実は似た者同士な師匠と弟子
「ほれ殿下、土産~」
「フィーズ、師匠だからと態度デカイな?!」
「いゃあ、でも殿下。ソレが何か分かったら涙流して喜ぶか発狂するかかな。見るだけ見たら?」
「…………………、おいこれはっ!?」
「はい、ジョンソンにもな」
「………………………………ウソ、だろ……」
学園からお嬢様を屋敷までお送りし、護衛の引き継ぎを済ませてから再び城へと突撃した自分。
執務室にて死屍累々と転がる殿下とジョンソンを蹴飛ばして起こす。予想通りに爆睡していた二人。
仮にも王位継承権第一位が床で寝てるのってどうなの?と思いもしたけど、この執務室に入れる者は意外と厳選されている。扉前を守る騎士ですら容易に許可は下りない程。此処は王太子殿下が素顔を見せる私的な聖域でも在るから。
無理矢理頭を働かさせる為にと陛下の元で手に入れた例の資料を手渡してやった。……場合によってはショックでもう一度ぶっ倒れるかと心配したが大丈夫のようだ。それに目を通した途端に取り乱して叫んだし顔色もかなり悪いけどな。
数日前には何百枚と有った報告書が、今や数枚の資料として手元に戻って来てるんだからそりゃあショックは受けるだろうな。ただ同時に納得していたのは資料の隅に入っている透かしに気付いたからだろう。宰相閣下のみが使う特殊な紙で作られた資料であらかた察したのだろうし。
「宰相閣下から一つ伝言。『自信過剰は自滅への近道になりますぞ』だと。確かに伝えたからな」
「相も変わらず喰えないオヤジ様だ、あの人も」
苦笑しながら椅子に座り直して資料に目を通し始める殿下の横でジョンソンも同じ様にし始めたので、自分も向かいに腰掛けてヨレた資料を取り出した。お嬢様の護衛に復帰したばかりの身としては、最新情報を頭に入れておいた方が問題が起きた時に直ぐに対処出来る。その為の必須作業だ。
……始まりは確か、学園でお嬢様の目の届かぬ所で王太子殿下にちょっかいを出そうと目論んだ不届き者が居た事だったか。その際の殿下の怒りは凄まじかった様で、ジョンソンから見せて貰った影からの報告書の内容には少し引いた。
故意とはいえ、ぶつかりそうになっただけの少女に国家反逆罪の適用を宣告したって言うのだから。
まぁ気持ちは分からんでも無いのだが……。
にしてもやや遣り過ぎ感も否めない訳で。
けれどもそれで下位貴族の殆どが気を引き締めた。
ならばとその切っ掛けを利用して選別の真っ最中。
この辺り、弟子は為政者なんだよなぁ~と思う。
女子の虐めとは結構酷いらしい。
普通ならば身分を慮ればそんな真似は出来ない。
けれど、其処に何であれ欲望が絡めば些事として扱われる事すら有るのも確か。身を守る術とするにはあまりにも脆いものでしか無いのだ。
心理的に行くか物理的に行くかにもよるが、相手が気にせねば行為は更にエスカレートするそうで、最終的には誰かしらが何かしらの被害を受ける。
物理面だと影で暴力を奮うのはまだ可愛らしいほうで、下手をすれば階段から落とされる者や暴漢に襲われた者も過去には居たそうだから。
お嬢様がそんな被害を受けた日には、コイツならばその家の一族郎党を極刑にして自らの手で刑を執行する位は顔色一つ変えずに遣ってのけるだろう。
ただそれを行えば国家の威信は揺らぐ。
そしてその両極端を天秤に掛けた結果がコレ。
…………なのだと俺個人は勝手に推測している。
じゃなければもう少し顔色はマシな筈だ。
そしてそれを知るからこそ、陛下や宰相閣下もこんな形で殿下に手を差し延べたのだろう。少し位は周囲を頼れ、との釘刺しと皮肉も兼ねて。
不本意ながら、この推察が大体正解だろうと自信が持てる程度にはあの方々との付き合いも長い。
身内のポンコツ具合を嘆きながらもきちんと手も差し延べる。ただし同時にちゃんと政治的な手を打って磐石なものとする彼らもまた為政者だった。
自分としてはただの近衛騎士の一人に過ぎない。
近衛とは国王陛下直属となるので身近に侍るのは当たり前なのだが、実際には剣であり盾ともなる、いわば人格考慮されない道具に過ぎないのだ。
団長ともなれば話は別だが、隊長格では直接の声掛けなどあり得もしない、本来ならば。
それが何の因果か巡り合わせか、息子である王太子殿下の剣の指南役に抜擢されて以降陛下を含めた皆様が親しげに自分に声を掛けて来る。何故に?
