過剰警備は激鈍お嬢様の為でした
ようやく少しだけ見えて来たかな、異世界転生っぽい雰囲気が……?
「あら、何か人が増えてませんこと?」
「あぁ、来年の第二王子殿下の入学に備えて今から警備の見直しと問題点の洗い出しを行う事になったそうですからそのせいでしょう」
「まぁ、良い事……ですが急ですわねぇ」
「第一王子殿下が卒業なされて三年は経っておりますから万が一を考えての事かと。時間が経ちますとどうしても緩みが生まれます。何かが起きる前にどうにかするのはむしろ当然ではありませんか」
「そんなモノなのでしょうか?」
「まぁ身内の恥を晒すのは心苦しいですがあり得ないと言い切れませんからね、実際の所は」
フィーズの眉間に皺が寄ってしまっていますわ。
どうやら思い当たる節でも有ったのでしょうか?
けれど正に彼の言う通りですわね。
自分の狭い視野と浅慮を猛反省致しましょう。
このままではいずれ嫁いだ先でも殿下に多大なご迷惑を掛けてしまいますものね……。
……あら?そんな事を考えましたら少し顔が赤くなってしまいました。今はそんな悠長な考えに甘える訳にはいきません。気を付けませんとね。
何故かいつもとは違い校門に立つ騎士の姿に違和感を覚えてつい呟いてしまいましたけれど、王族である第二王子殿下の安全に関わる以上、確かに直前に慌てて準備するよりもじっくりと時間を掛けるべき価値の有る案件でしょうし。
それにしても凄いですわね。
校門にだけでは無く、正面玄関や廊下の所々にまで騎士の方々が立たれているのですもの。
わたくしには城で見慣れた光景ですけど他の一般の生徒さんには気に掛かる事かも知れませんわ。
もしも其処から苦情が出る様でしたら、わたくしの方から一言添える配慮も必要になるやも知れませんわね。殿下にご相談申し上げましょうか?
いぇ、けれどもそんな事すら無駄に終わる可能性の方が高いでしょう。何せ広い視野を持つ殿下の事ですからわたくしのこんな浅慮などとっくに見抜いて手を打たれておいででしょうし。
後日殿下へ確認してからになりますがお答え頂ける様ならばお聞きしてみましょうかしら……?
☆☆☆☆☆
不思議がる能天気なお嬢様につい反論してしまったフィーズだったが、まさかこの重警備の原因が自分に有るなどと微塵も思い浮かばないだろうとの妙な確信も抱いていた。伊達に護衛になる前から一定の長い付き合い期間を経ては居ない。
普段からあれだけの好意……いや束縛ぶりを示されて未だに気付かないお嬢様は大物と評価すべきか、ただの激鈍を嘆いて頭を痛めるべきか……。
その件については早々に思考を放棄しはしたが。
第一王子殿下の幼い時分の剣の師匠。
それがフィーズの肩書きの一つだった。
かつて在籍していた近衛隊時代にその腕前を見込まれて抜擢され、其処から婚約者であった幼いお嬢様を連れ歩く少年時代の殿下の後に続いた日々。
5歳年下のお嬢様を溺愛し、常日頃から理由を付けては城へと呼び出して側に置き手離さない。その重苦しさに弟子に幼馴染みの側近と共に苦言を呈する事多数。けれど、本来ならば自分の苦言に素直に従う筈の殿下も決してそれだけは譲らず受け入れなかった。いやホント何故に?!
