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淑女の身支度を覗くのはご遠慮下さい


お空は快晴、だが今回はあまり関係ない。

だって“夜会”だから。



☆☆☆☆☆



「まぁ、相変わらず(無駄に)力が入ってますね」


「(無駄に)愛が溢れているのは良いのですけど」


「……という事はやはり?」


「フィーズ様によれば一通の片行そうで」


「そりゃあそうでしょうねぇ……」


トルソーに飾られたドレス。

それを見ながら女主人である屋敷の夫人とその腹心である侍女長は、城から運び込まれた、王太子殿下の婚約者である娘へと贈られたそれを前に何度目か変わらない溜め息を吐いていた。


実はお嬢様の家は代々政略結婚派だ。

家門と血筋を守る事を第一とする高位貴族の典型的な婚姻政策を旨としているせいだが、その代わりに、幼い子供の頃から互いに交流する事で弊害を阻む努力もしている。な為、両親も政略結婚ではあるがそれなりに仲は良い。


だが、幼い時分から教育方針として盛り込まれていた中に紛れていたその方針を生真面目なお嬢様は鵜呑みにしてしまい今に至る。両親が気付いた時には既に手遅れなレベルで。その直後に決まった王太子殿下の婚約者申し込みがまさかのトドメとなり、未だに娘は婚姻を政略と信じたままだ。


熱く蕩けそうな眼差しを向けられて、聞こえた耳から砂糖が流れ出しそうな甘い言葉を囁かれて、それでも義務から来る婚姻だと思っている娘。

母親としては育て方を間違えたか?などと思ってしまうが、実はもう一方も別の意味で同じ事を考えているなどはさすがに気付かず互いに嘆いていた。


「……まぁ嫌いだとは思ってはいないでしょうから自覚を待つしか無いでしょうねぇ……」


「歯痒いですがそれが妥当でしょう」


こればかりは親でも手の出しようは無い。

早めに娘の情緒が乙女になってくれる事を祈るのみだ。殿下は特に何もしなくて良い。これ以上暑苦しくなるのはむしろ遠慮して貰いたいし。


親だろうと、他人の恋路に口出し手出しする奴は馬に蹴られるのが世界を越えた共通認識。それに巻き添え喰わずに眺めている“だけ”ならば結構見ていて面白いモノだし、アレは。


娘が不幸になる事は絶対無いと断言出来る。

ならばこその母親の余裕だった。

……違う不安もそれなりにデカくも在るが。



☆☆☆☆☆



“屋内”での“夜会”。

けれども女性達の準備は朝早くから始まる。

ドレスを着せ、髪を結い上げればハイ終わり、と言うものでは無いからだ。女性にとってのドレスとは社交界の際に纏ういわば戦闘服なのだから。


いつもよりも大分早い時間に叩き起こされてそのまま浴室へと放り込まれ、髪も身体も念入りに洗われて解され、香油を塗られてマッサージを受ければ髪も肌も艶々。いや、元々そうだけどやはり力の入れ方が違うのかいつも以上。


間に休憩と間食を挟み支度は続く。

特に今回の夜会はお嬢様のデビュタントと重なるとあって、屋敷の侍女もメイドも一丸となって燃えている。だってウチのお嬢様最高だもの!と。


普段から準王族、王太子殿下の婚約者として夜会や茶会に出席する事の多いお嬢様だが、デビュタントはいわば成人として社交界に認められる区切りのイベントなのだ。そりゃあ力も入るだろう。

しかも彼女はこの国一番の美少女なのだから。

関わる全員がこれまた熱の入れようが凄まじい。


特に一つ、ここ10年程女性達にとって幸いだったのは身体を締め付けて腰を細く見せるコルセットが廃れた事だろうか。力任せに締め上げるコルセットは確かにスタイルを良く見せはするが、同時に酸欠や貧血で夜会の最中に倒れる淑女も続出する健康被害も出る厄介な代物だった。


