夜会の幕開けは群像劇から
身分差が明確なこの国に有って、それは平民も貴族も変わりはしないし例外もそう存在はしない。
本日デビュタントの少年少女達も同様だった。
その面子は殆どが学園での同級生なので大きな混乱は生じていない。男女それぞれに別たれた控え室で、友人知り合い同士が固まってお喋りしながら呼び出される順番を待っている真っ最中。
部屋は大きく分けて4つ。
高位貴族の少年・少女達が一つずつ。
低位貴族の少年・少女達が一つずつ。
ちなみにお嬢様は数少ない例外により別室だ。
何せ王太子殿下の婚約者は準王族待遇なので。
成人年齢を迎えたと言っても彼ら彼女らはまだ15歳。まだまだ精神的にもお子様から脱却出来ない年齢でしかも学生とあって、緊張しながらも自分達の一世一代の晴れ舞台を前に興奮を隠しきれていないのは話し方にも現れていた。
特に低位貴族の少年少女達の態度は顕著だ。
城の夜会に招かれる事すら稀な家格の人間にとって、デビュタントはその稀な機会で生涯一度の正当な権利なのだから胸も弾むと言うもの。今待機しているこの控え室一つ取って見ても下手をすれば自分の家よりも豪華なのだから。
なるべく品良く大人しくを心掛けてはみてもやはりはしゃいでしまうし興奮をもしてしまう。各自が白いドレスやジュストコートを纏っては居るがまだ着せられている感は強い。それでも今日から成人として認められると分かるだけに尚更だ。
始まるまでにはまだ幾分か猶予が有る。
緊張しながらはしゃぎながら、それぞれに自分の名前が呼ばれるのを待つ少年少女達であった。
………………本当にごく一部を除いて。
☆☆☆☆☆
「今日は婚約者様もご一緒なのよね?どちらにいらっしゃられるのかしら?」
「何を言っているのよ、婚約者様が私達なんかと同じ場所で待機な訳無いじゃない!?」
「そうよ!王妃殿下の次にこの国で尤も高貴なお方なのよ!?十把一絡げな私達と一緒な筈無いじゃない!!絶対別室待機よ!!」
「それに……“あの”王太子殿下が彼女を一人にすると思う?此処ぞとばかりに貼り付いて離れないに決まっているわ。エスコートというれっきとした建前理由をお持ちなんだから」
「「「あー……そーよねえ」」」
此方は高位貴族少女達の控え室。
お喋り好きに身分は関係ないので、集まった少女達は一様に顔を寄せ合って本日の殿下予報に余念が無い。十把一絡げ扱いされても何のそのだった。
何せ彼女らはその異常さの身近な目撃者なのだ。
当時10歳だった王太子殿下婚約発表の場。
同い年の少女が選ばれたとあって、彼女達の親は我が子をご学友とすべく目論みその会場に我が子達を同席させた。そこで見た光景を少女達は一生忘れる事は出来ないであろう……。
「抱っこしてたもんね、ご自分から自ら……」
「降ろせと王妃殿下に言われても離さずに……」
「入場から退場までずーっとだったわね……」
「「「「アレは異常だったわぁ」」」」
当時5歳の少女達にすらそう見えていたのだ。
この国大丈夫か?!と、その場に居合わせた陛下を含めた大部分の貴族が思うのも無理は無かろう。
そしてそれから10年。
学園での目撃光景からして殿下はあの頃から何一つお変わり無いのだと彼女達は理解していた。
「まぁ私達がどうこう出来る問題でも無いし」
「殿下と妃殿下が仲良いのは良い事なのだし」
「止める方がむしろ不敬罪で咎められそうだし」
「「「「このままが一番無難かと」」」」
権力に屈したなどと言う無かれ。
この国で高位貴族の家に生まれたからにはそれが一番正しい選択なのだ。百年近く戦争もなく平和で、国策も充実していて飢える者も稀で、周辺国に比べても豊かさを誇っている。それは何よりも国のトップが優れているからだ。