そして自分と対等に仕合える様になった頃、今からちょうど五年前にお嬢様の護衛を打診された。
その理由はただ一つ、見事な迄に明快な代物。
お嬢様の可愛らしさに有象無象が群がるのを事前に阻止せよ!との個人的な理由からだった……。
こんの馬鹿弟子がーッ!!とその場で叫んだ自分は決して間違っては居ないと今でも断言出来る。
仮にも王族の剣の指南役にまでなった相手に求める理由には少し、いやかなり足りない内容だろう。
それでもその優秀な能力を発揮して裏工作に邁進した上に、表向き誰からも文句を言わせない正式な要請を整えたその手腕に、そんな事で能力を無駄遣いすんじゃ無ぇ!と再び青筋を立てて怒り。
挙げ句は脱力感満載で結局はその要請を受けた。
最初はただの義務感から、その内に段々とお嬢様の純粋さと真っ直ぐさに惹かれて心から仕える様になるのにそう時間は掛からなかったと思う。
既に大人であった自分にとって、第一王子殿下同様にお嬢様も年齢のせいもあってか自身の子供の様な存在に思えたのが大きな要因だろう。ちなみに手の掛からなさは弟子とは大違いで有った。
せめてもの慰めであったのは言うまでも無い。
黒髪金瞳の目を惹く容貌。
幼い時分の英才教育を、周囲の期待を上回る速度で吸収するだけでなくそれ以上の能力値を見せ付け、対外的に最高の男性へと成長を遂げた弟子。
だが裏を返せば、フィーズの知る限りあれはただの腹黒でかつ我が儘なお子様でしか無い。対外的評価を聞く度につい鼻で笑ってしまえる程だ。
『普段は冷静沈着、頼れる主だが婚約者が絡んだ途端に判断力が狂うを通り越して迷走する。正に『婚約者馬鹿』状態に陥る』とは幼馴染み兼側近で飲み仲間のジョンソン評価であり自分としても精一杯同調したいフィーズだった。
☆☆☆☆☆
「おい、何だか騎士の姿がやたら多くねぇ?」
「あぁ、教師から聞いた。何でも来年の第二王子殿下の入学に備えての前準備の為らしいぜ」
「……それ本当か?むしろ先日の“あの”騒動のせいじゃ無いかな……?」
「いやいや、いくら何でもそれは無いだろうに」
廊下の隅で、この学園に通う一般生徒が二人小声でヒソヒソと話し合っていた。やはり話題はあちこちに目につく騎士の姿についてだった。
隅で小声で話す辺り平民の生徒達だろうか?
そして偶然にもこの二人、お嬢様が廊下で絡まれた例の騒動を揃って目撃していた。何故か授業を免除されてまでその騒動の一部始終を城の偉い文官らしき者へ証言するという、彼らにとっての苦行を終えて教室へと戻る最中の事。
片方の生徒は大らかな性格なのだろう。
もう一人の生徒の推測を秒で笑い飛ばしている。
だが、実はその危惧した生徒の方にもそんな推測をした確信めいたモノが内に有ったのだ。
「お前、考えてもみろよ。普段からあのご令嬢は昼食を婚約者である第一王子殿下とご一緒なさってると普段から評判だろ?俺の友人の父親も城に勤めてるんだが、度々殿下の婚約者への溺愛ぶりも耳が痛くなる程に聞いてるって話だし……」
「いや~、いくら溺愛なさっているからと言ってソコまでするモンかぁ?隣国にまで冷静沈着な完璧王子と高評価な殿下だぜ!?そんな馬鹿な真似をなさるとは俺には思えんがなぁ」
……実はその馬鹿な真似をしでかすのが殿下だ。
あまりにも哀しい現実だが紛れもない真実である。
彼らが知る事は生涯あり得ない真実だったが。
「いずれにせよ、どうせ俺らには関係の無い世界の話じゃ無いか。未来の王太子殿下と王太子妃殿下の仲が良好なのは良い事なのだし」
「まぁな。学園出身であれば平民でも就職先には事欠かない。その為に必死で勉強して入学したんだしな。後はなるべく好成績を維持して教師の心証を上げる事に尽力するまでだな」
「そうそう。お貴族様の騒動に巻き込まれるなんて遠慮一択でしか無いんだからさぁ」
「……そうだな。無難に遣り過ごすに越した事は無いか。俺が危惧するだけ無駄な話だしな……」
更に声を潜めて話す二人。
授業中のせいもあり廊下には人影が無い。小声で話していたので揃って油断していたが、実はバッチリとその会話は聞かれていた。騎士に紛れ、数人王家直属の影が構内に入り込んでいたのだ。
騎士の姿で溶け込む者、構内での下働きに化けて溶け込む者、気配を消してその名の如く影に潜む者等手段は様々だったが、その持てる能力を駆使して情報収集を行う彼らの耳にこの会話が入らない筈が無い。あっという間に数人が二人の会話に耳を澄ませていた。知らぬは本人ばかりなりだ。
影を手配したのは第一王子殿下自身。
例の騒動についての周囲の正直な見解を知りたくて、目撃者として呼び出した生徒達の背後に忍ばせて会話を拾う様に厳命を下していたりする。
あくまでも殿下の個人的な希望的観測からであったが、一見無駄に思えた手配が廊下で交わされたこの二人の生徒の会話のお陰で活きた。
後日、その見識の奥深さを評価された例の生徒の片割れは、平民ながら学園卒業後に城での勤務を内々に打診されて目を剥く羽目に陥る。自分の推測が当の本人に報告された挙げ句に見事に正解であったなど話した時分には考えもつかなかった。
数年後城で勤める様になり、誰かと廊下で話す際には周囲を見回す癖がついてしまったのはその時の弊害だろうか?けれども、もし居たとしても相手は影であって目につく訳では無いのでその注意も無意味なモノだと彼が気付く事は無かった。
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「中々良い結果が得られたな~♪」
「……ご機嫌麗しくて結構なコトで!?」
「どうしたのだ?妙に機嫌が悪いな?」
「誰のせいだと……!影を動かしたなど私は聞いてませんよッ?!せめて動かしてからでも一言有って然るべきでしょう!!」
「急に思い付いたからなぁ~、ゴメン?」
(あ、コレは全く反省してないなっ!?)