自分はただの軍人、護衛でしか無いと言うのに。
……能力だけで無く人間性からも信頼出来ると判断されて接されていると本人は気が付きもしない。
自己評価の低いお嬢様専属護衛騎士であった。
☆☆☆☆☆
「そー言えば、“また”学園でちょっと騒動が起こりかけている感じでしたね。捲き込まれる前に対処はしたんですが後は調査結果待ちです」
「姫がかい?大丈夫なのか?!」
「今回に関しては目撃者ですから今後関わるとしたら調査の際の事情聴取位でしょう」
「…………姫君の騒動遭遇率半端無くね?」
先に資料から目を上げて血相を変える殿下を宥めておいた。下手すりゃ心配だー!と叫びながらお嬢様の元に馳せ参じかねないからな、このヒト。
周囲に掛かる迷惑度も半端無いモンになるから速やかな対処が求められる。ホント迷惑!!
そして呟くジョンソンの意見には心から賛同する。
始まりからしてお嬢様は間違いなく被害者枠だ。
それでも、殿下の騒動も関係者として含めれば1月あまりでの遭遇率は彼の言う通り半端無い。
調査結果次第となりはするが、コレが何かしらの繋がりを持っているのだとすれば相応の注意と対処が必要になって来る。……またジョンソンが瀕死の憂き目に遇うかも知れん、御愁傷様だ。
「ただの男女間の痴話揉めである事を心から祈るよ、俺としては。……無理だろうけど」
「おーい、不吉な事言わんといてーー!?」
「だってそうだろ?痴話喧嘩程度ならせいぜい立入禁止区画への侵入を咎められる程度だ。なのにあの時、片方は此方に見えない様に気を付けながら逃げ去り、もう片方はまるで誰も居ない事を装うかの様に息を潜めていた。俺じゃなければ気付かずに遣り過ごせたかも知れない位にはな」
だからこそ敢えて不信感を抱かせる説明を学園側へとして注意を誘った。お嬢様と俺の立場を強調すれば、学園側は自然と殿下の存在とつい先日の失態を思い出して警戒を強めてついでに調査にも熱が入る、筈。その程度は狙って話したつもりだ。
「……父上と母上と閣下に気に入られるだけの事は有るんだが何故本人は無自覚なんだ?」
「さぁ?弟子は師匠に似ただけ、とかを認めたく無いのかも知れませんよ~」
「…………何か言ったか?」
「「いや別に~」」
殿下とジョンソンが小声で何かを言い合っていたので聞いてみたが、見事に揃って否定するので気にせずにに少しの間だけ自身の思考に沈む。
何せ此処は城の中でも最厳重警備区画。
俺が多少気を緩めても許される数少ない場所だ。
なのでこの際はと存分に考えてみる事にした。
国王陛下も王妃殿下も宰相閣下も、王太子殿下の遣り過ぎには頭を抱えていらっしゃるが影から至らぬ部分のフォローもなさっている。一見すればただの身内馬鹿だが、あの方々は薄情でも無いがそこまでお甘い訳でも無い。為政者故に。
今まで学園も含めて国内は平穏だった。
騒がしくなったのはお嬢様が入学なされてから。
……もしかしたら、もしかすると一連の動きが裏で繋がっているのだとしたら、さてどうなる?
これは呑気にしている場合では無さそうだ……。