そんな優れた存在に逆らうなど馬鹿でしかない。
高位貴族が家を存続させる第一の方策だろう。
そしてその方針通りに教育され実践する少女達。
少なくとも高位貴族の将来は安泰だろう。
☆☆☆☆☆
「今日こそは婚約者探すぞー!!」
「おー、無駄に頑張れー」
緩い雰囲気で語り合うのは高位貴族少年達だ。
実家は公爵家や侯爵家だが、この場に居る全員が長男では無いので婿入り先や就職先を模索している最中。けれどもまだ若いのでそれほど焦りもせず、学園に通う学生達の中では一番お気楽な立場の彼らと言えるだろう。
王太子殿下と同年代の令息達は、殿下の婚約者を狙う令嬢達のせいで簡単には婚約者を探せなかったが、彼らの年代は第二王子と近い年齢の為にそれなりに令嬢の数の多い当たり世代。のんびり具合も加速するというモノである。
「狙ってる令嬢は居るのか?」
「……実はいつも窓際で友達と話してる可愛い子が居るだろ?あの子が良いなぁって……」
「おー、確かにあの子は可愛い!!」
「おい!狙うんじゃ無いぞ!?」
「……どーかなぁ?」
コノヤロー!とちょっとした罵り合いが始まる。
けれどもそちらもお互い本気では無いのは周囲も分かるので嗜めながらも和気あいあいだ。
まさにじゃれ合いで微笑ましい光景だろう。
手さえ出さなければ、と、控え室外に配置された近衛騎士の皆様も生温かく見守る有り様。
俺らにもあんな時代も有ったね♪なカンジ?
もしくは若いってイイナーみたいなカンジ?
何にせよ高位貴族少年少女達は平和だった。
あくまでも今の所は……だが。
☆☆☆☆☆
所変わって此方は低位貴族少年達の控え室。
一人の少年がフラフラと部屋へと入って来た。
そのあまりの顔色の悪さに、周辺の友人含めて何ともなしにその少年に近付いて行く。代表して一人が声を掛けたが、その語られたあまりに衝撃な内容に、その場の全員が憧れの夜会にも関わらず家に逃げ帰りたくなったと後に語った。
「……おい、どうした?」
「あのさぁ……今日はデビュタント、だよな?」
「俺ら全員が白い衣装を着て王城に揃っている時点で間違いない話、……だよな?」
顔色の悪い少年は椅子に座らされても尚呆然としながら聞いた相手に問い掛ける。聞かれた方もそれに答えながらも何故か最後は疑問系になった。
どうやらその少年の雰囲気に呑まれたらしい。
「いや、あのさ。デビュタントって全員が白い衣装を身に纏うのが常識、だよな?」
「当たり前だろう。この国の伝統なんだし」
「他の色の服で参加したらその場で非常識に問われるぞー。今日から成人って認められるんだから」
「…………だよなぁ……?」
「おいしっかりしろよ!結局何なんだ?!」
他の少年達も会話に参加し出した。
どうやら話を聞きたいのは彼らも同じらしい。
だが、まだ何かしらが納得出来ていないのか、未だに顔色の悪いまま首を傾げている少年に周囲が焦れたのか肩を掴んで揺さぶる者が現れた。
そこまでされてようやく恐る恐る少年が話し出した内容に、聞いた同室の全員が開いた口が塞がらない状態となってしまう。本当かどうかを詰め寄って確認する者、関係ないのに頭を抱えて蹲る者、まだ呆然としたままな者等々、ちょっとしたカオスと化した下位貴族少年グループの控え室。
異様を感じた警備の騎士が上に報告するかどうかすら迷う程に混迷したその場。念のため……と決断して報告に走った騎士は後に大層誉められたという。
一部のみでは有るがまだ始まりに過ぎない騒動。
ある控え室から始まったその余波は少しずつ夜会会場に浸透しつつあるのだった。