例の如く、婚約者に過剰反応する何処ぞかの殿下が無駄に才能を発揮して……以下略。

この事を世間に広める際には医術の最高権威を引っ張り出し、自身が調査させた(した)研究論文に基づいた見解を発表させるなど暗躍した。


そのお陰で今ではこの国でコルセットを使用する者は一部に留まっているし、殿下が逐一贈る婚約者のドレスには一切使わせてもいない念の入れよう。

まぁお嬢様の場合、遺伝か血筋か見事な美の集大成によるスタイルの良さから必要性すら無いが。


『美しく見せたいならば道具を使うよりも普段から清く正しく生活すれば良いだけの事。それにその場限りで外見だけ美しくする者などただの見栄張りか傲慢な者だけだろうに』。


僅か10歳の少年が真顔でそう言ったそうな。

しかもただの少年ならばいざ知らず、将来の国王陛下となるべき王太子殿下の言に誰も逆らう事など出来やしない。しかも真面目に正論だし。


そこで、国を挙げての身体に負担の少ない女性下着の開発が始まり、今では隣国にも出荷される程の一大産業となり地方発展に貢献している。

王太子殿下の先見の明だと評判である一方、男性達は些か複雑な思いを抱いていると言っても良い。扱うモノがモノだけに……ね。


逆に張り切ったのが女性達だ。

服やドレスを縫う専門の針子の皆様はともかく、普段の生活に於いて彼女らもそれなりに針を使う。


一部に苦手な方は居るだろうが、基本的には針仕事と女性は切っても切り離せない関係が有る。そして何より、求める相手が貴族の女性ならば華やかさが求められるのもまた当然で、レース編みや刺繍に自信の有る女性達にも仕事の需要が広がった。


他にも、目新しい分野で有る事から従来のデザイナーよりも柔軟な思考を持つ若手の発掘に繋がるなど、ここ10年程の間にめざましく発展を遂げている分野となってしかも未だ途上中である。


~閑話休題~


ちなみにお嬢様に贈られた殿下からの贈り物。

奇しくも例のヒドインが考え付いた一部が知らぬ間に採用されティアラに紛れ込んでいたりする。


まだ出番が無い“それ”は、今現在お支度中のお嬢様の居る部屋の机の上で燦然と輝きその存在を惜しみ無く主張していた。トルソーのドレス以上に此方の方が周囲の注目度は高いかも。


白銀の土台にビッシリと隙間無く埋め込まれているのは、小粒ながらも大きさやカットがキッチリと整えられたダイヤモンド。レースのカーテンで遮られた差し込む太陽の光にも反射して輝く様は正に圧巻だが、実は中央の冠の辺りに配置された宝石の方が色も大きさも最高級の稀少価値を誇る。


「この3つ、どれも“黒”ダイヤ、なのよね?」


「……そう伺っております。何でも自分と同じ色を身に付けさせようとの王太子殿下の無茶ぶ……ご要望から、国内はおろか遠い国の商人にまでお声掛けして探し求めた一品だそうですぅ……」


国宝級の“それ”を前に、ドレスの時より深い溜め息を吐いての母親と侍女長の会話は続いていた。

揃って遠い目をしてしまうのも仕方ないだろう。

母親の顔は引きつり捲っている侍女長も涙目で返す言葉の音量も弱々しくなってしまっていた。


そりゃそうだろう。

いくら家格の高い上位貴族でも滅多に御目にかかれない、嬉しいなどを遥かに通り越して肝を冷やす代物が目の前に有っては浮かぶのは困惑のみである。


“それ”がこの屋敷へと届けられた際、国王陛下直属の近衛騎士が3人護衛に就いていたと言えばお分かりだろうか?そんなモンをたかが一貴族に寄越すな!と、対応した当主と夫人と家令と執事が内心で絶叫したとかしなかったとか……。


今か今かと出番を待つかの様に輝きが増したティアラを前に、自分の支度を後回しにしてまでこの国宝級の警備?に自ら当たる夫人と侍女長を余所に、屋敷の女性従業員陣によるお嬢様のお支度は粛々と、だがメラメラと続いておりました。


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