ホクホク顔で輝く笑顔を浮かべる第一王子殿下。
眉間に皺を寄せ、その皺の数が主人の顔を見る度に一本ずつ増えて行く有り様の側近ジョンソン。
やたらとご機嫌な主と逆にそれが下降線の一途を辿る臣下という両極端が一堂に介する珍現象。
だが実は王城の一角ではコレは日常茶飯事の風景。
護衛すら排する第一王子の居室だからこそ決して外部には漏れていない極秘事項だったりする。
次期国王である王太子ならばこそその一存で手持ちの影を動かす権限を持っている第一王子殿下。
だからこそ動かしたのだろうが、せめて自分にも一言欲しかったと思うのは贅沢な願いだろうか?
臣下で腹心、そう自負していたのに主は実は自分には重きを置いてなど居ないのだろうか?!
そうジョンソンが思ってしまうのも無理は無い。
そしてそれを責めて反省の色は示してもまた同じ事を繰り返す未来が見える。その程度には長い付き合いなので嘆きながらも諦めるしか無い。
(……せっかく睡眠時間を削ってまで吐き出した昨晩の日課だがあっという間に無駄になった……)
こればかりは主には言えない日課の為、ジョンソンとしては心の中で溜め息と共に嘆くに留めた。
本当ならば、叶うならばその胸ぐらを掴んで思い切り揺らしながら耳元で叫びたい位なのだが!?
もういつか、心の底からキレた時には無意識にでも行ってしまうかも知れない。そうなっても自業自得なのでせめて諦めて赦してくんないかなぁ……?
などと思ってしまう程度には疲れていたりする。
……御愁傷様ですと手を合わせるべきだろうか?
「……で?何を掴めたのですかね?!そこまで上機嫌って事はそれなりに宜しい事なのでしょうが不肖な私が伺っても良いのか少々不安では在りますが出来ましたら教えて頂ければ幸いなのですが如何なモノでしょうかね!?」
「…………ッ!?!」
途中からは息継ぎナシの一気口調。
さすがに苦しくて浅く息の吸い吐きを繰り返すジョンソンとその勢いに圧されて仰け反る第一王子。
いつも以上に不機嫌な側近を宥めるべく、第一王子殿下がその最上位の身分にも関わらず懸命にそのご機嫌を取るべく尽力するまで後もう少し。
けれども結局はまた主は同じ事を繰り返し、それもまた城での日常茶飯事と化して当たり前な光景になるのも確定した未来の出来事の一つ。
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さて、秘密裏とはいえ、関係者各位へと綿密な調査が行われたこの騒動。詳細に書類へと纏められてはい終了~……とは何故かならなかった。
目撃者にはその後は影が着かなくなったが、その代わりにこの騒動の元となった一人の少女に貼り着かせる結果と相成った。これには調査の際に明らかとなったその少女の言動がその一端だ。
読唇術を得意とするある影が拾った言葉の中に、色々と看過できない言動が混ざっていた事実を第一王子殿下が重く鑑みたが為だった。
時々聞き覚えの無い言葉を独り言で漏らし、かつ最愛の婚約者への悪意に等しい言動を繰り返すというその少女。どうやら先の騒動も何かしらの目的が有ってわざと絡んだ行動だと知れた途端、速攻即決で影を配置する事を決めたそうである。
国で話されている公式用語でも、聞き慣れない形容詞が度々その報告書には書き記されていた。
『悪役令嬢』、『攻略相手』、等々……。
婚約者への表と裏の二段階での更なる過剰警備を側近に指示しながら第一王子殿下はこの言葉の意味を考えてはみたが、国一番の優秀さを誇るその頭脳にすら答えが浮かぶ筈も無く、結果この少女に対する警戒心と不信感だけが爆上がりをして行く。
学園という治外法権に近い狭い箱庭。
そこで最愛の婚約者をこれから襲うかもしれないあらゆる害意や悪意からも守らねばならない。
極秘ながら重要書類を無意識に握り締めてクシャクシャにしてしまいながらも、それに一切気付く事無く第一王子殿下は自身に篤く決意を固める。
守りきれるかはまだこの時点では誰にも解らない。