいさかいが発生していた。優秀な彼に仕えたがる者は多く、その大半が同年代から少し歳上の高位貴族の次男以下の子弟達で構成されている。ちなみにジョンソンとは格は少し異なる。


普段は敬愛すべき主人なのだがただ一点、婚約者との逢瀬を邪魔される事のみには殺気を撒き散らしてお怒りあそばす。なので皆が遠慮するのだ。


呼びに行かねばならぬが行きたくない!!

職務は全うせねばならぬが行きたくない!!


誰が行くかで散々揉め、ならば天に運を委ねよう!と勝負を始めはしたものの、ジャンケンならば三回勝負の筈が敗者が不服として五回勝負と粘るわ、ならばクジで!となれば誰が作るかでまた揉め……と際限の無い騒ぎと化した。


最終的に国王陛下の腹心で上司にも当たる侍従頭の一喝で犠牲者が決まり収まったが、その後に『呼び出し係は順番による当番制へと移項する』との旨が王命で出されるという前例の無い快挙?となったのは言うまでも無い。


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